第34話 ぶち殺す。

 マサシから膨大な魔力を感じた。僕とは比べ物にならない強さ。

闘技場の歓声が音声を切られたように聞こえなくなる。

恐怖と警戒心がかつてないほどに高まり、全神経が目の前のマサシに集中する。

マサシは剣道でするように剣を振り上げた。

次の瞬間、十歩先にいたマサシが前回と同じように僕の眼前に現れる。

「先手必勝だぜ!」

 右足の踏み込みと共に利かせたスナップ。全身の力を乗せた剣が、僕の頭めがけて向かってくる。

 だけど、僕は余裕を持って指を鳴らした。

 僕とマサシの間に蒼い焔の壁ができ、マサシの打突を食い止める。

「ちっ……」

 マサシは後方へ跳ぶようにして下がる。今度は魔法を使わなかった。

 やっぱりか。

 でも攻撃を止められたというのにマサシは嬉しそうに笑っていた。

「へへ、今のを止めるとはな。さすが勇者ってだけはあるなあ!」

 僕が勇者だからというより、近衛隊長の訓練が良かったからだと思う。

 勇者として目覚めて、リーゼロッテから魔法や歴史について教わるだけじゃなく、近衛隊長から護身の訓練をつけてもらった。

 わずかな期間だったけど、マンツーマンで教わると体育の授業とは全然違う。

 集団で教わるのと違い、一対一だと僕の癖や姿勢の偏りといったものを適宜修正してくれるので進歩が速い。体育の授業十回分を一回の訓練でこなしているようにさえ感じた。

 一流のアスリートが強く、上手くなれるのは付きっきりで指導してくれるコーチの存在が大きいのだろう。こんなところでも格差がある。

「次行くぜ」

 焔の壁が消えゆく時、マサシが再び間合いを詰めてきた。

 今度は魔法を使っていない。ただ地面を蹴っただけだ。

 なのに、数メートルの距離が一瞬でつまる。

 弾丸のような踏み込みとともに、重いはずの剣をまるで竹刀の様に振りまわして使ってくる。

「メーン!」

 腹の底に響くような気合の入った打ち。

 僕ではたとえ剣を持っていてもかわすことも、受け止めることもできないだろう。それだけの差がある。

 でも、そんなことをする必要はない。

僕は指先だけを動かす。マサシの数十分の一にも満たない、わずかな距離の移動。

だがそれだけで、マサシは面に打ちこもうとしていた剣を無理やり止めて後方に跳んだ。

「ちっ……」

 剣をもう一度正眼に構え直すが、今度は前髪や服が所々燃えていた。

 さっきより引きつけて焔を発動させたので、カウンターとなった。

 いくらマサシの打突が速くても、こっちが動かすのは指先だけだから追いつける。

それに試してわかったけど、魔法の発動そのものは僕の方が早い。

そしてマサシは連続して魔法を使い移動することはできない。さっき連続して移動しなかったのがその証拠だ。

 リーゼロッテに言われたとおり、勝ち目がある気がしてきた。

 いけるか?

 でもそんな考えが浮かぶと、すぐにそれを不安が打ち消す。そんな甘い相手じゃない。それはこの場にいる誰よりも、同じ勇者である僕が一番わかっていること。

 その証拠に髪と鎧を焼かれ、ダメージを喰らったというのにマサシは試合前より色濃い笑みを浮かべていた。

 初めて人に向けて魔法を使った。その事実が、胸の奥を苛む。人に怪我をさせたという実感をとても怖く感じた。



「これだぜ…… これじゃなくっちゃいけねえよなあ」

 マサシは、笑っていた。

 カウンターを真っ向から喰らい、顔が火傷で赤くなっているというのに笑っていた。

 正眼に構えていた剣を、もう一度構え直す。

 僕は咄嗟に魔力を練り、イメージをした。

「勝てるとでも思ったのか? あめえよ!」

 叫び声とともにマサシが視界から消える。

 殺気とか、気配とか、そんなものを感じる前に僕は本能で頭を下げた。

 頭上すれすれを鋭利な鈍色の刃が通り過ぎる。

 後一瞬動きが遅れれば、斬られていたのは風ではなく僕の首だっただろう。

 髪の毛だけですんだのは奇跡だった。

 後ろには、マサシが剣を胴打ちに振りぬいた姿勢のまま立っているはずだ。

 方向をイメージしてる暇なんてない、とにかく後ろに焔をイメージして発動させた。

 マサシの鈍い悲鳴。

 距離を取るために前へ跳びながら後ろを振り返る。

 怖い。

 真っ先に思ったのがそれだった。

 決して喧嘩で勝てない相手が、僕に怒りをぶつけてきている。それが怖い。

 怒りに歪んだ表情も、所々焦げた鎧も、鍛えられた肉体からにじみ出る体育会系独特の雰囲気も、全てが怖い。

「てめえ……」

気合と殺意と、嗜虐心が混じり合った声。

「ぶち殺す」


 恐怖が、さらに増した。

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