第13話  正反対の兄妹

「俺は――シン助。こっちは妹の九々夜くくやだ」


 東方特有の名前だ。どちらも発音は分かりやすい。

 妹の方だが、ペコリと丁寧に頭を下げながら「九々夜です」と再度言ってきた。


 対してシン助は、そっちも名乗ってくれよ的な感じで、キラキラした目で見つめてくる。

 シン助に九々夜……ね。


「……アオス」


 無論ジェーダンの名を名乗るつもりはない。今はもうただのアオスなのだから。


「おお! アオスかぁ、良い名前だな!」

「……そうか?」


 別に普通だと思うが……。


「歳は幾つだ? 俺は十五! お前は?」


 マジでグイグイくる奴である。こう見えても精神的には百歳近い俺だ。こんなことで怒ったりはしない。鬱陶しいとは思うけど。


「もうすぐ十五だ」

「おお~、マジか! 奇遇だよなぁ! てかもしかしてお前も冒険者学校に入ろうとしてたりしてな!」

「……は?」

「……へ?」

「…………」

「…………」


 今の発言は……そういうこと、だよな?


「え、えっと……お前もって……シン助は冒険者学校に入るために帝都に行くのか?」

「おう、そうだぜ! ……もしかしなくてもお前も?」

「……ああ」

「マジかよ! こんな偶然あんのか!? いやぁ、まさか同じ船に今年受験する奴と乗り合わせするなんてなぁ! これも何かの縁だ! 仲良くしようぜ!」


 そう言って手を差し出してくるが、俺は握り返すことはせずに、話題をすぐさま変える。


「そっちの……妹の方は付き添い、か?」

「あん? 付き添い? 九々夜のことか? んなわけねえだろ。コイツも一緒に受けるんだし」

「……は?」

「……へ?」

「…………」

「…………」


 ヤバイ。さっきと同じことを繰り返してしまった。いやまあ、それだけの衝撃を受けたってことだが。


「ちょ、ちょっと聞きたいが、まさか妹の年齢も十五……なのか?」

「とーぜんだろ? だって俺ら双子だぜ?」


 ……マジですかぁ。


 どう見ても九々夜の方は、オルルくらいにしか見えない。下手をすれば彼女以下だ。

 まさか同い年だったとは……いや、それでも一つ下だけど。


「えぅ……すみません……小さくて……」

「あ、いや……悪い、な」


 俺の視線の意図に気づいたのか、九々夜は申し訳なさそうな声を出してきた。


「ウッハッハ! コイツは同年代には見えねえからな、しょうがねえよ!」

「もうっ、お兄ちゃん!」

「だから日頃からもっと食えって言ってんのに! 小食は成長できねえぞ?」

「わ、私はこれでも普通に食べてる方だよぉ! お兄ちゃんがいつも食べ過ぎなんだからぁ!」


 確かに九々夜の方が同年代の女子と比べても華奢で、とても冒険者を目指せるような人間には見えない。

 それに対しこのシン助は、身体も鍛えているのか肩幅も広くガッシリとしている。


 正直強い……と、その風格だけで思わせた。


「まあとにかくお互いに冒険者学校に通うんだ! これからよろしくな!」

「……まだ入学できるとは限らないだろ?」

「大丈夫だって! 俺らなら入学試験くらい受かるって!」

「何の根拠があって……というか、えらい自信だな」

「おうよ! 今日のために死に物狂いで鍛錬してきたからな! そんじょそこらの甘じょっぱい奴らに負けるかよ!」


 甘じょっぱい奴らって初めて聞いたんだが……。どんな奴らだよ。


「それにお前……結構できるだろ?」


 ニヤリと含みのある笑みを浮かべてくる。同時に少し空気がピリッとした。

 俺は何も返さずにシン助の目をジッと見つめ返していると、彼はニカッと楽しそうに笑う。


「うんうん、正直期待はしてたけどよ、お前みてえな奴が受験するなら、やっぱ来て正解だったな! 楽しみだぜ、冒険者学校!」


 どうも完全に目を付けられてしまったようだが、九々夜の方はペコペコと頭を下げて「兄が申し訳ありません!」と謝っている。


 こんな兄を持って、きっと毎度振り回されているだろう九々夜は苦労人のようだ。俺もロクな兄弟はいなかったのでちょっと同情した。


「あ、そうだ! 船内に食事ができるとこがあるらしくてよ、せっかくだから行かねえか?」

「……無駄遣いはしないつもりなんだ」


 体の良い断り文句だったはずなのだが……。


「水くせぇこと言うなって! 同じ受験者同士、これも何かの縁だろ? ここは俺が奢ってやるっての!」


 パンパンと軽く俺の肩を叩いてくる。本当に気さくというか、必要以上にフレンドリーな奴だ。


 しかし奢り……か。それならこっちにはデメリットはないし良いかもな。


「分かった。けど俺、結構食うからな」

「おお! じゃあ大食い勝負でもすっか? 俺も爆食いするぜ!」


 そんな勝負をしたいわけじゃないので、丁重にお断りさせてもらった。

 そうして何の因果か、旅先で出会った冒険者志望の兄妹と一緒に食事をすることになったのである。








「…………はぁ。何だコイツは……?」


 俺は目の前の光景を見て、思わずこめかみを押さえながら溜息が零れ出ていた。

 船内食堂という場所で食事を奢ってもらってたのはいいが、同じように食事をしていた大柄な男たちに、俺たちは酒飲みの勝負を挑まれた。


 いや、正確にはシン助に、だ。彼の姿を見て、何やら不満そうというか気に入らない様子で近づいてきたのである。何故そんな態度だったのかは謎だが。


 そして『挑まれた勝負に背を向けるのは〝サムライ〟じぇねえ』と口にしたシン助は、大勢の男たちと一緒にどっちが先に潰れるか酒を飲み始めたのである。

 結果、食堂は死屍累々のような光景になってしまっていた。


 周囲には鼻をつくような酒の匂いが充満し、床やテーブルの上には、ぐったりとした男たちが横たわっている。


 その中には……。


「うへへ……ひっく……おりぇは……しゃいきょー……なのだぁ……ひっく」


 男たちと同じように真っ赤な顔で寝言を垂れ流すシン助がいた。


「すみませんすみませんすみません! ほんとーに兄が申し訳ありません!」

「……いや、九々夜も大変だな」

「ご迷惑をおかけしています……」

「別に俺はいいさ。腹も膨れたしな」


 ただ一つ問題があるとしたら……。


「う~おさけくさいのです~!」

「はぅ……このにおいだけでよってしまいそう。そのときはアオスさんにかいほうしてもらうしかないですよねぇ」

「さけはのんでものまれるな! わたしにもっとキツイさけをもってくるがよい!」


 酒の強烈なニオイのせいで、すっかり眠気が吹き飛んだ様子の妖精さんたち。

 とりあえずここにいると、本当にニオイだけで酔いそうなので外へ出ることにした。


 甲板で涼んでいると、しばらくして九々夜が一人で船内から顔を出し、キョロキョロと見回したのち、俺を見つけて駆け寄って来た。


「あ、あのあの! 先程は本当に申し訳なく――」

「あーだから別に気にしてないぞ。ところでアイツはどうした?」

「船室を借りて休ませてきました。まだ当分は起きないと思いますから」

「そっか。それなら静かで何よりだ」


 アイツがいればぎゃあぎゃあと騒がしいはず。せっかくの船旅も嫌な思い出になりかねないところだ。


「……えと、その……アオスさん?」

「ん? 何だ、まだいたのか」


 てっきりシン助のところに戻って行ったと思ったが……。


「す、少しその……お話しても構いませんか?」




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