サマースクール・ウォー 中編
自然の家に宿泊するサマースクールは、実は、この施設を掃除するためではないかと思っている。
4年生から始まるサマースクール。学年ごとに日をずらして宿泊するけれど、それぞれ自分たちが使う場所を綺麗に掃除してゆく。一番早い日にサマースクールがあるのが6年生、次が5年、そして4年という順番でお掃除宿泊をするのだ。確かに毎年、掃除のひどさレベルが上がっているような気がする。
今回のお掃除は、戦国小学校のサマースクールのトップバッターということもあり、それはそれは――あちこちで阿鼻叫喚の悲鳴が上がっている――結構なものなのだった。
パイプベッドの下から出てくる埃やら虫の死骸やら。確実に5年生だった去年よりも量が多い。
「ぎゃっ、カメムシ」
「わー、いくつ出てくるか競おうぜー」
別の部屋からは男子共が馬鹿なカメムシ集めゲームを始めている。そんなもんの数を競ってどうする気だ。
ちなみに掃除や宿泊するお部屋は、さっき決めたAからEまでのグループではなく、各クラスで決めた部屋割りだ。わたしはあきちゃんと一緒のお部屋。せっせと窓をふいたり、ベッドの下を掻きだしたりしていた。
「ねー、このサマースクールのプログラムってさ、なんか・・・・・・なんか・・・・・・」
4人部屋のお掃除。黙々と作業するわたしとあきちゃんをよそに、もう二人の女子がひそひそ喋っている。
なんか、掃除に当てる時間が異様に長くない。
二人はそんな文句を愚痴り合っている。うんまあ、そうだとわたしも思う。なにしろ、最初の班分け、オリエンテーリングの後は、お昼を挟んで、えんえんとお掃除だからね。
お部屋の掃除に始まり、通路、食堂、それからお風呂。さっきなんか、施設のおじさんと先生が「できたら草むしりもお願いしたいですねえ」なんて話しているのが聞こえた。
「無償労働だ・・・・・・」
「労働基準法違反だ・・・・・・」
小学生だって、そういう言葉を知っている。
文句ぶつぶつ言いながら掃除する子たちがいる一方、どこまでも楽しそうな連中もいて、カメムシの数を競ったり、魔女が使うような竹ぼうきで戦いごっこを始めたりする男子もいる――小学生か、おまえらは。って、まだギリ小学生なんだけどね。
「学級委員長は、お部屋の掃除の確認をしてくださーい」
廊下から先生の声が響いてくる。これも学級委員長の毎回のお仕事。掃除のチェックと、掃除用具がちゃんとしまわれているのかを確認するのだ。
「乙女ちゃん、大変だね」
あきちゃんがねぎらってくれた。
**
結構大きな施設だから、掃除のしがいはある。
結局、わたしたちは施設の周りの草むしりまでしてしまった。かなりの労働量のはずだけど、山の空気が美味しいのと、お喋りしながらしているのとで、いつの間にか時間が経っていた。
施設のおじさんたちが、わたしたちがむしった草をゴミ袋に集め始める。日は傾いていて、青空に薄っすら色味が混じった。
さて。
ここから、グループに分かれてのサマースクール活動が始まる。サマースクールの本番は、夕方から始まるっぽい。メインが掃除の宿泊とはいえ、やっぱりお泊り会は楽しいものだ。
「カレー作りだねー」
再び集ったDグループ。
自然の家の裏庭は広々としていて、芝生が気持ち良い。テントを張ればキャンプが楽しめるんだろうな。ここから見上げる夜空はさぞ綺麗だろう。
炊事ができる東屋がいくつか並んでいて、そこに炭が準備されていた。野菜とお肉を切ってお鍋に入れた段階で、点火してもらえることになっている。
塚本さんが率先して玉ねぎを刻み始めた。わたしはその横で、じゃがいもと人参の皮を剥いた。
「おなかすいたねー」
「うん」
ああ、いいなあ、この平凡な感じ。ごく普通の会話と意味のないにこにこ笑顔。
なんか今気づいたけれど、やっぱりわたしの周囲って、非凡な人が多いのかもしれない。たまに普通の子といると、癒される。
それにしても、結構な数があるなあ、じゃがいもと人参。
塚本さんは手際よくトントンと玉ねぎを刻んでいるけれど、わたしはぶきっちょだ。
「貸すでござる」
すっと横から手が伸びた。忍太郎だった。くっきり眉毛を若干ひそめている。さっとわたしから包丁と人参を取り上げると、いきなり空高く人参を放り投げたのだった。
ぎゃー何する。
「玉ねぎって、目に染みるねー」
塚本さんがにこにこしながらトントン刻んでいる横で、忍太郎は、「しぱぱぱ」と白刃を躍らせた。なにこの大道芸。ひらひらっと、赤いはごろもみたいに人参の皮が長く宙を踊った。そして、「ばらばらばらっ」と、カットされた人参がお空から降ってくる。
「おっとー」
とっさにボールで人参を受け止めたのは、大野君だった。一方、綺麗に向かれた皮は、計算されているかのように、段ボールでできたゴミ箱の中に入る。
ポカーン。わたしは空いた口がふさがらなかった。
「すっげー、忍太郎。どうやってやるんだ。教えてくれよ」
大野君が本気で感心している――いやそれ、多分普通の人には無理――忍太郎は、「ニン」と呟くと、次はじゃがいもを次々と空高く放り上げたのだった。
しぱぱぱぱ。
すとととと。
ぞわっ。背後でなんだか気配がしたので飛びのいたら、あきちゃんが意味深な笑顔で立っていた。わたしに微笑みかけてから、山のようにあるお野菜を両手で握りしめる。目つきが物騒だった。
「アハッ、甲賀君ったら、水族館のアシカみたいだよー」
そういうと、あきちゃんは「そーれ」と可愛く叫び、次々に人参とじゃがいもを、忍太郎めがけて投げ始めたのだった。
「野菜カットのお手伝いだよー」
と、あきちゃんはにこにこ言っているけれど、結構なスピードで投げていないか、それ。
びゅんっ、と、風を切って赤い矢じりのように飛んでくる人参を、忍太郎は「ニンニンッ」と、容赦なく斬り捨ててゆく。
あきちゃんが、「ちっ」と舌打ちをするのが聞こえた。
「わー、まだまだじゃがいもがあるよー、甲賀君、おねがーい」
あきちゃんが、じゃがいもを次々に投げつける。ひゅん、ひゅひゅんっ。まるで手榴弾を投げつける兵士みたいだよ、あきちゃん。
「ニン、ニニンッ」
どんな剛速球も、忍太郎は対応する。ああ、人参さん、じゃがいもさん。
大野君は大野君で「おー、すげーすげーすげー」と、目を見開きながら、降ってくるカット野菜をボールで受け止めている。流石野球選手、逃さずキャッチ。
「おっら畜生、こん畜生、これでもか、うおおこれでもか」
と、あきちゃんはぶんぶん投げ続け、もはや人間投球機だ。
「ニンッ、ニニンッ、ニーン」
忍太郎は忍太郎で、こっちの動体視力が追いつかない速さで動き続けている。
「乙女ちゃんを護るのは、このわたしなのっ。助平忍者は人参とでもチューしてなっ」
「ニンッ、姫を御守り出来るのは拙者だけでござるっ。ニンニンッ」
びゅっ。びゅっ。
背後で起きるつむじ風には気づかず、塚本さんは「玉ねぎ多いねー。いっぱいカレー食べられるねー」と、涙を拭きながらにこにこしている。
やがて、全ての野菜が刻み終わる頃、あきちゃんは目の下にクマを作り、ゼイゼイハアハアバアバアデエデエと舌を出して息をついていた。
「あいつ、やるわ。でも、勝負はこれからよ」
上目で忍太郎を睨んでいるけれど、あきちゃん、その勝負に一体なんの意味があるの。
忍太郎は流石に息を切らしてはいなかったけれど、一筋流れ落ちる汗を腕で拭き「疲れた」と呟いている。
大野君がぼそっと、「おまえら二人とも、野球チームに入れよ」と言った。山盛りのカット野菜を抱えながら。
玉ねぎを刻み終えた塚本さんが「人参とじゃがいもはどう」と言いながら振り向き、わー、すごーい、と無邪気に言った。
「すっごいねえ、うちのグループのチームワーク。みんないつの間に、あんなにたくさんあった野菜を刻んだのー」
あきちゃんが「それほどでも」と大人し気に言い、忍太郎が照れて、でろんと鼻の下を伸ばした――この助平忍者。
大野君がサラダオイルを持って来て「炒めようぜー」と言った。「点火してもらおうぜ、腹へったー」
わたしは急いで先生を呼びに行った。支度ができたグループから火をつけてもらえる。他のグループはまだ一生懸命野菜の皮を剥いているところだ。今なら先生は手がすいているから、すぐに駆けつけて来てくれるだろう。
「Dグループですっ、点火お願いします」
走ったから息が切れてしまった。はあはあ言いながら先生にお願いしていると、たたたと軽い足音が迫って来て、背後から声がした。
「Bグループです。支度ができましたので天下をお願いします」
振り向くと、桜子さんだった。
きりっとした目をしていらっしゃる。わたしと目が合うと、にこっと微笑んだ。
早い。うちと同じくらい早いなんて、桜子さまのグループ、一体なんなのっ。
「流石ですわね、花山田さんのグループも、もう点火」
桜子さまは言った。
「日頃の鍛錬を活かし、人参一本5秒、じゃがいも一個8秒で処理をしましたの。だけど、花山田さんのグループはうちよりももっと早かったのですね」
先生が「早いねー」と言いながら、急いでマッチの準備を始めた。まさかもう点火に呼ばれると思っていなかったらしい。
桜子さまは、「ふ」と微笑むと、麗しい三つ編みを揺らしてグループに戻っていった。ジャージの後姿が眩しい。
それにしても人参一個5秒って。
(考えちゃだめだ考えちゃだめだ考えちゃだめだ)
ほら、他のグループの子たち。「いてー、指切った」とか言いながら、必死で頑張ってるじゃない。あれが普通。あれでいい。っていうか、あれが現実だから。
水族館のアシカ芸みたいに、お手玉みたいに野菜を投げて切ったり。
人参を5秒でカットしたり。
(ありえない、絶対にありえない)
ぼーっとしながら、マッチを持って走ってゆく先生の後を追った。
**
さあ、お鍋に火をつけたら、あっというまにカレーは出来上がるだろうな。
ごはんは飯盒で炊いている。飯盒ごはんって大好き。香ばしいから。
カレー、美味しくできたらいいんだけど。
まあ味は大丈夫か、うちには塚本さんがいてくれるから。
うっすらと、わたしは、問題は味じゃないと分かっていた。
オリエンテーリングの時、カレー作りと聞いて、一瞬のぞけた約二名の怪しい仕草、表情を思い出す。
忍太郎は視線をおよがせていたし、あきちゃんは無意識にポケットをいじっていたし。
まさか、二人とも、カレーになにかするつもりじゃないだろうな。
一抹の不安が過った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます