第38話 ミヒャエラ視点

~ミヒャエラ視点~

 勇者様。

 それは幼いころからのわたくしにとっての憧れ。

 この王国が危機に陥るたびに召喚され、ことごとく国を救ってきたという英雄。

 その言葉を聞くだけで憧憬の念を禁じえませんでした。

 過去の勇者様の肖像画を見、伝説を聞くだけで心が高ぶりました。

 次の勇者様が召喚されるとしたら、どのようなお顔をしているのでしょうか。

わたくしと初めて出会ったとき、どのようなお言葉をかけてくださるのでしょうか。

まだ見ぬ勇者様のお顔を想像するだけで楽しかった。幼いころは、それでよかった。

 でも私は。王女として生まれ、両親の死のために若くして王位を受け継ぎ、勇者様のことばかり考えているわけにはいかなくなりました。

そのうえ自分には臣下に勝るだけの治世の才も魔術の才もなく、私に形式上頭を下げる臣下たちが内心では不安を感じていることが日々伝わってきました。

 そして帝国の女王であるマリアンネと初めて出会ったとき、私の劣等感は一層強くなりました。

 自身に満ち溢れた態度と、私が足元にも及ばぬ気品。

 そして実績。

彼女は香辛料や珈琲といった異国の品を取引するため、食料や水を多く載せられる大型の船の建造、向かい風でもジグザグに進める帆とセンターボードの開発、新たな貿易拠点として寂れた漁村をにぎわう港町に生まれ変わらせる、など優れたまつりごとを次々に行っていきました。

 余興として軽く立ち会った剣の腕でも、私は足元にも及びませんでした。

ボロボロになって、膝をつき、体中をむしばむ痛みで私の心は折れかけました。

 逃げるように帰国してもずっと塞ぎこんだままで、レオノーラたちメイドが慰めてくれても元気が出ませんでした。

 王女としてあるまじき態度なのはわかっていましたが、マリアンネと自分を比べると自分が王族として不適格なのではないかと思えて仕方がなかったのです。

 そんな時、私の体調を心配した宮廷魔法師のリーゼロッテが侍医とともに私の魔法の適性を細かく調べたところ勇者召喚の資質があると告げられました。

今までのふさぎ込んだ気持ちが嘘のように、天にも昇る心地がしました。

勇者様をこの目で見ることができる、この手で触れることができる。このわたくしを勇者様が見てくださる。そして勇者様を私自身の手で召喚できる。

しかし勇者召喚の魔法とは別の世界から勇者様を人攫いのごとく連れてくる魔法であると聞かされた時はショックでした。

でも、勇者様を召喚するのがわたくしの使命。歴代の王や王女と比較すれば大した知恵も力もないわたくしが、国家のためにできる数少ない奉仕。

それならば。

この国へ来ても少しでも悲しまない方を召喚しましょう。魔法とはイメージの力、わたくしが望んだ方通りとはいきませんが、少しでも近い方を召喚することが可能なはず。

そして、この国へ来て幸せになれるよう非才ながらサポートいたしましょう。

それだけがわたくしにできる、唯一の償い。

そしてできれば、わたくしを愛して下さる方でありますように。

そして罪深い私を、許して下さる慈悲深い方でありますよう、祈っています。



いよいよ迎えた勇者召喚当日。

 謁見の間に居並ぶ家臣たちは、固唾をのんで私のことを見守っています。この勇者召喚は一生に一度きりしか使えぬ魔法、成功しても今後一切の魔法は使えなくなり、失敗すれば死。

 文字通り決死の覚悟で行った結果、見事成功いたしました。

 一目見た勇者様は、想像していた方とは全然違いました。

 どこかひねくれていて、虚無に物事を見ている感じで。でも心の奥底はとても優しそうで。

 このお方とならうまくやっていける気がしました。

 しかし魔法の才能がなく、しばらくは汲み取り部屋で屈辱的な日々を送らせてしまいました。

 城の窓から、奴隷たちに交じって働く勇者様を日々見つめていました。

 こんなはずはない。

 勇者様が魔法の才能がないはずがないと。今はたまたま使えないだけ、いずれ使えるようになるはず。昔の勇者様が遺した言葉に「大器晩成」というものもあるではありませんか。

 しかし、私が非才だから勇者様も非才なのではないかという思いがぬぐえませんでした。聞くところ、勇者様は召喚以前には魔法を使えない存在でこちらの世界に来て初めて使えるようになるということ。

 ならば私の召喚に何か不手際があったのでは。完全に成功しなかったのでは。だからトール様をあんな目に合わせてしまったのでは。自分を責める毎日が続きました。

 トール様に鬱憤をぶつけられる日もありました。

 下着を見せる時もありました。あの時の快感と興奮、そして背徳感は一生忘れられません。

あれほど心揺さぶられたのは初めてでした。トール様がまことの勇者であると確信した出来事でした。

 そして自分を責めるだけの私とは違い、トール様はリーゼロッテに教えを請い、魔法の修業を始めました。そしてほどなくして魔法に開眼し、勇者としての資質を城の者たちにまざまざと見せつけました。

 嬉しかった。

 やっと、トール様が覚醒なされた。

 私はその時誓いました。何があってもトール様を信じると。召喚した者の手ではなく、自分の手で覚醒した初めての勇者様なのですから。



 しかしその後トール様を戦いに巻き込んでしまいました。

 決闘を見ているだけで、とても辛い。

また、トール様が攻撃を受けました。本当にトール様を思うなら、この戦いを止めるべきだったのかもしれない。でもマサシとかいう勇者に一度トール様は負けた。もしそのまま逃げれば、ずっとその事を気にしたまま生きなければならない。大勢の前で恥をかかされたまま終わるのは、とても辛い。私も昔マリアンネから逃げたからよくわかります。

でも痛い。

トール様をこんな目にあわせてしまって、心が痛い。叶うなら、私が痛みを代わってさしあげたい。

だけどトール様はお優しい方ですからそんなことは望まれないでしょう。

 それに私が心痛めていることを悟れば、きっと気になさる。

 それならば、私にできることは。

 トール様が弱気にならないよう。この世の誰がトール様をあざ笑おうと、勝利を疑おうと。

 私だけはトール様を信じていると示すだけ。

 そう心に決め、私は想いを笑顔に込めます。トール様が安心できるように。力が沸いてくるように。

~ミヒャエラ視点 終~

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