忍者屋敷でお泊り会・前編
歴史上のことで、興味のあることをテーマにしてレポートを作る宿題は無事に終わった。
宿題の提出ができていない人に「レポートの期日は何日までです」とお知らせするのも学級委員長のお仕事だ。毎回、絶対に宿題を出さない人がいるので、なかなか厳しい。言われる方も嫌だろうけれど、言わなくちゃいけない側も辛いんだな。
今回はグループワークだったのもあって、みんなスムーズに何らかのレポートを提出したみたい。紙の切れ端一枚をぺろんと出す人もいれば、ノートまるごと一冊を誇らしげに出すグループもいた。別に構わない、学級委員長は宿題の内容までは見ないから。要は提出したという事実さえあれば、オッケー。
担任の先生から「よし、全員提出できましたね」と言われた時、ほうっと肩の荷が下りた。本当に、何で学級委員長がクラスの宿題の提出状況まで責任を感じなくてはいけないのだろう。とりあえず今回は助かった。
しかし、続きがあった。
レポートの提出期限の数日後、先生がいきなり「このあいだのレポート、グループごとに壁新聞にまとめてください。なかなか素晴らしいレポートばかりだったので」と、言った。
クラス中の子が顔をしかめた。あちこちから、げえっとうめき声が上がった。わたしだって「げー」と思ったが、辛うじて喉元で押しとどめる。今だってホラ、副委員長の桜子さまは、お澄ましした顔でさりげなくわたしの反応を見てるじゃないの。
(くわばらくわばら)
「壁新聞ができたら廊下に貼りだしましょう。優秀な作品は、夏休みにある県主催の壁新聞コンテストに出しますからねえ」
ぽっちゃり小太りおばちゃん先生はにこにこほこほこしながら、言った。眼鏡の奥の目は笑っていない。きらあん、と、野望に満ちた光が見えた。
最初はおっとりした先生だな、と思っていたけれど、最近になって、おばちゃん先生の本性が分かって来たんだ。うちの担任は、自己顕示欲ならぬクラス顕示欲が強烈。六年生は一組から三組まであるけれど、その中でウチのクラスが一番すごい、と思っていたいのだ。
(めんどくさいバッバアやなー、このベルサイユの三段バラがぁ)
学級委員長なんかしていたら、腹のなかは真っ黒になるもんだ。口に出して言えない分、お腹の中で悪態をつく。きっとわたし、実はクラスの中で一番口が悪い。
その壁新聞の進捗具合やら、提出状況まで、またわたしが逐一調べて先生に報告することになるんだろう。ついでに、進捗が遅いグループをせっつかなくてはならないのか。
恨まれないように、上手にせっつかなくちゃいけない。難しいんだ、これが。
**
「せっかくならコンテストに出せる位のものを作ろう」
一方、あきちゃんはやる気満々なのだった。目をきらきらさせ、わたしの両手を握りしめ、ほっぺをピンクに染めて「できるよ、わたしたちなら」と言っている。
手元に戻って来た忍者のレポート。多分、わたしたちのレポートはクラスの中でも出来が良いほうだ。ノート二冊分の分量は、一重にあきちゃんちにあった資料のたまものだ。
向こう側では、桜子さまと凸子と凹子の三人グループが、「県のコンテストで優勝しますわよ」と言い合っている。その声が聞こえたので、あきちゃんは一瞬、ぴくっと反応した。
「マリーアントワネットは写真映えもするから、たくさんカラーの絵を使ったら凄く綺麗な壁新聞になりそうです」と、凸子が言い、凹子も「テーマとしてもドラマチックだし、楽勝でいけそうですね」と調子を合わせた。
メラメラメラッ。
なんか、変な音がしたぞ。メラメラ、メラメラ。
はっと振り向いたら、あきちゃんの目の奥に炎が燃えていた。大人しそうな優しい目。実はあきちゃん、結構野心家なんだ。
「乙女ちゃんの壁新聞が一番よ。当然じゃない」
小さい声でぼそっと言う。ぎううううう。どうでもいいけれど、握りしめられた手が痛い。
野心家というのはちょっと違うか。あきちゃんはいつも、自分の事よりわたしのことを考えてくれる。今だって、自分が目立ちたいわけじゃなく、わたしを押し上げようと思っているんだ。
向こうで桜子さまグループが盛り上がっている傍ら、あきちゃんはぎらぎらした目でにっこり笑った。
「もうちょっと資料を読み込んで、内容を掘り下げようと思うの。それと、ひとつお願いがあるんだけど、いーい」
なあに、あきちゃん。可能な範囲のお願いなら、なんだってきく。だから、そろそろ手を離して。
(痛い折れる)
「乙女ちゃんとこの、本家さん、前に話をきいた時、忍者屋敷みたいって思ったの。それでうちのパパに話をしてみたら、花山田家って、大昔、このあたりの忍者の親方みたいな存在だったんだって」
あきちゃんは言った。
忍者の親方。うん聞いたことがあるわ。表向きは庄屋さんだったけれど、実はそういう面も持っていたって。
でもそれって、大昔の話だ。今の本家に忍者についての資料があるとは思えないけれどなあ。
あきちゃんは目をきらきらさせている。
「一晩で良いから、本家さんにお泊りしたいな。もちろん乙女ちゃんも一緒にね」
それで、デジカメでいっぱい写真撮るんだぁ。で、お風呂も一緒に入って、一緒のお布団で寝るの。ぐふっ、ぐふぐふぐふっ。
最後の笑いが気になったけれど、うん、まあ確かに本家のお風呂は広いし、一階の客間を使わせてもらえば、二人で余裕でお泊りできると思う。
二人?
あれっ?
「・・・・・・ニンッ」
小さく遠慮がちに後ろから聞こえて来た。あきちゃんはガン無視しているけれど、忍太郎はついてくる気まんまんだ、これは絶対。
この間、学校を休んだ時、どうやって入り込んでいつ出ていったのか謎だけど、確かに忍太郎がうちに来てわたしを助けてくれた。多分、忍太郎は自由自在、思い通りにどこでも入り込んでしまうと思う。だめと言ったって、ついてきちゃうだろうなあ。
(本家のおばちゃんに事情を話して、忍太郎の分の食事とお部屋をお願いしなくちゃ)
「本家の人にお願いしてみてぇ」
と、あきちゃんが上目遣いになって、ねだってきた。
「わかったよー」
と、わたしは答えた。
忍者屋敷みたいな本家の建物。あまりにも慣れているから、そんなこと考えたこともなかったけれど、言われてみれば確かに忍者屋敷っぽい。
さっきまで台所にいた人が、気が付いたらお座敷の壁に立っていたり。
床の間の置物が一瞬の間に別のものになっていたり。
いやでも、それって忍者の仕掛けがあるからってわけじゃなくて、単に本家の人が素早いだけかもしれない。少なくともわたしは今までそう信じようとしてきたんだけど。
(だって、深く考えたら何か怖い)
「多分、くるっと回る壁とか、抜け穴とか、仕掛けがあると思うんだ。この機会に、乙女ちゃんも聞いてみたら」
あきちゃんが嬉しそうに言った。
ウーン、そうかな。
よく忍者の漫画で登場する、回転する壁とか吊り天井とか。そんなもん、現代の家にあるわけがないと思うけれど。
まあ良い。古めかしくて古風な本家のあちこちを、それっぽく写真に撮ったら、壁新聞のたしになるかもしれない。何より、あきちゃんが期待しちゃってるからな。
一泊して、その間に集中して壁新聞を作ったら、あっというまにできちゃうかもしれない。
「楽しみだねー」と、あきちゃんは喜び、背後から「ニンニンッ」と、どこか浮かれたような忍太郎の呟きが聞こえたのだった。
**
「忍者屋敷、あー」
帰ってからママに話したら、当たり前のように「まあね、忍者の研究するなら本家に行くのが良いわね」と言われた。
エッ、本家のおうちって、忍者の仕掛けとかあったけ、と聞いたら、ママは心底呆れたようだった。
「アンタ今まで何回も本家に遊びに行ってたくせに、まさかぜんっぜん気が付いてなかったの―、うわー」
誰がどう見ても明らかに分かることだと思ってたから、特にママも説明したことがなかったけれどねえ、うーんそう、気が付かなかった、そっかー。
憐みの目で見られてしまった。なんだか納得がいかない。
「本家の建物、昭和時代に一度改装してるけれど、基本、昔のままなのよー」
煮物を作りながら、ママは言う。切った野菜とがんもどきを入れて、だしを入れて。あとはガスコンロにお任せすればいいだけみたい。ママは弱火にすると、そっと離れて食器棚のラジオをオンにした。珍しくラジオがついていなかったのだ。
ラジオは賑やかにお喋りを始めた。
「昭和時代だって、ずいぶん昔のことじゃない」
と、わたしが言ったら、ママが「平成生まれには、そうだわね」と、あっさり認めた。昭和レトロってワードがある位だ、わたしにとって昭和は未知の時代。でも、昭和レトロは可愛くて好きだな。
わかったよ、本家に電話してやるから、アンタからもおばちゃんにお願いしてみなさい。
ママはそう言うと、ぐつぐつ言っているお鍋に落とし鍋をして、さっさと台所を離れた。電話は廊下にあるから、早速本家に連絡してくれるんだろう。
煮物の火の番があるから、わたしは台所に留まった。テーブルに腰掛け、何となく頬杖をついた。今週末の土日でも、お泊りさせてもらえれば良いけれど。壁新聞にも提出期限があるから、あまりのんびりしていられないのだ。
お泊りかあ。あきちゃんとなら、お互いのうちに泊まりあいっこしたことはあるけれど、久しぶりかもしれない。それに、本家に友達とお泊りするのって初めてだ。
(しかも今回は、忍太郎までついてくるだろうしなぁ)
学校の体育館の屋根を疾風のように走り回る忍太郎。最近は体育館の屋根では飽き足らず、校庭の桜並木を猿みたいにくるくるぴょんぴょん飛び移っていたり、まだプール開きしていない、落ち葉のういたプールの上で、なんか丸いやつを足にはいて、アメンボみたいに滑っていたりする。
どこの小学校でもそうなのだろうか、いつも不思議に思うのだけど、戦国小学校の子供たちは、だーれも、それを変に思わないみたい。
「うお、すげー、俺もやりてぇ」
「さっすが忍太郎君、かっこいいー」
ギャラリーはいるけれど、「危険だからやめさせなくちゃ」と言う人が、いないんだ、これまた・・・・・・。
忍太郎が変なことをしているのを運悪く見かけても、極力見て見ぬふりをしたい。
けれど、そういう時に限って、絶妙な距離感のところに桜子さんが立っていて、腕組みしながらわたしを見てたりするんだ。
「あら、注意なさらないの、学級委員長」
とでも、言いたげな顔で。
学校ならともかく、本家で変な事しないように言い聞かせておかなくては。
おばちゃんや、由梨花お姉ちゃんに迷惑がかかってしまったら大変だ。
ぐつぐつぐつ。
静かに煮物は煮えている。廊下から、ママの甲高い声が聞こえてくる。おばちゃんと楽しそうにお話しているみたい。そろそろ、電話を替わってくれるかな。
「・・・・・・この度、新しく発足した政党、その名も忍者党。今話題の黒装束さんたちがイメージキャラに起用され、ポスターにもなりました」
ラジオのニュース。
政党か。なんでもかんでも色々できるもんだわ。だけど、なにその忍びの党って。一体、なにをしたい党なんだろう。
「来る衆議院選挙に向け、忍者党は、国民のみなさんに親しんでもらえるよう、PR活動をしてゆくそうです。では次の話題でーす」
黒装束さんがイメージキャラクターか。
それって、好印象なのかな。
ぼうっとしていたら、ママが「電話かわるから来なさい」と叫んだ。わたしは立ち上がった。
ぐつぐつぐつぐつ。お鍋が沸騰して、蓋が浮き上がってきている。吹きこぼれなければいいけれど。
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