およばれ焼肉パーティー、危険がいっぱい

 壁新聞づくりのお陰で、多少、忍者には詳しくなった。

 あきちゃんのうちにあった資料が、とても分かりやすかったのもある。


 忍者はどういう人々だったのか。調べるにつれて、この人たちはもしかしたら、無敵なのではないかと思えて来た。がっつり正面から戦って勝つ強さではない。したたか、という言葉が近い気がする。

 (昔は命がけの仕事だったんだもんな、忍者って)

 敵の近くに忍んで情報を収集する。そして、危険の中、生きて帰還しなくてはならない。身体能力も必要だけど、精神力も相当鍛えなくては務まらないと思う。

 

 (そういう人々が、集団を組んでいたんだよな)

 忍び集団。よく聞くのは甲賀とか伊賀とか。それぞれ特色があり、例えば甲賀なら日本全国に散らばって活動していたという。甲賀忍者の元は武士だというし、生真面目な印象が強い。

 一方、伊賀はもっとドライだ。契約至上主義というか、資料を読む限りでは非常にビジネスライクな感じがする。忍者を辞めることを「抜け忍」というらしいけれど、伊賀は抜け忍を絶対に許さないのだとか。

 同じ忍者でも、集団によって、似て非なる特質を持っている。


 「忍者党は忍者の精神で日本をより良い国にするよう働きかけて参ります〜ルルル〜ににんがにんにん〜にーんじゃーとーぉー」


 台所のラジオである。近頃、やたら耳に着く、このCM。

 やたらキャッチ―なメロディーだけど、唄っているのは歌のおにいさん風な、優しく誠実そうな声音。これ、かなり有名な作曲家が作った曲らしいし、唄っている人も、名は伏せているけれど、メジャーな歌手だとか。


 くっそ、金持ってやがる。どっから沸いて出たんだ、その金は。こんちきしょう。

 ぼそっと、不穏な言葉が聞こえた気がした。テーブルで宿題をする手を一瞬止めた。流しで大根を切っているママが、こちらに背中を向けたまま、呟いたらしい。

 このところ、露出頻度が高い忍者党。ママは気に入らないらしい。朝なんか、しょっちゅうパパに怒りをぶつけている――ねえ、おかしいじゃないの、わたしたち、限られた財源で密やかに、だけど確実に計画を進めているはずじゃない。それがなにこれ、何でこんなに派手に散財できるの。ねっ、聞いてる、聞いてるのおおおおおおお!


 限られた財源で計画を進めるとは、件の、忍者が日本征服して忍者の国を作るというアレか。

 花山田の本家がその忍者大計画の一端を担っているらしいから、分家であるうちも、それなりに関わっているのかもしれない。最も、パパもママも普通に生活しているので、その「忍者日本征服計画」において、一体どんな活動をしているやら見当もつかないのだけど。

 ってか。

 ってか。


 (表に出ないから忍者じゃないのか)

 忍ばない忍者は忍者じゃないと思うのだが。

 

 「うちなんかっ、夕方5時に滑り込んだスーパーでっ、赤札ついた見切り品買ってっ、毎日しのいでる有様なのにっ」

 どすっ、ざくっ、どすっ。

 大根を切りながらママが呟いている。怖い。


 「忍者仲間で、貧富の差を感じることがあっちゃ、いけないわよっ、絶対にそうよっ、従ってっ」

 どすっ、どんっ、ざくんっ。

 ママの声音にヤバイものが混じり始める。お金がからむと、ママは本当に目の色が変わるんだ。

 「従ってっ、忍者党なんかに靡いた忍者は仲間じゃないっ。そんなの忍びにあらずよっ。なにがににんがにんにんよっ」


 宿題は終わった。筆箱にシャーペンを入れながら、わたしは静かに思った。

 日本を征服した時点で忍びにあらず、ではないのか。だいたい、何でそんな素っ頓狂な計画ができたんだろう。発案者は誰なんだ。

 (一度、由梨花お姉ちゃんに聞いてみようっと)


 ピンポーン。チャイムが鳴った。あら、お客さんだわ。

 インターホンからは「たのもう。甲賀でござる」と、時代劇風な挨拶が聞こえてくる。ああ、お隣のおじさんだわ。ちらっと時計を見たら、もう六時を回ろうとしていた。珍しい、忙しいお医者さんなのに、今日は早くからうちにいるんだな。


 「水曜日は午後からお休みだもんね、あそこの外科」

 と、ママはさらっと言った。ああなるほど、お医者さんでも、お仕事ばかりしていたら体がもたないものね。お休みは必要だ。


 玄関に走り、戸を開いた。うちの玄関が、時代劇になっていた。

 ちょんまげのおじさんと、きりっと和服姿のおばさん――忍太郎のママは、おうちでは和装なんだ。


 おじさんとおばさんは、にこにこしていた。そして、ゆっくりとわたしにお辞儀をした。

 「いつも忍太郎がお世話になっていまして、ありがとうございます」

 おばさんが優しく言った。

 「引っ越してきて、ろくに挨拶もしないまま時間が過ぎてしまいましたが、今更ではありますが、お近づきに一度、うちで食事などいかがかと思いまして」

 おじさんが言った。


 食事。お近づき。

 ぼうっとして立ち尽くしてしまった。ぱたぱたとスリッパの音が近づいて、ママがすっ飛んできた。話が聞こえたらしい。

 ママの姿を見て、おじさんとおばさんは再度頭を下げた。すごい、堂に入った頭の下げ方。心がめちゃくちゃに籠っている。頭を下げられた方がどきどきしてしまうじゃないの。


 「庭で肉でも焼こうと思っております。今度の日曜、ぜひご家族でおいでいただけたら」

 にっこりとおばさんが笑った。お肉。焼肉か。ごくんと、思わずわたしは唾を飲んだ。


 あらあらまあまあまあ、そんなそんな。ママは一応は遠慮していたが、結局、ご招待を受けることになった。

 「では御免」と、おじさんとおばさんがいなくなってしまってから、わたしとママは顔を見合わせた。


 忍太郎のうちで、肉を焼いていただく。あの、塀の中がどうなっているのか見られるのだ。


 「菓子折り、なににしようかしら」

 ママが狼狽えながら呟いた。

 

 ににんがにんにん、にんじゃとうー。

 台所の方からは、平和な忍者党のテーマが聞こえて来た。


**


 忍太郎のうちで焼肉パーティー。

 あきちゃんにはとてもじゃないが、言えない。何着ていこう、と、どきどきしたけれど、よく考えたらバーベキューするのに綺麗な服を着て行けるわけがない。

 そして当日、わたしは結局、ジーンズにTシャツという極めてラフな格好でお邪魔することになったのだった。


 パパとママはお菓子やビールをお土産にして、楽しそうだ。

 武家屋敷みたいな石塀、立派な屋根付きの門をくぐって庭に入ると、予想通り純和風の庭園だった。

 品のある松の木や飛び石、艶のある白い砂利。カ、コンッ――なんと、鹿威しのついた池まであるらしい。澄んだ音が微かに聞こえた。


 おうちも、立派だった。黒い瓦が夕焼けに輝き、白壁に美しい影を落としている。本当に素敵だった。時代劇の一コマみたいだった。

 (こんな庭や家が、一晩で本当にできちゃうのだろうか)

 見回しているうちに、強烈な疑問が沸いた。そうなのだ、忍太郎一家は、ある日唐突に、いきなり隣に住んでいた。新築の家を建てている現場を町の中でたまに見かけるけれど、あんなふうに手順を踏んで徐々におうちが作られている、というようなものではなかった。本当に突然、甲賀一家は現れたのだ。


 仕掛けがあるのかもしれない、と、目を皿のようにして見える範囲を観察していたが、お庭もおうちもただ風流なだけで、何らアヤシイところはなかった。

 

 パパとママはチャイムを押し、インターホンに向かい、「花山田ですー」と呑気に名乗っている。

 うっすら良い匂いが流れているところを見ると、おうちの裏の庭でバーベキューの用意が始まっているのかもしれない。


 「はーい、裏にお回りくださーい」

 思った通り、おばさんの声が裏庭の方から聞こえて来た。明るい声だ。もう、少しずつ焼き始めているのかもしれない。

 「さあ行きましょ」

 ママが嬉しそうに言った。うきうきと歩き出す。パパも、重そうに半ダースのビールを持ってママに続いた。

 わたしは何となく、ゆっくり歩いた。ママ達の行く方角に向えば裏庭のバーベキュー大会にたどり着けるのだろう。なにも、急いでゆく必要はない。

 わたしは、とにかく観察したかった。謎に満ちた忍太郎の一家の尻尾を掴みたかった。

 ママたちは知らないだろうけれど、忍太郎のうち、絶対変なんだから。夜とか早朝とか、塀の中からしゅしゅしゅとか、ぼうんとか、異様な物音が聞こえてくるし。なにより、わたしは一度、湯上りの時、お隣から手裏剣みたいなものが飛んできたのを目撃しているのだ。

 (あれ以来、忍太郎に付きまとわれているんだけどねぇ)


 どんどんママ達と距離が開いた。やがてわたしは一人になり、ひっそりと足を忍ばせて、お庭のあちこちを見て回った。

 素敵な松の木。きちんと剪定されている。ちょろちょろと流れる水音は、細い小川があつらえてあるからだ。か、こん。鹿威しが綺麗な音を立てる。ち、ちちちち、ちゅん。小鳥が羽ばたいて、夕焼け空に飛んで消えた。


 風雅なだけ。

 ううん、秘密なんかどこにもないわ。どこかに落とし穴とか、抜け穴とかありそうなものだけど。

 本家の仕掛けもそうだったけれど、もしここが忍者屋敷なら、想像を超えたヘンテコな仕掛けがあるのに違いない。


 わいわいと裏庭の方から賑やかな会話が漏れ聞こえる。パパとママ、完全に甲賀さんのお宅に溶け込んでしまっている。もしかしたら早くもビールを開けたのかもしれない。

 香ばしいにおいが強く漂ってきた。間違いなく、美味しいものをまさに今、焼いている。食べている。ちょっとお腹がすいてきた。おまけにママが「乙女―、早く来ないとなくなっちゃうよー」と、世にも恥ずかしい叫びをあげた。

 やめてよもう、いやしいんだから。

 わたしは焦った。このままぐずぐずしていたら、ママのことだから、もっと恥ずかしいことを叫ぶかもしれない。しようがない、庭調査はこれまでにしよう。

 わたしは慌てていた。焦った余りに、足元の石につまづいた。そして、庭の松に手をついて体を支えたのである。


 しゅしゅしゅん、どすどすどすっ。


 「え」


 何が起こったやら。わたしは、鼻先にツクツクに尖ったお星さまの形の小さい武器が木肌に刺さっているのを見た。本当に、鼻の皮すれすれだった。手裏剣である。

 茫然と眺めると、松の木には三つくらい、手裏剣が突き立っていた。わなわなと足が震え出した――なんだ今の。どこから、誰が投げて来たんだ、これを。


 心臓がばくばく音を立て始める。無意識に周囲を見回した。誰かに見られているような気がする。

 (下手に動いたら、仕掛けに足をつっこんでしまうかも)

 悪い方に悪い方にと、予想が働いた。変な汗がつっと流れた。ざわざわと庭木が風に揺れる。夕暮れ時の影は長くいびつで、風に揺すられた枝は奇怪な形の影を砂利に落とした。


 (怖い、忍太郎)


 「そこは危険でござる」

 心の中で呼んだだけなのに、本当に忍太郎はすぐ側にいた。はっと振り向くと、いつもの斜め後ろのポジションに忍太郎がいる――あれ、なんか変だ――忍太郎は立っているのではなく、木の枝から逆さにつり下がっているのだった。

 ぎゃっとわたしは叫んだ。そして、思わず一歩踏み出してしまった。


 ばこん。足元で落とし穴が口を開き、わたしは真っ暗な奈落の底を見た。

 

 「にんっ」

 一瞬後、わたしは忍太郎にお姫様抱っこをされていた。ひゅんひゅんと何度か宙返りをし、忍太郎はおうちの軒下に着地する。

 わたしはふらふらになりながら、やっとのことでコンクリに足を置いた。眩暈が起きていた。


 「砂利の中には仕掛けがあるでござる」

 鍛錬のための仕掛けでござる。忍太郎は、淡々と言った。

 鍛錬、と聞き返したら、忍太郎は生真面目な侍面のまま、「忍者修行でござる。特に拙者は半人前故、朝晩の鍛錬は欠かせないのでござる」と、言った。


 わたしは目が点になった。

 朝晩の鍛錬、危険な仕掛けのある庭で。


 忍太郎は当たり前のように語る。

 そうか、鍛錬。それで納得がいく。否、決して納得できるような事態ではないのだけど。


 庭木から庭木に飛び移り、手裏剣をかわす練習。

 落とし穴を踏み抜いても、すぐに飛びのいて難を逃れる練習。

 きっと、色々な練習があるのだろう。毎日、鍛錬していたのだろう。隣で、わたしら一家がご飯を食べたり、風呂に入ったりしている間に!


 「母上に、姫を探して連れてくるよう言われた。早く参らぬと肉がなくなるでござる」

 忍太郎は言った。さりげなくわたしの手を握りしめている。にひ、にひにひっ。変な助平笑いが聞こえたような気がした。

 いいわよ、ちゃんと歩ける。わたしは慌てて手を振りほどいた。

 

 (ほんとに、油断も隙もない)


**


 裏庭にいったら、もうもうと煙が溢れていた。美味しそうな匂いの中で、大人たちは気持ちよく酔っぱらっているみたい。

 上機嫌な甲賀のおじさんが、瓢箪に入ったお酒をがばがば飲んでいて、それをパパにも勧めていた。

 おばさんとママも、うっすら赤い顔をして、なにか楽しそうにお話中だ。


 わたしが忍太郎に連れられて裏庭に行った時、ママがひょいぱく、と、大きな肉を口に放り込んだ。あら、今来たの、と、ママは言った。見ると、鉄板の上は野菜ばかりでお肉はみんな食べられてしまっている。


 「玉ねぎおいしいわよ乙女。アンタ好きでしょー」

 ママが慌てて言った。最後の肉を自分が食べたので、後ろめたいのだろう。

 

 玉ねぎ。確かに好きだけど、やっぱりお肉が良かった。

 ふええ、と思っていたら、にこにこと優しい顔で、おばさんが「お肉なら焼けばまだあるわよ、大丈夫」と言ってくれた。そして、高そうな肉が入ったパックをクーラーボックスから取り出した。


 「ま、黒毛和牛」

 と、ママが言った。

 「あら、思ったより分厚い肉だったわ。ちょっと焼き上がるまで時間がかかるけれど、ごめんくださいね」

 おばさんが気がかりそうにわたしを見た。


 高級なお肉。確かになんだか分厚い。バーベキューで焼くのがもったいない位。

 時間がかかるのか。でも美味しいだろうな。

 「ありがとうございます」

 と、わたしは言った。せいいっぱいの笑顔で言った。けれど、「ありがとうございま」の所で、いきなり忍太郎が動き、せっかくおばさんが鉄板の上に乗せた分厚い肉を箸で突きさし、取り上げたのだった。


 なにするのよ、と、わたしは言いかけた。大事なわたしのお肉。そんな野蛮な串刺しにしちゃったの。だめ、鉄板の上に早く戻して。


 忍太郎は、箸で突き刺したお肉を自分の顔の前に持ってくると、ふうっと息を吸い込んだ。

 

 ばぶっ。


 目の前を熱風が通り過ぎる。勢いは強かった。前髪パッチンがはじけ飛んだ。ついでにメガネも落ちた。

 

 すぐ目の前で、忍太郎が、口から火炎を放った。じゅわじゅわと炎の中で肉汁が滴っている。そして、極上の香りが漂った。


 「できたでござる」

 忍太郎が、串刺しのお肉をわたしにくれた。じゅうじゅうと弾けるような音を立てたそれは、こんがりと焼けている。

 忍太郎はわたしの顔をじろじろまじまじと眺め、やがて「にゅー」と、鼻の下を伸ばしたのだった。


 あ、ああ。

 前髪パッチンが外れたのと、メガネが取れたのに、やっとわたしは気付いた。

 忍太郎があんまりにも見つめるので、気まずくなってしまう。肉汁がしたたるお肉を早く食べてしまって、パッチンとメガネを元通りにしなくては。


 「ほう、見事な火遁の術だね」

 ビールと瓢箪酒で顔を真っ赤にしたパパが、感心したように言う。

 ママも、手を叩いていた。


 おじさんもおばさんも当たり前のように、にこにこしている。

 忍太郎は肉を一枚、火遁の術で焼き上げてしまうと、残りのお肉は丁寧に鉄板に並べ始めた。紙のお皿に野菜をとりわけ、肉を齧っているわたしにくれた。

 

 「焼き加減はいかがでござるか」

 「う、うん」


 オレンジとピンクの綺麗な夕焼け。庭木が黒い影になる。群青色の夜が空に混じり始めていた。

 こつこつと忍太郎が、肉や野菜をひっくり返している。


 忍太郎の炎で焼けた肉は、今まで食べた中で一番おいしいお肉だった。食べながら、ああ、火遁の術って、ほんとは忍者が、敵の目をくらまして逃げるために使う術のはずだよなあ、だけど肉も焼けるんだ、などと、あきちゃんの家で見た資料の内容を思い出したりしていたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る