第11話 導術の真骨頂

「……妖精さんたち、しっかり捕まってて」

「はいなのですよ!」

「ギュッとします! もうにどとはなれません!」

「ハグか? ハグなんだな? よーし、ちっそくするぐらいだきしめてやろうではないか!」


 妖精さんたちが、各々俺の身体にしがみつく。

 俺はすぐさまその場から駆け出す。


 やっぱり、後ろから急いで追いかけてくる複数の気配があった。

 そのまま大して思い入れのない街を出て、その先にある森の中へと入る。


 それでもまだ後ろから追ってくる気配を感じた。どうやらただの監視者ではないようだ。

 すると、黒装束を纏った三人の男たちが俺の周りを囲った。


「……物騒な殺気を引っ提げて、俺に何か用か?」


 そう尋ねても、男たちは口を開かない。


 コイツらが何者なのかは分かっていた。ジラスが手足に使っている『隠者』と呼ばれる者たちだ。しかしジラスの命で動いたわけじゃないだろう。

 恐らくは次期当主として一番近い実力を持つカイラの指示を受けてのことだ。


「ここで俺を亡き者にでもするつもりか?」


 その言葉を証明するように、男たちがスッと懐からダガーを取り出す。


 ……問答無用か。


 やはりカイラは、俺を領外で殺し、その存在をなかったことにするつもりのようだ。

 いやアイツにとってどっちでもいいのだろう。ここで死ぬなら後腐れはないし、生き残っても追放者として地に落ちた暮らしが待っている。


 この追手たちも、アイツの遊びに付き合わされている感じだ。

 だが……。


「一つ言っておくぞ。俺は俺を殺そうとする人間には――容赦はしない」


 直後、三人一斉に俺に迫ってきた。


「妖精さんたち、離れててくれ」


 俺がそう言うと、妖精さんたちが慌てて距離を取った。

 まず背後から肉薄してきた男のダガーを、俺は振り向くことなく回避する。


 当然死角をついたはずの攻撃がかわされたことに驚く男。だがそこで動きを止めるのは悪手だ。

 俺は矢筒から取り出した矢を剣のように、振り向き様に一閃する。


「ぐあぁっ!?」


 矢じりが、見事に男の両目を両断するように走った。鮮血が飛び散り、男は蹲る。

 残り二人の男の形相が変わり、駆ける速度も増して、ほぼ同時に俺に向かってダガーを突き出してきた。


 ――無駄なことを。


 直後、地面から伸び出た針状の土の塊が、それぞれの男の身体を貫いた。


「「がはぁっ!?」」


 その一撃は、心臓を貫いていて即死だった。


「導術――《万象操転ばんしょうそうてん》」


 万物を操作する術だ。今のは大地に導力を流し操った結果である。


「……さて」


 俺が声を上げると、蹲っていた男が「ひ、ひぃっ!?」と尻もちをつきながら後ずさる。


「ま、待ってくれぇ! お、俺はただ命令されただけで!」

「そんなことは分かってる。だから……何だ?」

「だ、だから……」

「お前らが俺の命を狙ったことは変わりないだろ? なら反撃されるのも当然視野に入れてたんだろうな?」

「お、おおお俺は嫌だって言ったんだ! 本当だ! 本当なんだ! だから許してくれぇっ!」


 必死に土下座をし許しを請う男。

 すでにこの男の両目の視力は奪われている。放っておいても何もできやしないが……。


「――悪いが、お前のような人間は嫌いなんでな」

「え――っ!?」


 グサッと、顔を上げた男の眉間に矢が突き刺さった。

 そしてそのままぐったりと前のめりに倒れる。


「このままだと俺がやったことがバレる可能性があるな。――《森羅変令しんらへんれい》」


 遺体すべてに導力を流し込んでいく。


 すると服や肉体が細かい灰のように変質していき、大地に広がり始める。そして風が吹き、そこにあった灰がどこかへと運ばれていく。

 血も肉も、人間がそこにいたという証拠すべてが、まるでそこになかったかのように消失した。


 この《森羅変令》は、万物の在り方を変異させることができるのだ。遺体を灰に変えたのもこの力によるものである。

 これで俺が刺客を殺したという証拠は無くなった。カイラもさすがに俺がやったという判断はくださないだろう。


 何故ならアイツの中で、俺は最弱の人間だ。無価値で何もできない、ここで殺されるはずの存在。

 しかし追手は帰ってこないことには疑問をもつはず。だが刺客が逃げたか、あるいは俺を見かねた第三者が手を出して返り討ちにしたと、その程度しか考えつかないだろう。


 戦いが終わって安全だと察知した妖精さんたちが戻ってきた。


「……お待たせ、妖精さんたち。じゃあ行こうか。――オルル、頼むよ」


 直後、俺の足元から眩い輝きが発せられ、その場から俺の姿は消えた。










「――どうやらご無事に家から出られたようですね」


 出迎えてくれたのはオルルのホッとしたような顔だった。

 この五年で、オルルも幼女から少女へと成長している。外見でいえば十二、三歳といったところだ。俺よりは少し幼いくらいか。


 女王は成長が早いらしいが、それでもまだあの大人の姿になるには少し時間がかかるのだという。

 ただ幼女の時と違って、可愛さの中に美しさを兼ね備えた美少女へと変貌を遂げていた。


「まあ、一悶着はあったけどね」

「存じております。刺客に追われたのですね。お怪我はありませんか?」

「ああ、問題ない。心配かけてごめん。でもこれでようやく……ようやく自由になれたよ。これも妖精さんたちや、オルルがずっと支えてくれたお蔭だ」

「そんな……わたしはただ、自分のしたいことをしているだけです。ところでこれからは計画通りに?」

「そうだな。まずは――帝都に向かう」


 帝都にしか存在しないある施設を利用するためだ。


「では――」

「ああ、そこで冒険者学校に入って、冒険者の資格を取得する」


 そう、これが俺の目的だった。


 冒険者とは、この世で最も危険な職業であり、誰もが憧れる存在でもある。

 冒険者になれば、各地の関所を無税で通過することができるし、未踏大地や保護遺跡、国家禁止指定領域にまで足を踏み入れることができるのだ。


 つまり資格を取りさえすれば、前の人生で行けなかった場所の多くを体験することが可能になるというわけである。

 世界中の妖精さんたちと友達になるためには、この資格は絶対不可欠なのだ。


 それに冒険者として名を馳せれば、国家優遇者として扱われることも、優先的に様々な施設を利用することだってできる。

 まさに選ばれた人種だけがなれる職業なのだ。


 ただ誰もが冒険者になれるわけではない。

 資格を得るために、基本は冒険者学校へ通う必要があるのだ。


 そこでみっちり学んで鍛え、そして試験を受けたのちに合格すれば資格を得られる。


「ですが冒険者学校への入学率はとても低いです。さらに言うならば、その中でも資格を得て卒業できる率はもっと低いですが」


 彼女の言う通り、入学するだけでも倍率が非常に低い。それは毎年入学できる人数が五十人という狭き門になっているからだ。

 どれだけ優秀だろうが、逆にそうでなかろうが必ず五十人だけ入学できる。


 理由は、それだけ入学したとしても、資格を得て卒業できる者は一割にも満たないからだ。

 冒険者は死と隣り合わせの職業。各地の紛争に参加したり、モンスター討伐に従事したりと、一つ間違ったらすぐに命が尽きる仕事ばかり。


 故に資格を与える者かどうか、厳格な選定が行われるのだ。

 少し強い、ちょっとした才能がある、それだけでは冒険者としてやっていけないと判断され、不合格通知が送られる。


 つまり学校に通う者たちは、すべてエリートであり、未完の大器と決された者たちばかり。

 それでも冒険者は夢のような職業でもあって、毎年何千人という規模の応募者が殺到する。


 入学試験を受けられるのは十五歳以上。今の俺は確実に十五歳なのだが、世間的にはまだ十四歳。だが誕生日を数日後に向かえるので、世間的にもこれで十五になる。

 これで年齢を調べられるようなことがあっても、問題なく試験は受けられるだろう。


 この日まで我慢して、あの家に居続けたのは時期を待っていたからに過ぎない。


「ただ学校に通うにも、それなりの入学金が必要なのですよね? それに授業料も」

「だから特待生制度を狙う。毎年一名だけ、その枠が設けられてるしな。特待生になれば、入学金も授業料も免除だ」

「お金ならわたしが何とかできますが? ここのものを売るだけでも結構な額になるでしょうし」


 この【ユエの森】に存在するものは、外の世界には存在しないものや、非常に稀少なものばかり。売れば確かにそれなりの資金を手に入れられるだろう。


「いいや、それは止めておこう。ここのものを他の人間に与えるのは嫌だし、できれば自分の実力で特待生を勝ちとってみたいんだ」

「アオス様……とても素晴らしい考えかと」

「ありがとう。それにこの六年間で、結構強くなれた自信だってある。だから……頑張ってみるよ」


 実際に単独でモンスターの討伐経験もすでにある。ちゃんと見る目がある人が試験官なら、きっとそこを評価してくれるはずだ。


「ですがアオス様、あなたの夢を叶えるためには仕方ないとはいえ、前の人生のようにまた人間たちに蔑まれたりしたら……」


 聞くところによると、『導師』というのは生まれながらにしてトラブル体質らしい。だからなのか、前の人生においても、次々と自分の意にそぐわない出来事に巻き込まれて、結果的にすべて悪い方向へと向かっていった。


 もし自分に今のような力があったら、力ずくでも切り抜けられただろうが。


「……昔の俺とは違うよ。そこらへんは上手くやるさ。まあまた奇人変人扱いされても、実力さえ示せば納得させられる世界でもあるしな」


 そう、それが冒険者という世界だ。強ささえあれば、多少のことは誰も気にしない実力主義者たちが集う場所。


「分かりました。それに前とは違い、今回はここもあなたの居場所です。いつでもご利用くださいね」

「はは、ありがと。すっごく心強い」


 本当に彼女たちの存在は、俺に勇気と力を与えてくれる。

 オルルたちがいれば、どんな世界にだって飛び込んでいけるのだ。


「出発は明日なんですよね? 今日はゆっくりしていってください」


 オルルのありがたい申し出を受け、今日一日ここで英気を養うことにした。




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