第12話 新たな土地へ

「――それじゃ行ってくるよ、オルル」


 翌日、俺は彼女に暫しの別れを告げていた。

 とはいっても、どこにいてもオルルの意思で、いつでもここに帰ってくることができるのだが。


「どうかお気をつけて。わたしもアオス様に負けないように、早く力を取り戻せるように頑張りますね」

「うん、お互い頑張ろう」


 俺は彼女から預けていた《妖精弓・フェアリアル》を受け取り身体に装着する。


「あなたたちも、あまりアオス様にご迷惑をかけてはいけませんよ?」


 オルルが俺に纏わりついている三人の妖精さんたちに忠告する。


「めいわくなんてかけませんよー! むしろかけられるほうなのです!」

「もちろんですぅ。けれどふうふとはめいわくをかけあうもの。そうしてなかがさらにふかまっていくものです……ひゃぁ、はずかしいですぅ」

「ふん! めいわくなどなまぬるい! わたしはだいめいわくをかけてみせよう!」


 う~ん、最初の子はともかく、俺たちは夫婦じゃないし、大迷惑はできるだけ控えてほしいなぁ。


「もう、あなたたちは……アオス様、この子たちをどうぞよろしくお願い致します」

「もちろん。向こうでも時間を見つけたらこっちに来ることにするから。じゃあ……行ってくる」

「はい、行ってらっしゃいませ」

「「「「いってらっしゃ~い!」」」」


 俺はオルルと妖精さんたちに見送られながら、この【ユエの森】から外の世界へと転移した。

 転移したのは小高い丘の上。


 そこから先に見えるのは、一つの港町だ。

 帝都には、その港から船に乗って向かう。


 金は手切れ金として、こっそり屋敷から頂いてきた。今まで酷い扱いをされてきたのだ。慰謝料としては断然安いはずだ。何せ宿に十日ほど泊まれる程度の金なのだから。

 そのまま町へと入り、すぐに港へと顔を出す。


 帝都行きの定期便があるようなので、売り場に向かってチケットを購入する。

 タイミングが良く、今すぐ出港するというので、急いで船へと向かい、乗組員にチケットを渡して乗り込む。


 しばらくすると船がゆっくり港から離れていき、俺は屋敷がある方角を一瞥すると、すぐに水平線の方へ顔を向けた。

 雲一つない晴天に恵まれ、波も穏やかで空ではカモメが鳴いている。


 潮の香と心地好い海風が全身を撫でていく。


「う~ん、きもちいいのですー!」

「アオスさんとりょこう。しんこんりょこうというやつですねぇ、うふふ」

「せんのうみをこえて、わたしはいずれだいかいぞくのせんちょうになるのだ!」


 妖精さんたちも機嫌が良くて何よりだ。いちいちツッコむのもしんどいので、喋っている内容についてはスルーしておく。


 ここから六時間ほどかけて、帝都がある【オルヴァンツ国】へと向かう。陸続きでもあるので、徒歩や馬車でも行けないことはないが、馬車でも五日ほどかかるので、俺は航路を選んだ。


 ちなみにオルルの転移は、俺が行ったことがない場所は無理なのである。しかも過去に戻った俺という制限があるようだ。

 前の人生を引き継げるならば、それなりに転移場所はいろいろあるので残念である。


「……帝国かぁ」


 この世界において、絶対的な権力を持つ帝王が滑る国だ。巨大な城塞都市でもあり、数々の戦において不敗神話を轟かせている。

 何せ現行冒険者の約半分が、この国に仕えているというのだから、その戦力は甚大なものがあるだろう。


 特に帝国が誇る『魔法士部隊・アルクトス』は地上最強の軍隊と言われている。

 これまでの戦勝も、彼らの存在があってのことだ。


 帝王が何よりも信頼し、絶大な力を持つ軍隊。そこに入隊できれば将来が約束されたも同じ。

 地位、名声、金、人の欲望のあらゆるを叶えてくれる。


 故にほとんどの魔法士が、入隊するために研鑽するが、当然ただ魔法が扱えるというだけで入れるほど大きな門ではない。

 冒険者学校を首席で卒業した魔法士でも、中には不合格とされ入隊できない場合だってあるのだ。


 エリートの中でも超絶エリート集団。それが『アルクトス』なのである。

 まあ俺はまったく興味ないし、そんなところに入ると自由を奪われそうなので絶対嫌だが。


「――なあなあ、ちょっといいか?」

「…………」

「あれ? おーい、そこの赤髪くーん」

「? ……俺?」


 てっきり俺じゃないと思ったが、赤髪と聞いて振り向くと、そこには一人の活発そうな、黒髪を逆立てた少年が立っていた。俺とそう変わらない年頃だろうか。


 結構体格は大きく、俺よりも頭一つ飛び出ている。これでもこの年齢では平均的な身長のはずなので、少年は結発育が良い方なのだろう。


 ふとその背後に、少年に隠れるようにこちらを覗き込んでいる少女がいることに気づく。少年と同じく黒髪だが、こちらはまるで人形のようなサラサラとした髪を腰まで伸ばしている。見たところオルルと近しい見た目だ。

 二人とも見慣れない服を着用していた。


 この服って確か東方の……?


 本で読んだ記憶しかないが、〝和服〟と呼ばれる服だったはずだ。

 しかも少年の腰には、ここらでは珍しい武器が携えられていた。


「……刀」

「!? おお、コイツのこと知ってんのかよ! もしかして興味あったりすんのか!」


 思わず呟いた言葉を聞き取った少年が、嬉しそうに刀を手にして詰め寄ってくる。


「ちょ、近いんだが……!」

「おっと、悪い悪い。つい興奮しちまったぜ」

「いや、別にいいが……というか何か用か?」

「別に大した用事はねえ!」


 だったら話しかけてこないでもらいたかった。

 あまり人という種族とコミュニケーションを取るのは得意じゃないのだ。前の人生の経験があるから。


 別にすべての人間を恨んでいるとか嫌っているというわけじゃない。多くの人間たちから蔑まれてはきたが、それでも中には優しくしてくれた人もいなかったわけじゃないから。


 それでもやはり俺にとって人という存在はどうでもいい。ただ興味が無いだけ。それに人と人との関わりは、しがらみがキツイことも知っているし。


「あ、あのお兄ちゃん、やっぱりいきなり失礼だよぉ!」


 少年の後ろにいた少女が、慌てた様子で注意する。


 お兄ちゃん? つまりコイツらは兄妹ってわけか。確かに……似てるしな。


「えーだってこの船に乗ってる奴らで俺らくらいのなんて、コイツしかいねえじゃん」


 人を指差すなよ、失礼な奴だな。

 妖精さんたちは、コイツらに興味ないようで、いつの間にか俺の頭の上で仲良く昼寝している。


「とにかく、あまり目立ったことはしちゃいけないよぉ」

「わーったって。けど帝都まで暇だしよ」


 どうやらこの二人も帝都が目的地のようだ。


「お? もしかしてその顔、お前も帝都に行くのか?」

「……まあな」

「何しに行くんだ? 職探しか? それともお使いか?」

「何でもいいだろ。お前たちには関係ない」


 話す義理もないしな。


「お兄ちゃんその人の言う通りだよぉ。人それぞれに事情があるんだからぁ」


 おお、どうやらこっちの幼い少女の方がしっかりしているようだ。その調子でどうか兄を諫めてくれ。


「まあまあ、ただの世間話じゃねえか。お前だって一人でず~っといるのは暇だよな?」


 いや、妖精さんたちがいるから大丈夫だし、それに久方ぶりの旅でウキウキもしてるから暇なんて微塵も感じてない。


「なぁ~、頼むよぉ~。喋ろうぜ~語ろうぜ~。暇潰そうぜ~。なあなあなあなあ?」


 ……ああコイツ、断ってもしつこい奴だ。


 適当に相手して満足してもらうしかないか。それにあの国の出身なら、少しは興味があるし。


「……その服、刀を持ってるってことは東方の島国出身か?」

「お、おお! 語り合ってくれるんだな! ありがてえ! そうそう、俺たちゃ【日ノ本ひのもと】から来たんだよ!」


 やはり……。


 俺が一度は行ってみたいと思っていた国。しかし入国できる者は、厳しい審査があるらしく、冒険者の資格がなければそうそう簡単に入ることはできないとされている。



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