サマースクール・ウォー 前編

 時間なんてあっという間に過ぎる。

 仮に、もし変なことが起きていたとしても、目の前のこと――学級委員長としての仕事とか――に集中していれば、なにも変わらない日常が続く。と、いうわけで戦国小学校は無事に7月を迎えた。プール開き、テスト。夏休み前は色々なことが盛りだくさんになる。ぎゅうぎゅうに詰め込まれた後、夏休みと同時にパアッと解放される感じだ。

 

 夏休みに入る一週間前くらいに、壁新聞が廊下に貼りだされた。みんな頑張って作った壁新聞なので、まずは平等に全員の分が展示される。

 6年1組の壁新聞コンテストは見た目も華やかで、他のクラスの子たちや、先生たちも見に来た。どの壁新聞を県の大会に出すか、多分この時点で決まっているのだと思うけれど、まずはドキドキの展示期間が過ぎる。

 桜子さまのグループのマリーアントワネットと、わたしとあきちゃんの忍者の新聞に赤い花が付いたのは、夏休み秒読み段階、サマースクールを翌日に控えた日の朝だった。


 わー、自信があったのに駄目だったぁ、という声もあったが、ああやっぱりねー、というざわめきが聞こえた。

 人だかりができる廊下。凸子と凹子を侍らせた桜子さまが、口を引き結んで壁新聞を見上げておられる。ちらっと、わたしとあきちゃんの方に視線を走らせた。

 

 「二作とも、コンテストに出品することになりましたわね」

 と、桜子さまは言い、にっこりと笑った。凸子と凹子が挑戦的な目つきでこちらを見ている――嫌だな、なんだろうこの雰囲気は。

 「嬉しいですわ、学級委員長と肩を並べることができて。ふふ」

 桜子さまは、ふわっと麗しい三つ編みをなびかせ、優雅に教室にお入りになる。その後ろと、凸子と凹子もつんと澄ましてついてゆく。

 

 「県大会で、どちらが金賞を取る事になりますかしら。楽しみですわね」


 桜子さまの呟きがうっすら聞こえる。どぎまぎしながら横を見ると、あきちゃんが俯いて立っていた。

 あきちゃん、髪の毛から覗く口元の、その、不敵な微笑みは一体なに。


 県の壁新聞コンテストは夏休み中に開催される。受賞発表は、夏休み最後の日だ。

 桜子さまの華やかなマリーアントワネットの壁新聞。わたしとあきちゃんの忍者の壁新聞。もちろん、他の学校からもたくさん壁新聞が集まるということ位、分かっているけれど。


 (なんだろうこの、一騎打ちみたいなものものしい空気は)

 学級委員長バーサス副学級委員長。

 ・・・・・・みたいな。


 まあ、夏休みが終わるまでに、みんなきっと、壁新聞の事なんか忘れているだろう。きっとそうだ。


**


 サマースクールは山奥にある自然の家で開催される。バスに乗って自然の家に到着し、そこで戦国小学校の6年生が全員集まる。

 6年生は3組まであって、こうして集まると結構な人数だ。早朝だけど、日差しは既に強くて山の緑は青々と燃えている。早速各クラスの学級委員長が点呼して、全員いるかどうかを確認し、担任に報告した。

 

 今年はグループ分けは、現地でくじ引きをして行うことになっていた。各クラスで整列しているけれど、くじを引いた時点でクラスはいったん解散となる。1組から3組までごちゃまぜのグループが編成され、サマースクールをその面子で過ごすのだ。

 だから、みんなくじを引くとき、祈るような顔をする。気の合わない人と一緒に過ごすなんて、溜まらない話だから。


 (去年は好きなもんグループだったから、あきちゃんと一緒にいられたんだよね)

 小さい箱に入れたくじを一人ずつ配りながら、わたしはちらっと視線を走らせた。あきちゃんと一緒の確率は低そう。寂しいけれど仕方がないなー―って、え。


 一瞬、わたしは凍り付いた。あきちゃん、何かにやっとしてなかったか。すごくダークな笑い方をしていたけれど。

 

 くじが全員にいきわたり、いよいよグループで集まることになった。

 わたしのくじは、Dグループ。

 AからEまで5つのグループ。あちこちで、Aの人、こっちー、とか、Cはこっちだよー、とか声が上がっている。

 さて、Dは一体どんな面子になることやら。ぼうっとしていたら、「ここD」「あ、D」と、呟きが聞こえて来た。2組の塚本さんが戸惑いながら「えっと、よろしく」と言いながら近づいて来た。塚本さんはオカッパ頭の優等生さんだ。5年生の時同じクラスだったっけ。塚本さんは5年の時、副委員長をしてくれていた。


 (良かった、わりと知った仲の人が来てくれて)

 ほっとした。塚本さんも同じだったらしく、にっこり笑っている。うん、大丈夫、塚本さんいい人だから。

 さて、残りの面子は誰だろう。


 「Dって、あーっ、やん、やんっ、運命を感じちゃーう」

 

 すごく聞き覚えのある声だよ。まさかと思って振り向いたら、目をキラキラウルウルさせたあきちゃんが寄って来た。ぴろんとDのくじを見せながら、「乙女ちゃんと一緒だぁ、うーれしー」と言った。


 (あきちゃん、まさか、細工した)

 さっき、くじびきの時、一瞬垣間見えた、あきちゃんのダークな表情。いやまさか。いくらあきちゃんでも、そんなことは。

 

 「ニン」

 えっ。


 何か、背後で聞こえた。恐る恐る振り向いたら、そこには「D」のくじを持った忍太郎が侍面で立っていた。淡々とした表情だけど、あんたそれ絶対細工したろ。じろっと睨んだら、忍太郎は一瞬うろたえて視線を泳がせた。後ろめたそうな顔つきだ。やっぱりこいつ、なんか細工したんだ。


 「わー、すごい、1組から三人も集まっちゃったね」

 一方、塚本さんは素直に驚いている。良い人すぎる。

 

 「と、ところでもう一人いるはずだけど、誰だろうね」

 背後でバチバチ視線の火花を散らしているあきちゃんと忍太郎を気にしないようにして、わたしは塚本さんに話しかけた。ああ、塚本さんから醸し出される普通のオーラが心地よい。

 (もうサマースクールは、塚本さんの側にいたい・・・・・・)


 「あ、来たみたい」

 と、塚本さんは笑顔で手を振った。Dグループの残り一名は、どうやら男子。背高のっぽで、つくつくの短髪。誰だろう―ーあ。

 忍太郎とにらみ合っていたあきちゃんが、はっとしたように表情を凍らせた。


 「Dグループってここかー」

 ぶらぶらとナップザックを片方の肩にかつぎ、退屈そうな顔で現れたのは、3組の大野君だった。

 大野隼人。少年野球団に所属して、今年キャプテンになった。運動神経がそこそこ良いので、結構もてている。まあ、多分悪い人ではないのだけど、なにしろうちにはあきちゃんがいる。


 大野君、昔、あきちゃんのことさんざん虐めてたからな。実は好きの裏返しだったって後で分かったけれど、あきちゃんは未だに大野君が嫌いだ。廊下ですれ違う時も、大きく距離を取るほど。


 凍り付いたあきちゃんをちらっと見て、大野君は忍太郎に「よろしく」と片手を上げた。忍太郎も「よろしくでござる」と、びしっと頭を下げている。

 スポーツマンの大野君と忍太郎、意外に良い組み合わせかもしれない。二人とも礼儀正しく挨拶を交わし、その後は無理なく笑顔で歓談を始めた。なんの話題か知らないけれど。


 「ふふ、これで1組から3組、全クラスが揃ったねー」

 塚本さんが言った。うんうん、と、わたしは頷いた。無表情のあきちゃんが気になったけれど、今は大野君は礼儀正しい野球少年だし、大丈夫、きっと無難に終わる。

 

 ぴーっと学年主任の先生がホイッスルを鳴らした。話を始める合図だ。グループ分けの直後で沸き返っていたけれど、みんな一気にしいんとなる。

 「今からこのグループで、オリエンテーリングをしてもらいまーす。ぐるっと自然の家の周辺を回り、またここに集合します。歩いている間に、いろいろなお喋りをしたり、自然を楽しみましょう」

 各グループにプリントが配られる。オリエンテーリングの地図だ。ごく簡単な、自然の家の周りを道に沿ってぐるっと回るだけの地図。


 ほんの15分くらいで終わる散策コースだ。

 グループの親交を深めるための、序盤のイベントに過ぎない。まもなくAグループから順番にオリエンテーリングに出発してゆく。うちのDグループもいよいよコースに繰り出すことになった。


 「くっそ、自分のと乙女ちゃんのくじしか細工しなかったから、思わぬ奴が入ってしまったわぃぇ」

 最後尾を歩くあきちゃんの呟きが、なんかひっそり聞こえて来たけれど、ここは聞こえなかったふりをしなくては。

 

 「この後、グループごとにカレー作って食べるんだよね。おなかすいちゃった」

 塚本さんが嬉しそうに言った。うん、塚本さんがいるから、きっと大丈夫。普通のカレーが食べられそう。

 塚本さんは家庭科が得意なのだ。


 一方、先頭を行く男子二人は、なんだか凄く親し気になっている。お互いこづきあったり、大声で笑ったり。どうして男子ってこんなにすんなり仲良くなれるの。

 それにしても、何を喋っているのだろう。

 (そういえばわたし、忍太郎が男子友達と一緒にいるところを見たことがない・・・・・・)


 忍太郎ったら、こうしてみると、普通の男の子なんだ。白い歯を見せて無邪気に笑って――まあ、髪型がポニーテールなんだけどね。


 「拙者は護ってあげたいタイプかつ湯上りの色気がにおいたつような女子が好みでござる」

 

 (え)


 なんか、健全そうに笑い合いながら、和気あいあいと喋ってる内容が聞こえたと思うんだけど。

 忍太郎と大野君、何の話してるんだ。


 「えっろいなー、忍太郎。おまえムッツリだろー」

 大野君が言った。

 「男は皆、ムッツリでござる」

 堂々と忍太郎が言った。


 やだ、何の話してるの前の二人、と、塚本さんがひそひそ言った。わたしは苦笑してごまかしておいた。あきちゃんは、大野君を警戒しているのだろう、沈黙していて、女子トークに入ってくる気配がない。


 「大野殿はどのようなおなごが好みでござるか」

 と、忍太郎が言った。大野君の視線が、なんだかちらっと動いたような気がした。


 「俺は、さ。好きになると虐めたくなるというか、素直になれないんだよな。おまけにしつこいから、一度好きになったら、なかなか諦めがつかない」


 どきん。

 って、なんでわたしがドキドキしてるんだろう。あきちゃん、聞いた、今の。

 

 しかしあきちゃんは、仏頂面のまま無言で歩き続けている。眉間にしわをくっきり寄せて、唇を富士山みたいに突き上げて。

 (あああ、あきちゃん、人相が悪すぎるよ)


 それにしても、まさか大野君。

 未だあきちゃんのことが好きなのだろうか。いや、いくらなんでもそれは。だって、低学年の時にあきちゃんに盛大に振られて、それ以来、一言も口をきいていないはずだ。

 あきちゃんは大野君に対して、これでもかという程、「キライ」「近づくな」オーラを放っているし。

 

 だけど忍太郎は、ずけずけと大野君に質問を放ったのだった。

 「ほう、いわゆるストーカーでござるな。ところで、具体的にはどのようなのが好みか」

 

 ストーカーとか、刺さるからやめてくれよ、と、大野君が苦笑いして言った。少し考えた後、大野君はひとことひとこと区切るように――まるで、後ろに続く女子たちに聞こえるように――言ったのだった。


 「地味めで、一見大人しいけれど、実は違う面を持っていて、目立たないから誰もそれと気づかないけれど、トップクラスの優等生で、頭が良い女。仲の良い女友達に尽くしまくってる。で、給食の牛乳が苦手だったりしたら、もうドストライクだな」


 (うっわ、これってもう告白)

 わたしは一人でときめいたけれど、背後のあきちゃんに響いたかどうか。

 横で塚本さんが「え、今のって、なんか見たことあるような気がするよね。具体的だし、誰の事だろうね」と言った。


 ざわざわ。

 風が木々の間を渡ってゆく。良い天気だわ。山の中は空気が爽やかだ。

 

 あきちゃん、大野君、こんなふうに言ってくれてるよ。

 もういい加減、昔のことを忘れて、せめて友達になってあげたら。


 オリエンテーリングも、ゴール間近。

 ほどよく体を動かしておなかが空いたし、きっとカレーを美味しく食べられそう。


 (あきちゃんと大野君か。結構お似合いかもしれないなあ)

 にまにましていたら、いきなり忍太郎が、こう言った。


 「なんだその最低最悪なおなごは。目の前に来ただけでも拙者は無理だ、鳥肌ものだ。大野はとんでもなく趣味が悪いのう」


 ぴき。

 

 あれ、今なんか不穏な音が聞こえた気がする。

 恐る恐る後ろを振り向いたら、あきちゃんが両眼を鋭く光らせ、背筋が冷たくなるような顔つきで、忍太郎の背中を睨んでいたのだった。

 

 (あきちゃん、しっかり聞いてるよ)


**


 オリエンテーリングで、グループの親交は深まった――のだろうか。

 ともあれ、無事に全グループが集合地点に集まった。次は自然の家の中を掃除してから、カレーを作って食べる段となるのだが。


 素敵な山の中で、みんなで作ったカレーを食べたら、きっといい雰囲気になるはず。

 きっとそうなるはず。

 そう信じよう。

 なんか、忍太郎が「にひにひ」と笑いながらなんか企んでるような顔をしているし、あきちゃんも「くすくす」と黒く微笑みながら、なんかジャージのポッケを探っている。


 何も起こらず、カレーを食べて肝試しをして、キャンプファイヤーをして寝てしまう。そうしたらすぐにサマースクールなんか終わってしまう。

 そうなるはず。

 

 はず。


 塚本さんの平和な笑顔を眺めながら、わたしは「はず、はず」と心の中で繰り返したのだった。

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