鉛筆飛ばせ
毎日使うこの鉛筆もとうとう寿命がやってきた。
残りはあと3cm程度である。鉛筆削りも難しくなってきた。
「お前まだそんな鉛筆使ってんの?」
友人は横から口を出す。
いいじゃあないか。俺の勝手さ。
「俺はモノを最後まで大事に使いたいんだよ。」
へぇーそうか、と乾いた相槌打ちつつ過ぎ去る。なんだこいつは。
あともう少しだけ、俺のために頑張ってくれよ鉛筆くん!
あれから1時間ほど経ったであろうか。
鉛筆をなくしてしまった。机の上を片付ける際に教科書に乗って転げ落ちてしまった。
辺りを探すが見当たらない。ここまできてこんな別れは無いだろう…。
そうしている間に先生が教室へやってくる。待て待て、まだ授業を始めるな!
「よーし、みんなぁ、席につけー。はい、日直!」
慣れた合図でみんな気持ちを切り替える。俺はまだ視線を床に落としたままだ。
はぁーあ。もうこれはダメだなと、諦めかけたその時。
「健太くん。鉛筆落とした?はい、これ。」
声をかけてきたのは後ろの席の美穂ちゃんだ。そんなところにあったんだ。
「おー!探してたんだ!サンキューな!」
咄嗟に大きな声が出てしまい、先生がどうした?と気にかけるが、
ただの鉛筆の受け渡しと気づき授業に戻る。
なんでもないただのやりとりだとこの日は思っていた。
次の日。
「なんでだ?鉛筆またどっかにいっちゃったよ。」
この日は理科室で実験だった。鉛筆も昨日からまた短くなり、昨日より価値が増してきたと感じていたとき、またもや無くしてしまった。
次の授業は変更となりあいにくの体育のため、急いで教室へと戻り着替えて体育館へと向かう必要があった。
時間に追われろくに探せないまま準備を済ませ体育館へと向かった。
学校終わりの帰り道のことだった。
無くした鉛筆のことが忘れられずに帰路についていた。
友達の信二からはそんなことでしょげるなと励まされ、アイスを買ってもらう約束を取り付けた。
ようやく気持ちが上へ向いてきたとき、
「健太くーん!まってー!」
後ろから声をかけてくる人がいた。
振り返ると美穂だった。
あれぇ?美穂じゃーんと信二はつぶやき、俺はどうしたー?と返事をした。
「これ、さっき見つけたから渡そうと思って!はい!」
あの鉛筆だった。
「え。なんで美穂がこれ持ってんの…?」
素直にありがとうとは言えなかった。何しろ美穂とは理科の時、離れていたのだから。
「私、みんなが帰るとき忘れ物ないか確認するんだけど、これその時見つけたんだ。渡すの遅くなってごめんね。」
「なーんだ、そうだったのか。やったじゃん健太!これでアイスはなしだなぁ。」
おい約束が違うぞ!と信二と掛け合う中、美穂は塾があるからと先に行ってしまった。
実は昨日も美穂に見つけてもらったのだと信二に伝えると、運命じゃんとからかわれてしまった。
だが、俺は翌日も美穂から鉛筆を渡されることとなった。
この日は明らかにおかしかった。
俺は鉛筆が短くなったことでさすがに字が書きづらくなり、ノートをとるのが遅くなってきたため、残りは家で使おうと筆箱の中にしまっていた。
授業が始まる前に筆箱にしまい、終わった際に筆箱を開けるとなくなっていた。ありえない。だって筆箱は机の上から動いていないのだから。
「健太くん。また鉛筆落としたでしょ。はい、これ。」
授業終わりに美穂が声をかけてきた。
いつだ?いつ俺が鉛筆を落とした?
美穂に聞いてみた。
「俺、これ筆箱にしまったままのはずなんだけど。なんで美穂が見つけたの?」
「何それ。私を疑ってるの?落ちてから拾っただけだよ。筆箱に穴でも空いてるんじゃないの?」
少し不機嫌にさせてしまい、俺は平謝りをした。
これで3日連続だ。美穂も何か感じていないのか?
少し怖くなった俺は帰り道信二に相談し、そんなに気になるなら捨ててしまえと言われた。俺もその言葉にしっくりきたので路中の側溝へ捨てることとした。
「ここまで使ったのにこんな別れなんてなー。」
と信二の方が寂しがるが、俺はすぐにでも手放してしまいたかった。
側溝の隙間へと鉛筆を落とすと、一瞬のうちに暗闇へと沈んでいった。
これでもう美穂から鉛筆を渡されることもない。
そうだ、コンビニに行って新しい鉛筆を買おう。
そしてそれを明日からまた育てていこう。
「健太くん。はい、鉛筆。」
美穂だった。俺はもう何も驚きはしない。
側溝へ捨ててから2週間ほど経ったであろうか。
あれから毎日、美穂は俺のもとへ鉛筆を届けてくる。
どこに捨てても、燃やしても、何をしても美穂は笑顔で鉛筆を持ってくる。
それ捨てたんだと伝えても、大事にしてたでしょ?と俺が受け取るまで立ち去らない。
燃やすのも2回やったがダメだった。
2回目は美穂の前で火をつけ、これはもう存在しなくなったことを信二を入れて3人で確認したのに、次の日美穂は持ってきた。
信二もそれを見ており、言葉を失っていた。
「美穂、もうやめてくれ。俺にはもうそれいらないんだよ。」
「何言ってるの健太くん。大事なモノでしょ。」
端から見れば俺に否があるようだが、美穂は俺がそれを隠していても持ってくるのだ。ずっと身につけていろとでもいうのだろうか。
「いい加減にしろよ!美穂!!」
先に限界を迎えたのは信二の方だった。
「お前、気味悪いんだよ!もう健太に近づくな!」
美穂もこれにはこたえたのか、この日は鉛筆を俺に渡すことなく行ってしまった。
「…信二。ありがとな。」
「おう。いいってことよ。」
これで美穂が来ないといいのだが。
翌日、信二が亡くなったと教室で告げられた。
死因は伝えられず急死だったとだけ言われたが、すぐに噂が広がった。
「信二、なんか鉛筆が喉に刺さって死んだってまじ?」
「俺も聞いたそれ!そんな最期ってなぁ…。」
沈むクラスの雰囲気の中、
「健太くん。はい、これ。」
美穂の声と無邪気な笑顔が俺の胸を締め付けてきた。
今日だけは俺もすぐに限界を迎えてしまった。
「…お前か?信二を殺したの…。」
明らかにただ事ではないと周りが察知し、こちらへ視線を向ける。
少しばかり静寂が続いた後、
「健太くんどうしたの?なんだか顔がこわいよ?」
と、美穂が不安げな顔を向ける。
「昨日信二に怒鳴られたからその腹いせで殺したんだろ!」
言ってはいけない言葉だったが、出さずにはいられなかった。
「おい健太、お前美穂に何言ってんだよ!」
「そうよ!みほっちに怒ったって仕方ないでしょ!」
たまらず周囲が止めに入る。
「ふざけんな!こいつずっと俺につきまといやがって!!お、おい!離せよ!やめろよ!!」
俺の態度が尋常ではないと思ったのか、仲のいい友人たちが率先して止めに入る。なんで俺が教室の外に出されるんだ!そいつだ!そいつが犯人だ!!
「健太、頭冷やせ!先生んところ一緒に行くぞ!」
「ふざけんな!お前ら何俺を止めてんだ!」
無理やり教室を出された俺が教室を睨みつけたとき、美穂が声を出さず口で何かを呟いていた。
男たちに抑えられながも目を凝らし口元を集中して読んだ。
「なんだって…?」
絶えず口を動かしている。
もう少し、もう少しで何て言っているか分かる!こいつ、まだ俺に何か言いたいことでもあるのかよ!!
そのとき、俺はなんと言っているか分かってしまった。
「 私 が 信 二 く ん も 拾 っ て あ げ る ね 。」
そうか…と息をもらしてしまった。
美穂は俺の失ったものを届けてくれるんだったな…。
美穂はまだ笑顔を崩していない。
善意は純粋な悪意から生まれることもあるのだと初めて知ったのはこの時だった。
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