今日の弁当はなんだろね

 今日も妻の手作り弁当を食べる。

昨日はイカリング、一昨日は豚キムチ、その前はそぼろご飯だったかな。

さてさて今日はなんだろね。

 よーし、開封だあー!


 ごまあざらしの内臓だ。いったいどうしてごまあざらし?

この前テレビで見てたけど、さっそくメニューに取り入れた?

やるなーあいつめ、驚いた。匂いも飛び出し鼻が痛い。

こんなものでも手作りだ。私が食べなきゃ捨てられる。

 最初の一口いけたなら、そこから先は楽勝さ。


「ばっかみたい。本気で言ってんの?」

1回目のプロポーズは失敗に終わった。

「夢でも見てた?寝言にしか聞こえないんだけど。」

2回目もおざなりだ。

「勝手に盛り上がってるようだけど不快だよ。」

3回目も冷たかった。

ただ4回目だけは違っていた。

「わ、分かったから。言う通りにするから!」

妻もようやく素直に私を受け入れた。あの時は相当はしゃいでしまったなー。

 今でもその話を妻にすると俯いてしまうんだ。そんなに照れなくてもな。

可愛い彼女のためならと、私は今日も職場へ赴くのだ。

 毎日手作り弁当も作ってくれるし、私にはほんともったいないくらいだ。

ただ、ごまあざらしの内臓だけはいただけないなー。

 これは帰ってからまた話し合いが必要だね。

帰りにまたホームセンターに寄らないといけないなー。



 次の日がやってきた。

妻も私のことをわかってくれた。今日の中身はいったいなんだろな。

「谷口ぃ、昼食いに行くぞー。」

私の先輩にあたる奴が声をかけてきた。ふたを開けるこの瞬間を邪魔された。

大人気ないが少しムッとしてしまった。

「え?今日ですか。」

「そうだよ。この間約束しただろ?ほら、早く準備しろよ。」

 しまった。私とした事が。ランチの約束していたな。

だが、だが、だが!私には妻の手作り弁当がー!!

「すみません。それ、明日にできませんかね?」

「何言ってんだ!ふざけんな!予約してただろ!?なかなか取れないから今日しか無理だってお前も知ってるだろ!」

 ああああああ、そうだったそうだった。しまった。

「お前なんだ?用事でもあんのか?」

「いや、そういうわけじゃ。」

「まさかあれか。今日も嫁に弁当作ってもらってたのか。」

「あはは。実はそうなんです。」

 こいつに愛想笑いをしないといけないなんて。まったく面倒だよ。

「しょうがねぇなぁ。俺もそれ食うの手伝うよ。ほら、出せよ。」

 なんだこいつ。私の妻の弁当をなぜお前が食べようとする?

「だ、だめです!これは私のために…!」

「うっせぇな!お前が約束忘れてたのが悪いんだろ!?いいから、貸せよ!」

 そういうと乱暴に私から弁当を取り上げた。ひどい!ひどすぎる!!

「お前、独身の俺に当て付けみたいにいつも食ってんもんな!」

「さてさて、今日は何入ってんだー?あ、ああぁ!?なんだろこれっ!!??」


 奴は私の弁当箱をこじ開けた。そしてすぐに硬直した。

「いったいなんだってんです?私より先に見るなんて。」

 覗くとそれは唐揚げだった。妻は今日唐揚げ弁当を作ってくれたんだな。

「…お前、何やってんだよ…?冗談やめろよな…。」

 なにやら動揺しているぞこいつ。唐揚げ見るのは初めてか?

「冗談ってなんですか。妻をバカにするなら怒りますよ?」

 私の言葉を聞いているのかいないのか。こいつはおもむろにケータイを取り出し、誰かに電話をし始めた。

「す、すみません。やばいです、は、早く、来てください。こいつ、狂ってる!」

 何を取り乱している?おいおい、他の社員も何事かとこっちに集まってきたじゃないか!

「ちょっと!何してるんですか!冗談にしてもたちが悪いですよ!」

 こいつからケータイを取り上げようとするが、他の社員が私を取り押さえてきた。いったいなんだというのだ。

「私の弁当をバカにするな!!!おまえ!おまえら如きがそれに近づくな!!」

「それは私の弁当だ!!妻が私のために!私だけのために!!!」




 認識の違いだった。

私が唐揚げだとこれまで思っていたものは唐揚げではなかったそうだ。

 生まれてきて数十年、なぜ今更とも思うが私にとっては鳥や魚を唐揚げにする文化がなかった。ただそれだけのことだった。

 しかし、振り返れば他のものも材料が違っていたらしい。

警察に何を食べていたかと聞かれ、Q&Aを繰り返すうちに私は徐々に理解していったのだ。

 私が人間と思っていたこいつらは人間ではなく、また、私が牛豚鳥の肉や魚と思っていたものはそれらではなかった。

 少し吐き気がしてきた。

妻の手作り弁当は私にとって生きがいだった。

初めて弁当を作らせた時は中身がまったく意味不明で、どれも食べられたものではなかった。

 そのため私自らが材料調達の方法から教え、彼女に料理を学ばせた。

わざわざ病院の近くに引っ越したり、本当に苦労をしたものだ。

だのに、だのに、だのに!妻は私を見ていなかった。

 ずっと不倫をしていたんだ。

愚か者は私の方だった。彼女を本気で愛するあまり、彼女の心は私から離れてしまっていたのだ。

 だからか、いまだに彼女は両親に合わせてくれないし、私を友人や家族に紹介もしてくれなかった。

 それでも、彼女を愛していたからこそ、こういう愛の形もあるのだなと自分に言い聞かせ耐えてきた。それなのに!彼女は私を裏切った。



「あー、はいはい。これはまずいね。心神喪失者の線で逃げられるよ。」

「マジスか。一応話はできてると思ったんすけど。」

「ダメだよ。全然まともじゃないね。一応社会人として働いていたけれど、これまでの調査結果からだと、ほんとうに奇跡的な偶然で彼と社会の考え方が重なっていただけに過ぎないんだ。これじゃあ責任は問えないねぇ。」

「そんなぁ。いったいこいつに何人食われてるって話ですよ?それが全部…。俺もう少し調べてきます!」

「おう、気いつけてな。だが本人がこれじゃあ期待できそうにねえなぁ。」




「私はまともだ。君たちがもともとおかしかったんだ。」

「妻に、妻に、妻に!合わせてくれ!!きっと、今日だって彼女は私のために弁当を!!!」

「だーかーらー、受け入れろって言ってんだよお。」

「あんたがあの日食おうとしてたのがその被害者の美智子さんじゃねえか。」

 ああそうだったっけか。私としたことが情けない。

 賞味期限が切れそうだったからかな?どうしても思い出せないや。

指輪は買ったし、ドレスも手に入れた。あとは花嫁だけだった。

 そんなとき、カフェで彼女を見かけたんだ。

一目惚れだった。一瞬で心を奪われ、次の瞬間には彼女と式を挙げる未来が見えた。

 私と彼女は運命の赤い赤い赤い糸で密接に固く結ばれているのだ〜。

「ねぇねぇ刑事さん」

「なんだ?外には出してやれねぇぞ。」

「へっへっへ。そんなんじゃあないさ。ただひとつ一緒に考えて欲しい。」

「おい遊びじゃねんだ。お前、たいがいにしとけよ。」

「刑事さん刑事さん、刑事さん。」




「今日の弁当はなんだろね。」

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ジャンク・ストーリー 吉田健康第一 @don524kayo84

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