カラー
半年前、私は交通事故にあった。
通学途中、横断歩道を渡っていた最中に大型トラックが信号無視をし、横断歩道に突入してきてハネられた。
幸いにも命に別状はなかったけれど、私の右腕は動かなくなった。
あの事件以来、私は大好きだったブラスバンド部を退部し、心を閉ざすようになった。
そして学校でも友達と距離を取るようになり1人でいる時間が増えた。
自分でも分かっている。
前向きに生きたい。でも、もう私には、希望なんて見えなくなった。
そうやって過ごしているうちに私は色を失った。
比喩なんかじゃなく、そのままの意味で。
病院にも行ったけれど、原因は分からず、後天性の色覚異常と言われた。
こんな人生に何の意味があるんだろう…。
「あ!いたいた!ねぇ、あなた京子さんでしょ?」
「え?あなた誰?」
下校している時に後ろから声を掛けてきたのは、見覚えのない女生徒だった。
制服はうちのだし、違うクラスの生徒だろう。
「私、奈緒っていうの!3組にいるんだけど見たことない?」
「ちょっと分かんない。」
「そっか。まあいいや。噂で聞いたんだけど、京子ちゃんって前ブラスバンドやっ
てたんだよね?今ね、有志で人集めてバンドやりたいんだけれど、京子ちゃんも
来てくれない?」
よりによって、バンドなんて。音楽とか私にはNGワードだよ。
「…嫌だ。やりたくない。」
「え?なんでー?」
「うるさいな。もう関わらないで。」
誘ってくれるのは嬉しいけれど、そんな気分にはなれない。
私の右腕は動かないままだ。
「ごめん。気を悪くしたなら謝るよ。でも私諦めないから!気が変わったら教え
てね!じゃっ!」
そういい終えると彼女は行ってしまった。
なんて自分勝手なんだろう。こっちは考えたくもないことを突き付けれてすごい不愉快な気分だ。
だが、彼女は翌日も私に声を掛けてきた。
「ねえねえ!京子ちゃん、昨日の話考えてくれた?」
昼休み、トイレから出てきた私と鉢合わせた彼女はあの元気な声を浴びせてきた。
「しつこい。私絶対やらないから。」
「そんなこと言わずにさー!やってみると案外楽しいかもよ!」
人の気持ちも知らないで。
「ほら、これ見てよ!私、この大会に参加したいんだー!」
そう言って彼女は私に白黒のパンフレットを見せてきた。
いつも持ち歩いてるのか、この子は。
きっと綺麗な色の会場なんだろうけど、私にはただの新聞の写真程度にしか見えない。
「いいかげんにしてよ。私にはできない理由があるの。」
すごい嫌だったけど、私は左手で動かない右手を差し出した。
彼女は最初きょとんとしていたけど、だんだん理解してきた様子だった。
「ごめん。私、知らなかったの。傷つけるつもりじゃ…。」
「分かったならもう行って。私やらないから。」
そう冷たくあしらい、私は教室へと戻った。
前はこんな嫌な人間じゃなかったはずなのに、私の心はこの体には入っていないみたいだ。
「京子ちゃーん!!でも私あきらめないよー!!」
遠くから叫ぶ声が聞こえてきた。
私は振り返らなかったけど、その時、一瞬だけ、教室のカレンダーの一部が黄色く見えた気がした。
きっと見間違えだ。もう色が見えなくなってから4ヶ月近く経つ。
でも、もしかしたら…。
このときのことを私は今でもよく覚えている。
それからも奈緒は毎日のように私に声を掛けてきた。
いやだ、面倒臭いと冷たく接しても、彼女は明るく返してきてくれた。
そんな日々が続く中、私の中である変化が起きていた。
「京子ちゃんおはよー!いい天気だね!」
「…おはよー、奈緒ちゃん。」
校舎の玄関で軽く挨拶を交わす。これくらいなら誰とでもできる。
でも今日は少しだけ違った。
「あれ?そのヘアゴム…。」
「ん?あぁ、これ。お母さんが買ってくれたんだー!可愛いでしょー!」
目を擦るが確かにそうだ。
彼女のヘアゴムは黄色だとわかる。
白黒の現実が少しだけ色づいたようだった。
「京子ちゃんから私を気にしてくれるなんて嬉しいよ!前よりも明るくなったんじゃない?」
そんなこと…と思ったが、そうなのかもしれない。
こうして奈緒ちゃんと話すのも前より嫌じゃない。
そればかりか、少しづつ話題を頭の中で考えている自分がいる。
「京子ちゃん。今日放課後時間ある?」
「え?うん、大丈夫だよ。」
咄嗟に大丈夫と返事をしてしまった。急には嘘がつけない性格なのかな私。
「じゃあ放課後屋上で少し話そっ!私先に行ってまってるから!」
そういって彼女は向こうへ行ってしまった。
彼女の後ろ姿を見ながら私は自分の色の変化に戸惑っていた。
その日の放課後、約束通り私は屋上へと向かった。
本当ならこんな約束どうだっていいけれど、優しく接してくれる彼女の誘いを断ることができなかったんだと思う。
「京子ちゃん!来てくれたんだね、ありがとう!」
「うん、それより話って?」
屈託のない笑顔がまた黄色を強く見せてくる。
「私、前に恭子ちゃんが話してくれたことずっと考えてたの。事故のことや色が
わかんなくなっちゃったこと。」
「え?」
確かに以前それらを話したことはあった。でも、それは彼女を邪険にしていた頃に自分が断る理由として話していたことだ。
それをまだ覚えていたなんて。
「私ね、実は前の学校で色々あってね。それで、1学期末に転校してきたん
だ。」
「どおりで…。」
そりゃあ一番最初に声を掛けられたとき、誰だか分からなかったわけだ。
まだあの時はこの学校にすら馴染んでいなかったんだ。
「じゃあなんで転校してきてすぐにバンドをやりたいって思ったの?」
「それは私の償いでもあるんだよ。」
「償い?」
それから彼女は私に前のことを話してくれた。
転校前にもバンドを組んで音楽をやっていたこと、クラスでいじめが起きたこと、その対象が同じバンドの女の子だったこと。
そして、その女の子が自殺したこと。
「私ね、今でもずっと後悔しているの。いじめには参加していなかったけれど、あ
の子を助けもしなかった。自分がいじめられるのが怖かったの。」
「どうして私にそんなことを話すの?聞かれたくないことじゃないの?」
「そうだけど…。京子ちゃんと似てたから、あの子も。」
そういうことか。自分の償いのひとつとして私に優しくしてたんだ。
「だったら別に気にしないでいいよ。私、その子じゃないから。」
「違うの。私、あのことがあってから決めたの!自分にできることは全部やるっ
て!京子ちゃんいつも無表情だったから私なにか力になりたくて!」
そんなお人好しがいるの?親にすら気を遣われて話もしなかったことなのに。
「ありがとう。その気持ちだけで嬉しいよ。」
なんだろう?また黄色が濃く見える。
「私なんてまだまだだよ。同じクラスの子が教えてくれたんだけどね、京子ちゃ
ん、前はすっごい明るい子だったって!事故があってから誰とも話さなくなっ
てすごい心配してるってその子言ってたの!」
彼女のヘアゴムは煌々と輝いて見える。
久しぶりの黄色ってこんなに明るかったんだ。
「…黄色いね。」
「え?ヘアゴムのこと?」
声に出てしまった。真剣な話をしてくれているのに話題が逸れてしまった。
でも、彼女は想像以上に驚いた顔をしていた。
「京子ちゃん、これが黄色ってわかるの?色、見えるようになったの!?」
「あ、確かに。でも、なんか、黄色だけ分かる。」
すると彼女は今まで以上の笑顔を私に向けてくれた。
それどころかうっすら涙を浮かべている。どうしてだろう?
「京子ちゃん!それってすごいことじゃない!?また、色が見えるようになって
きたんでしょ!私嬉しいよ!きっとまた色が全部見えるようになるよ!」
まるで自分のことのように喜んでくれる。
私の手まで握ってきた。
あったかい。人の体温を感じたのは久しぶりかも。
そのとき私は気づかなかったが、私も少し泣いていたようだった。
彼女がぼやけて見える。
「でも、どうして急に見えるようになったんだろう?今までこんなことなかった
のに。」
純粋な疑問を彼女に投げかける。私だって分からないのに彼女は答えに困るだろうなー。
でも、意外にもちゃんとした答えを教えてくれた。
「きっとそれは恭子ちゃんが明るくなったからだよ!気持ちが前向きになったか
ら、その色が見えるようになったんだよ!」
「そんなことある?確かに前よりは前向きになったかもしれないけど。」
「絶対そうだよ、奇跡が起きたんだよ!よかった!私、今日ここで話せてよかっ
た!」
大袈裟に喜んでるようには見えない。
奈緒ちゃんは本気で私の変化を喜んでくれているようだった。
「私、奈緒ちゃんとバンドやりたい…かも。」
少しづつ、心が出てくる。
「奈緒ちゃんとなら、右手が動かなくても、何か新しいことができるって、そん
な気がするよ。」
少しづつ、でもそれは確実に声となり奈緒ちゃんへと伝わっていく。
「ほんとに!?ありがとう!へへっ、恭子ちゃんも笑顔できるじゃん!」
「え?」
気付いたら私は微笑んでいた。
何か大切なものを取り戻しつつあるようだった。
「バンドを通していろんな色を取り戻そう!楽しいこととか辛いこといっぱいあ
るけど、きっとそれも色のひとつだと思うんだ!」
「ありがとう、奈緒ちゃん。私頑張ってみる。」
その後も私たちは他愛のない会話を続けた。
バンド名は何にするか、他のメンバーについて、私ができそうな楽器など、話題は尽きなかった。
沈む夕日を見ながら、私はビルの間に見える木の葉っぱが緑色をしていることに気づいたが、奈緒ちゃんにはまだ内緒にしておこう。
今教えてしまうと喜びのあまり走りだしちゃうかもしれないから。
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