第36話 マサシの真の魔法
指をこすり合わせ、マサシと目を合わせる。
同時、マサシの眼球付近に焔が出現した。
「なっ……」
マサシは咄嗟に魔法を使って逃れたが、軽く目の周りを火傷したらしい。
彼は再び僕が反応できないスピードで突っ込んでくる。
僕の魔法が発動する前にマサシは僕の目の前で剣を振り上げていた。
同じやり方ではさっきの二の舞になるのが落ちだろう。
でも、次はそうはならない。明確なイメージと殺意をもって焔を発動した。
「ぐっ!」
白い閃光のような焔に、マサシが悲鳴を上げた。
さっきまでの焔なら平気な距離でもダメージを負っている。
自分ではっきりとわかる。変わったのは、魔法が発動するスピードだけじゃない。
魔法というか、焔の質そのものが変わっている。
その証拠に、ガスの焔みたいに蒼かった色が輝く閃光みたいになっている。
焔は青いと最高の温度と言われる。僕の焔はメタンをイメージしたから都市ガスのように蒼い。でもガスの焔はラジカルという物質の反応で色がついているだけで温度は千七百度程度にすぎない。だからマサシにダメージが通らなかった。
しかし火薬として有名なニトログリセリンの反応では、閃光のように輝く四千度程度の焔ができる。
そこまではイメージしなかったけれど、殺意をイメージに込めたので自然とそれに適した焔に変化したのだろうか。もしくは焔の動画をいろいろと見ていたのが役に立ったのだろうか。
焔の余波か、足元にすり鉢状の小さな穴ができていた。
マサシがゆっくりと起き上がる。
顔と言わず手足と言わず、火傷がひどくなって水ぶくれになっていた。
顔から余裕が消え、手足にもさっきまでの力がない。
今の僕の中には、人を傷つけて心を痛める自分と、冷静に傷の深さを観察している自分、二人いるような気がした。
「こうなったら、奥の手だ」
マサシは素振りをするように空中で剣を振った。
なんだ? 魔法も発動させていないのに、剣を振って何の意味が?
でも発動はしていないが、さっきよりも大きい魔力を感じる。
マサシは愉悦に唇を震わせた。
唐突に、周囲の景色が切り替わる。
観客席の配置が代わったようだ。さっき僕の真横にいたミヒャエラたちがわずかに斜め後ろに見える。
足元に開いていた小さな穴もなくなっている。
そして。
マサシが僕の目の前にいた。
「喰らえや」
マサシが矢のように鋭い前蹴りを僕の水月に叩き込んできた。みぞおちから転げまわりたくなるような痛みとえずきを感じ、僕は蹴りの衝撃で後方に倒れこむ。
なんなんだ?
僕は痛みで気を失いそうになるのを必死でこらえつつ、かろうじてそれだけを考えた。
確かに間合いを取っていた。マサシが魔法を使ったのはわかるが、あいつが超スピードで移動したのなら僕の周囲の景色まで変化するわけがない。
一体、何をされた?
僕の痛みと困惑の表情を楽しんだのか、マサシは悠々と語り始めた。
「俺の本当の魔法は、神速と名乗ってはいるが瞬間移動や超スピードでもねえ。空間を切り裂く魔法、それが俺の本来の魔法だ」
倒れた僕に剣を突き付けた残心の姿勢で、マサシが宣言した。
「剣で空間を切り裂き、また繋げる。剣を振り上げる時に切り裂いておいて、踏み込みと同時に繋げれば空間を超えて移動、つまり瞬間移動できる寸法だ」
マサシがこれ見よがしに剣を振ると、空間に黒い裂け目が出現した。一筋の黒い線は剣の間合いをはるかに超えて十メートル近く描かれる。
たとえるなら真っ黒なインクを塗ったナイフで段ボールか何かを切ったような見た目。
闇の裂け目、空間につけられた漆黒の線。そんな感じだ。
「見ての通り、移動できる範囲は魔力を限界まで込めてもこれくらいだがな」
マサシが再び剣を振ると、黒い裂け目は宙に溶けるように消えた。同時、マサシの剣を握っていないほうの手に小さな石が握られている。石を瞬間移動させたのか。
「俺だってインターハイ行く前は負けたこともある。悔しかったぜ」
マサシは剣を握りしめながらつぶやく。
「何で負けたのか。それは俺にスピードがないからだ。踏み込みが甘いからだ。そう師範や主将に言われて、徹底的に足運びやら大腿四頭筋や下腿三頭筋の筋トレやったがな。満足できる速さにはならなかった」
「この世界に来てな、やっと俺の思う通りのスピードが手に入った」
そう語るマサシは、僕と似ている感じがした。欲しくても絶対に手に入らないものがあって、それをこの世界でやっと手に入れた。
僕は馬鹿にされない力を、マサシは一瞬で移動できる能力を。
「どんな、修業をしたの?」
少しでも時間を稼ぐために質問をする。ほんのちょっとだけどさっきより楽になった。一秒でも会話を引き延ばして、回復を待たないと。
今の状態じゃ、痛みで魔力も練れないしイメージする余裕もない。
それにマサシの会話から攻略のヒントが見つかるかもしれない。
確か切断は、科学的に言えば局所的に圧力が加わることで分子間に引っ張り応力がかかり、物理結合が破壊される現象だ。
空間に干渉するのは太陽のように重力の巨大な星が必要で、太陽でも多少空間を歪めるくらいの力しかないはず。
マサシは空間を切断するという着想をどこから得たんだ?
「修行?」
マサシはせせら笑うように口角を吊り上げ、目をねじ曲げつつ細めた。
「勇者が魔法を使うのに修業がいるのか? この世界に来た直後に使えたにきまってるだろうが。ああ、お前は肥溜め勇者だからしばらく魔法が使えなかったんだっけか。こんなもん、力込めてテキトーにやれば簡単だろ?」
軽口をたたきながら剣を振って、易々と空間を切り裂くマサシ。
そういえば、リーゼロッテが言ってたっけ。
勇者は膨大な魔力を行使して魔法を使用する、と。マサシは膨大な魔力の持ち主だからイメージが適当でも威力が出せたのか。
これが、天才と凡人以下の差か。
でも、一つだけ疑問が残った。
「望みがかなったのに、なぜそれ以上を求めるの?」
「なぜ? やっぱお前バカだな。つええ奴が手にするのが当たり前だ! 名誉も、金も、女もな。それがスポーツってもんだろが」
やっぱりこいつ嫌いだ。
根本的な考えが違う。
だいぶ回復した。やるとしたら今しかない。
マサシの注意がそれた隙を狙って僕は指を鳴らし、その場に瞬間的な焔を作り出した。
急激な温度の上昇で空気が膨張し、爆風と化す。骨がきしみ、鼓膜が破れそうな衝撃と爆音が来る。
僕にもダメージが来るけど、いったん間合いを取らないとやられる。
だけどその爆風は途中で消え失せた。白く輝く閃光のような焔も、跡形もなく消え失せている。
「え……?」
一体何が起きたのか理解できなかった。確かに魔法が発動したのに。
「お前、人の話聞いてなかったのかあ?」
マサシが剣を振りぬいて、愉悦と傲慢と傲岸が入り混じった笑みを浮かべた。
「俺の魔法は空間を切り裂くって言っただろうが。お前の焔すら空間ごと切り裂けるんだよ。じゃあな」
空間を切り裂く、か。確かに剣道をやっていたなら何でも切ってみたいと思うのだろう。こいつにぴったりの能力だ。
断頭台の下にいる死刑囚っていうのは、こんな気持ちがするんだろうか。思考がやけにクリアで、周囲の世界すべてがスローモーションに感じられた。
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