ジャンク・ストーリー

吉田健康第一

価値観

「ふぅ。疲れたー!」

自宅に入りドアを閉め靴を脱ぐ。

 今日も1日よく働いたものだ。時刻はもう21時過ぎを指している。

働き方改革?何かのプロパガンダか?俺にはまあ関係なさそうだな。

 さっそく部屋着に着替え、次にコンビニで買ったパンにかぶりつく。

 毎日会社と家との往復ばかりで俺にはこれといって趣味もないが、

ここ最近は通販サイトを見ることにハマっている。

 パンを頬張りつつ、パソコンを起動する。

別に何か買うわけじゃあないが、サイトじゃあ訳あり商品とかを探してはお気に入りにしておく。

 最近の通販はバリエーションが多く、毎日新商品がピックアップされてる。

それを見るのが最近の唯一の楽しみだ。

「さてさてと、今日は何が出てるかなぁー。」

 今日も多くの新商品が出ているなと、スクロールで商品をざーっと見渡す。

すると、なにか気になるものが出てきた。

「ん?何だこれ。商品名”価値観”か。本か何かかこれ。」

 それはイメージ写真が載っていない上にやけに種類が多くある。どれどれ、試しに1つクリックして詳細を読んでみるか。

「なになに。”あなたの求める価値観を販売致します”か。いよいよもって怪しいなぁ。ちゃんとした会社かこれ。あとこれ買ったら何が届くんだよ。」

 もっと深く読むと説明欄には価値観を売ることと、効果期間が書かれていた。

あと俺が選んだ”価値観”とやらの種類は消しゴムと表示されている。

「なんだ、ただの消しゴムか。その割には少し高いな。消しゴム1個500円か。」

 普段ならスルーしてるが、何故か俺は興味を持っていた。

「要はちょっと高めの消しゴムってことだろ、たぶん。いい機会だし買ってみるか」

 俺はすぐに購入の表示を押して買った。効果期間は翌日0:00~1週間と書かれているが、これはきっと配達のことだろうな。

 そのあとも色々見てしばらくしてからいつも通り風呂に入って寝た。

今日もまたいつも通りの繰り返しだったなー。


–翌日–


 今日もまた何気ない1日を繰り替えしている。

出社し、メールを確認、取引先に納期の交渉をしてあとは製品の後継機種の仕様比較表を作成して…と。すると部長が声を掛けてきた。

「平川くん、ちょっといいかな。」

「はい、どうされましたか。」

「いやね、近くの者に聞いたんだけれども、君、消しゴム持ってるそうじゃ

 ないか。少し見せてくれないかね?」

「え?消しゴムですか?普通のものですけど、何でですか?」

 消しゴム一つで部長が尋ねてくるとは少し滑稽だな。

「何でって。消しゴムだよ?消しゴム!今持ってるのは君か、他部署の伊藤さん

 だけなんだよ。私も本物を一度見てみたくてね。なあ、少しいいだろう?」

 どういうことだよ。俺以外みんな消しゴム無くしたのか。

「いいですよ。はい、どうぞ。」

 引き出しから消しゴムを出し、部長に差し出した。

するとどういうわけか、周囲に人が集まってくるではないか。

「おぉ!これが本物の消しゴムか!素晴らしい構造だなあ!ん?おい、君!

 これ、使い掛けじゃないか!なにやってるんだ!」

「いやいや、消しゴムですよ!使いますよ!たまにですけど。」

「もったないよ、それは!消しゴムは大事に取っておきたまえ!それといいか

 い?これは持って帰りなさい。会社に置いておくと盗まれるかもしれないよ?」

 消しゴム1つで大袈裟な。盗まれたってまた買えばいいだけだろうに。

だが、部長や野次馬たちは俺の感覚が変だというではないか。

持ち帰るようにと念を押し、部長は戻って行った。野次馬たちも部長と同じく仕事に戻った。

 なんだか変な感じがした。


 その後はいつものように過ごし、今また通販サイトを覗いている。

見てみると何か通知が届いているようだった。

「あれ?昨日買った商品もう配達済みになってる。まだ届いてないぞ?」

 やっぱり詐欺だったかーと感じつつ、一応もう一度説明欄を読んでみる。

よくよく読んでみるとそこにはあることが書かれていた。

「ん?”本商品を購入すると対象の種類の価値観が一定期間向上します”だって?

 そんなことあるのかよ。」

だが今日の会社での出来事に心当たりがあったのは確かだ。

念のため、サイトで消しゴムを検索した。

「なんだよこれ、おいマジかよ…。」

検索結果では消しゴムは一応出てきたが、価格がどうもおかしい。

消しゴム1つ15万円だって!?だれが買うんだよこれ。

「これも価値観を買った影響だってのか?にしてもすごいなこれ。

 …今俺の持ってる消しゴムを売ったら儲けられるんじゃないか?」

 そうだ、もしかしたらこれはビジネスチャンスなのかもしれない。

試しに今日持って帰った消しゴムをフリーマーケットサイトに上げてみると、

ものの2分で落札された。

「嘘だろ…。これ1個8万円!?すげぇな…。使いかけでもそんなに価値がある

 んだな。」

 こういうときの俺は頭が回るんだ。ガキの頃はよくイタズラばかりして叱られたのを思い出す。

「ようし、手頃な”価値観”を買ってみるか。これでフリマで売ればバカ儲けできるぞ!」

 思い立ったらすぐ行動だ。俺は一気に色々な価値観を買ってみた。

シャープペンシル1,500円、靴下3,400円、割り箸4,500円、ティッシュ2,500円などなど…。

 金稼ぎのためとはいえ、通販で一気に4万円近く商品を買ってしまった。

買った種類のものは大体家にあるものを選んだが、コンビニにでも行って補充しておくか。これはきっとビッグビジネスになるぞ!


 時刻は深夜0:00を過ぎた。

価値観の対象品の買い出しを終え、俺は既に家に着いていた。

さて、一応検索してみるか…。


「おお!シャーペン1本18万円!靴下1足30万円か!こりゃすごい!ティッシュな

 んて、ポケットテッシュでも13万円するんだな!」

俺は明らかにテンションが上がっていた。それも当たり前のことだ。

ついさっきコンビニで総額15,000円程度で買ったものが、ものの1時間程度で総額1,000万円を軽く超える価値になったのだ。

 俺もついに大富豪の仲間入りだな。

すぐにもそれらを出品しようと思ったが、効果期間に余裕があるし、明日も仕事だからもう寝ることにした。


 翌朝

 いつも通り会社に向かう。昨日の夜更かしで少し眠いがまあいいだろう。

なんせ俺はもう大金持ちなんだから、これからはこんな生活ともサヨナラさ。

「おっと、すみません。」

通行人とぶつかってしまった。不注意になってるな、いけないいけない。

「おっと、うわっと、ごめんなさい!」

なんだ、またぶつかってしまった。待てよ、今のは明らかに向こうが悪くないか?

「おっとっと!ちょっとあんた!うわっ!なんですか、あなた!」

よく周りを見渡せば人々が俺に注目しているじゃないか。

それにさっきからわざと人がぶつかってきている。なんなんだ一体。

だが、原因はすぐにわかった。俺に視線を向けている奴らの姿はとても違和感があった。

「みんな、靴下を履いていない…。ネクタイもシャツも着てないぞ?これってもしかして…。」

「おいっ!あいつだ!あいつ、明らかに犯罪者だ!捕まえろ!」

「はっ!?意味わからんねぇよ!なんで俺が犯罪者なんだよっ!」

「捕まえろ!」「警察を呼べっ!」「あんな格好で出歩くなんて詐欺師か何かよ、絶対!」

 そうか!普段の生活に慣れ過ぎていて、靴下やシャツやハンカチを着て出歩いてしまったが、今の世界の価値観じゃあ、大金持ちしかできない服装に見えてしまうのだろう。

 だが、通勤途中で捕まっては今後の人生に支障が出る。それに、もし留置所なんかに入ってしまったら、せっかくの効果期間が終わってしまう!

 俺はすぐに走って逃げることにした。

「いったい何なんだよ!なんで価値観が上がるだけで、こんなに目を付けられるんだよ!」

 とりあえず会社に向かおう!部長、いや同僚の倉敷さんでもいい!彼らならきっと力になってくれるはずだ!

 そのとき、携帯が鳴った。見れば知らない番号からだ。

「くそっ!こんなときに!あとにしろよっ!」

 乱暴にポケットにしまうが、一向に鳴り止まない。

これだけ音が鳴っていれば人目についてしまう。

仕方がなく、路地裏に入り電話に出ることにした。

「はぁはぁ…も、もしもし?平川ですが、どなたですか?」

「お世話になります、株式会社バリューズの今井と申しま…。」

「悪いが今立て込んでいるので、また後で折り返します。では。」

 今ゆっくり話している時間はないので、早く切ろうとする。

「あっ!ちょっとお待ちを!平川さん、昨日”価値観”を過剰購入されましたよね?」

 あのサイトの会社か!おかげで偉い目にあってるんだこっちは!!

「えっ!確かに”価値観”買いましたが、何ですか?過剰購入って。」

「価値観を一定種類以上購入してまった場合に起きる障害ですよっ!説明欄の注

 意書きにも記載しておりましたが、読まれてないんですか!」

 そんなこと俺が知るか!なんだ障害って!

「なんだよ障害って!説明しろよおい!」

声に出てしまった。

「はい、一定種類以上購入されると、価値観のベースが上がるので、一般人の生

 活水準が下がってしまう現象です。これにより人々の意識も変化するので、高価

 値のものを持っている人や製造元、運送箇所が窃盗や襲撃などの被害を受けや

 すくなるんです。」

「これ自体は効果期間が切れると元に戻りますが、効果期間中に出た被害等は無

 くならないので、弊社では禁止事項としております。」

「じゃあ売るなよ!そんなこといちいち確認するか!第一、あいつら俺を犯罪者

 扱いしてくるが、それはひがみとか妬みなのか?」

「詳細は調査中のため不明ですが、障害の影響によりおそらく何らかの法令や条

 例に追加、修正が加わったものと見られます。今の状況ではあなたは犯罪者で間

 違い無いですよ。」

 はあ!?俺が犯罪者だと…?いいかげんにしろよ!

「おい!お前ら提供元ならこれは保障の範囲だろ!何とかしろよ!」

「ですから、今回の場合は禁止事項を破ったのはお客様の方でして…。」

「いいから早く!返金さえしてくれれば訴訟とかはしないから!なんとかこの状況を…!?」

 背後に気配を感じ、振り返ると警官が2名立っていた。

靴下もシャツも着ておらず、不格好なその警官たちはこちらに銃口を向けていた。


「おいおい、いったいどんな法律ができちまったんだよ…。」

俺はこの言葉をいい終えることができたであろうか。

直後、乾いた銃声が鳴り響き、俺の価値は無くなった。

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