第37話 奇跡
反応できたのは、奇跡だったのかもしれない。
剣道と言えば面打ちだという思い込みがあったせいか。
もしくはマサシにもダメージがあって剣の速さが鈍っていたせいか。
迷いなく頭を狙ってきた剣を、僕は腕をクロスさせてガードしていた。
空手だと岩より固いといわれる十文字受け、だっけか。でも素人の僕が、腕をクロスさせただけでインターハイの剣道家の面打ちを防ぎきれるはずもなく。
剣が直接当たってもいないのに全身に軽自動車にでもぶつかったかのような衝撃が走り、続いて両方の腕に人生で一番の痛みが走った。
「ぐっ……!」
マサシの攻撃も今が決闘中だということも、頭から吹っ飛んだ。
脳すべてを「痛み」に支配されたような感覚。
その場に膝をつき、うずくまる。
何も聞こえない、目に映るものが何なのか認識できない。
ただ歯を噛みしめて痛みに耐えることしかできなかった。
息を切らせたマサシが僕を見下ろしながら言う。
「俺にここまで食い下がったのはお前が初めてだぜ。だがな、俺の勝ちだ」
痛みに徐々に慣れてくると、周囲の音を認識できるようになってくる。
帝国やマサシを讃えるコール。割れんばかりの歓声。僕にかけられる言葉なんて、何一つない。
もう、いいんじゃないか。
そんな思いが頭をよぎる。
これだけ頑張ったんだ。王国なんてどうでもいい。
これ以上痛い思いをして守るほどの思い入れもない。
ミヒャエラだって、これだけぼこぼこにされた僕にもう愛想を尽かしてるはずだ。
そう思って、決闘中だというのにマサシから目を離しミヒャエラのいる貴賓席の方を見る。
目があった各国の重鎮は皆、マサシの勝利を確信している感じだった。
僕の味方であるはずの王国の人間ですら。
近衛隊長も、エッカルトも、悲痛な目で僕を見ている。リーゼロッテは何かに縋るように僕を見ているけど、半分諦めているのか。
ミヒャエラは…… いない。
もう僕の勝利をあきらめて、退席したのだろうか。
それでいい。
ちょっと力をつけたくらいでいい気になって、こんな大舞台にのこのこ出てきて。
それで結局負けて、王国の土地は奪われる。
もっと強ければ…… いや、初めから強い人間を召喚すればよかったんだ、マサシみたいに。いや、ミヒャエラがマサシを召喚すれば万事解決したのかもしれない。
もしもの話なんてどうでもいい。とにかく、降参しよう。これ以上痛い目にあいたくない。
そう思い顔を上げると、ミヒャエラがいた。どうやら誰かの陰にいただけで、貴賓席の最前列にいたらしい。
でも実際にミヒャエラの顔を見ると、さっきまで感じていたこと、考えていたことが頭から吹っ飛んだ。
マサシへの声援と僕への憐憫もしくは嘲笑だけが存在する闘技場の中で、ミヒャエラだけ僕に笑顔を向けて手を振っていた。
自分でも現金だと思うけど。
気になっている女の子が僕を応援してくれているというだけで、力が湧いてくる。
『私は、トール様を、信じています』
歓声以外何も聞こえないこの場でも、以前に聞いたそのセリフが伝わってくるようだった。でもそのことが信じられない。
なんでだよ、何で僕なんかをそんな風に思ってくれるんだよ。
こんなみっともない僕を。
ふと、ミヒャエラの隣に立つリーゼロッテが杖を振るのが見えた。リーゼロッテの風の魔法が、彼女の声を届けてくれる。
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