第28話 実力の差

 ……! 雰囲気が変わったな。


 俺は明らかに動揺していたリムアが、どういうわけか冷静さを取り戻したことを察していた。


 にしてもシン助の奴、わざわざ相手に手の内を教えやがって……。

 確かに今のは空気投げという技だ。修業時代にオルル(大人)に教えてもらった。


 相手の力を利用する投げ技なので、子供でも十分に大人に通用すると学んだのだ。

 何でも【日ノ本】に伝わる〝柔道〟という武道に在る技らしい。


 しかしなるほど。だからシン助が知っていたというわけだ。

 それよりもリムアのことだ。どうやら本腰入れて向かってくるらしい。


 彼女の魔力が両手両足に集約されていることが分かる。攻撃力と速力を重要視した戦い方をするつもりだろう。


 実際にさっきの《アクセル・ステップ》という移動術には驚いた。魔力強化した脚力を駆使し、爆発的に速度を上げる技。シン助が先に見せた移動術と同種のものに違いない。


「……《アクセル・ステップ》」


 リムアがそう呟いた直後、彼女の身体がブレて、疾風のような動きで俺の周りを駆け始めた。


 なるほど。俺に的を絞らせないためだな。


 これほど速く動かれれば、確かに命中させるのは困難だ。しかしそれは並みの弓術士だったらである。


 俺はリムアが走って来るであろう地点に向けて矢を放つと、リムアがギョッとした顔をし、そのまま上空へと跳躍して回避した。


「避けたのはいいが、そこじゃ身動きができないだろ」


 ただしそれでも普通の矢だと、あの子のフィジカルがあれば矢をまた叩き落とすことができるやもしれない。


 だったら……コレだな。


 宙に浮かぶリムアに向けて、矢を装着せずに弦だけを引く。


「――《万物操転》」


 周囲の大気が弦を引いている個所へと集束していく。

 大気の矢じゃ、壊しようもないぞ。


 入学試験の時にも使用した戦法だ。受験者の中で、誰一人抗うことができずに一撃で昏倒し失格させられた技。

 弦から手を離すと、大気の塊が矢となってリムアへと飛ぶ。


「――うぐっ!?」


 見事彼女のボディに命中に、リムアが苦悶の表情を浮かべる。


 そのまま体勢を崩しながら地面へと落下してきた。さすがにこの状態で地面に激突すれば危ないと思い、手を貸そうと足を踏み出すが……。


 空中でクルクルと身体を回転させ、何とか体勢を整えると無事に着地を決めた。

 ただし腹を押さえながら、片膝をついたままだ。


「げほっ、げほっ、げほっ!」


 咳き込みながらも、まだ闘志は燃え滾ったまま俺を睨みつけてきている。

 大したもんだな。今ので意識を奪われても不思議じゃないのに。


 しかもすぐに体勢を整え、落下の衝撃からも身を守るとは……。


 いや、実際これにはカラクリがある。大気の矢が彼女に命中する瞬間、彼女が全身を魔力強化して防御力を上げたのだ。


 大気の矢は目に見えないし、対処することが非常に難しい。それなのにタイミングを図ったかのような手段だった。


「……よく耐えたな」

「はあはあ……嫌な予感が……したからね。咄嗟に防御態勢を敷いて……正解だったわ」


 へぇ、まさか勘だったとはな。獣のような感性を持つ子だ。


「まだやるか?」

「当然! 私はまだこうして立っているもの!」


 ギッと歯を食いしばって立ち上がるリムア。根性も並みではない。


 どうやら意識を断つ意外に諦めてはくれないようだ。いつまでも模擬戦に時間を割いているわけにもいかないだろうか……。

 俺はチラリとドモンズ先生を見ると、あちらも俺を見ていた。


 まるでさっさと本気を出してみろと言われているような眼差しである。


 ……仕方ない。


「これで終わりにするぞ」

「いいえ! まだ終わりにはしないわ! はあぁぁぁっ! てやぁぁぁぁぁっ!」


 魔力を右拳だけに込め、そのまま地面に向けて突き出した。

 拳の衝撃により地面に亀裂が走り、それが俺の足元まで伸びてくる。そしてその亀裂が大きく広がり、足場が崩れ俺の体勢もまたぐらついた。


 凄い馬鹿力だ……!


 体勢を崩された俺の隙をついて、リムアが接近してくる。

 駆け寄ってくる勢いを利用しての蹴りだ。まるで槍のような鋭さを持った攻撃が、俺の胸部へと迫ってきた。


「――《ランス・インパクト》ッ!」


 恐らく彼女にとって最大級の攻撃なのだろう。

 もし相手が岩なら、軽く粉砕するくらいの威力を見て取れた。


 ――しかし、だ。


「う……嘘……っ!?」


 リムアの顔が愕然と歪む。それもそのはずだ。全力を込めた一撃を放ったのである。

 それなのにそれを俺があっさりと右手で掴んで受け止めていたのだから。


「わ、私の蹴りを……片手だけでっ……!?」


 確かに片手だけではあるが、導力を使っての対応だ。普通の状態では間違いなく吹き飛ばされていた。


 俺は動揺して硬直している彼女の背後へ瞬時に回ると、彼女首筋にサッと触れ導力を流して意識を奪い取ったのである。

 フッと倒れ込む彼女を抱え、俺はドモンズ先生を見た。


 すると彼は「うむ」と首肯すると、


「――そこまで!」


 終了の合図を宣言したのであった。




 

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