第33話 運命をかけた戦い

「トール様、申し訳ありません。私が出しゃばったせいでこんなことに」 

各国に割り当てられた宮殿の一室に戻るや否や、ミヒャエラは深々と頭を下げた。

 会議の部屋よりもだいぶ小さく、調度品も部屋に掛けられた一枚絵とランプ、水差しや

果物が置かれているテーブルとイスぐらいでが落ち着いた感じだ。

「ミヒャエラのせいじゃないから」

 うつむいて意気消沈しているミヒャエラ。

「でも、トール様は戦いを好まれるような方ではないのに……」

 僕はゆっくりと首を横に振る。ミヒャエラが泣きそうな顔をしていることと、そんな顔

をさせてしまったことで心が痛い。

「でも、私が挑発しなければ」

「いや、あの子の性格なら遅かれ早かれこうなってたと思う。だから気にしないで」

「……トールの言う通り。いや、感じでは他の国の重鎮たちもグルだった可能性もある」 

近衛隊長やエッカルトも頷いた。

「……エッカルト宰相。なぜ決闘に肯定した?」

リーゼロッテの鋭い視線に、禿げ頭を白い布で拭きながら彼は答えた。

「申し訳ございません、我が国の勇者の名誉が傷つけられるなどあってはならないことで」

政治的判断、というやつか。文官らしい。

「……今はそんなことを言ってもしょうがない。明日のことを考えないと」

リーゼロッテが視線を落としながら、床に敷かれた絨毯を足でなぞる。

「勇者様。あのマサシという男に勝てそうですか?」

武を代表する近衛隊長らしい質問だし、一番気になるところだろう。

でも。

「正直、厳しいと思う」

一瞬で喉元に剣を突きつけられた時の記憶はまだ鮮明だ。

彼の魔法の詳細はわからないけど、反応すらできなかった。

そんな醜態をさらしておいて、勝ち目があるなんて無責任ないい方はできない。

「……私は、そうは思わない」

 でもリーゼロッテがそれを否定した。

「……あの時は不意をうたれただけ。魔力もほとんど残っていなかった。万全な状態で立ち会うならばあらかじめ焔で壁を作っておくとか、やりようはある」

「……トールだって弱くない。破壊力は絶対に上。それに魔法の発動も早い。自信持って」

 確かに、修行中にリーゼロッテにそう言われたことはある。

 魔法の発動の早さは勇者だと。

 慰めではなく、論理的に励まされたことで少し気持ちが楽になった。

それから部屋を訪問した使者によって、試合の細かいルールや互いが勝った場合、負けた場合の条件が伝えられた。

 試合のルールはお互いに魔法を使っての決闘。致死性にならないよう刃引きをした武器や体術などの補助はあり。どちらかがギブアップするか審判・治癒術師が止めに入るまで続ける。

帝国が勝った場合は王国が国境沿いの土地を帝国に割譲。フロイデンベルク王国が勝った場合、帝国は一切兵を引くこと。領土の割譲はなし。

勝った時の条件に差があるけど、国力の差を考えれば仕方ないのだろう。その気になれば帝国が一気に侵略することもできるのだ。

「決闘の日時は明日の朝からです」

「早すぎない?」

 せめてもう少し時間があれば心の準備とか、そういうのができたのに。

「フロイデンベルク王国から勇者が来るということで帝国、神聖国、邦国の王族や大勢の国民が集まっている。また集め直すのも大変だし金がかかります」

 宰相のエッカルトが答えてくれた。

日本の参勤交代の例をはじめとして、王族が移動するにはそれだけで大金が動く。

 観客も丁度集まっているし、都合がいいのだろう。

 それに万一僕たちが逃げ出そうとする場合を考え、時間的猶予を与えないためかもしれない。

 今日はそれからずっとマサシの魔法について考えたり、近衛隊長から特訓を受けたりリーゼロッテとマサシの魔法について分析したりした。

 僕の目の前に一瞬で現れたこと、神速の勇者、と二つ名をつけられた事を考えれば超スピードの魔法と考えるのが妥当だろう。

 でもその程度で勇者と呼べるのだろうか?

 それ以前にあのイケイケな性格の奴が、そんな魔法で満足するとは到底思えない。

 それに魔法はイメージしやすい形を取る。

 コミュ障でいじめられてて、ずっと爆発とか毒とか危険物質とかを調べて憂さを晴らしていた僕がメタンの魔法を生み出したように、あいつも自分にかかわりの深い魔法を生み出したはず。

 明らかにスポーツをやっていそうな体格だったから、「もっと速く動きたい」というイメージを魔法で叶えたなら納得できる。

 だけど、それだけじゃない。勘だけどまだ奥の手がある気がする。

 でも情報が少なくて、これ以上は考えても話し合ってもわからなかった。

 敵情の四分の一は闇の中、か。クラウゼヴィッツの言葉だけど的を射ているな。

 僕は不安と恐怖の布団にくるまれながら、目を閉じた。



 翌日。昨日よりも熱気に包まれた闘技場で僕とマサシは向かい合っていた。

 マサシは昨日のように軽装の鎧に佩剣。僕は貴族が着る狩装束に似た軽装で、丈の短いズボンに膝上まであるタイツ、上着はゆったりとした厚手の服。胴体や腕、脛には革製の防具がついていた。きつく感じるけれど体にフィットしているので思ったより動きづらさは感じない。

 近衛隊長からは金属製の鎧と剣を勧められたけど、重くて動きが鈍るだけだったので素手だ。魔法が素早く使えるほうがいい。

 二日続けての催しだというのに、観客の数は減る様子はない。それどころか闘技場の端の立ち見の数は昨日より増えている感じさえした。

 冬の澄んだ空に太陽が輝いて闘技場に光を注いでいる。晴れた日の運動会みたいで気分が落ち込みそうだ。

「よく逃げなかったな。それだけは褒めてやるよ」

 僕は褒められてもうれしくもなんともないんだけど。

 逆にマサシは今すぐにでも戦いたくてうずうずしている感じだ。肩をいからせ、獲物を前にした肉食獣みたいな笑みで僕を見下ろし、同時に闘技場の観衆に手を振っている。

 マサシが手を振ると闘技場からは一気に歓声が沸き上がるのに、僕が同じことをしても彼の何分の一かの歓声しか沸かない。

 顔面偏差値の差と、昨日あっさり負けたことが大きいのだろう。

 闘技場には、昨日アーブラハム教皇が言っていたように神父の服から裾を短くして動きやすそうにした衣をまとった多数の治癒魔法師が配置されている。

 アーブラハムは審判として、僕とマサシの間、ちょうど闘技場の真ん中に立っていた。

 彼が軽く手を上げ、観衆たちと目を合わせると闘技場内のざわめきが次第に収まっていく。やがて水を打ったように場が静まり返ると、アーブラハムは響き渡るような声で宣言した。

「我らが神が祝福されたこの良き日。今ここに、青き焔の勇者と神速の勇者の勇者対決を行います。審判は神の代理人としてこのハイリゲス神聖国の教皇、アーブラハム・フォン・アンゾルゲが務めます。規定の確認をもう一度行います……」

 昨日使者から聞かされたとおりのルールをもう一度繰り返していく。この広い闘技場でマイクもスピーカーもなく声を届かせられるのは見事としか言いようがないけど、この咳払い一つさえ響きそうな沈黙の中ではたやすいことなのかもしれない。

 アーブラハムの演説が終わると、マサシが口を開いた。

「お前も召喚されてきたクチか」

 僕は頷いた。

「一応、自己紹介しておくぜ。俺の名は西条正志。元いた世界は日本で、剣道部でインターハイ行って決勝戦前に召喚されちまった。久々に本気の勝負ができる寸前で迷惑なことされちまったぜ」

 そう言いながらもマサシは嬉しそうだ。

 でもインターハイに出るとなると彼がいなくなって困る人が多かったはず。

ミヒャエラと違い、マリアンネには召喚する人物の縛りがないのだろうか?

「こっちの世界でも手ごたえのねえ相手ばっかで退屈してたところだ。せいぜい楽しもうぜ、昨日が本気だなんて言わねえよな?」

 マサシはまるで修学旅行前のリア充のように実に楽しげな雰囲気だ。これが国家の命運をかけた一大事だという気負いがまるでない。負けるなど微塵も思っていないのか、単にバトルマニアか。

 こうやって顔突き合わせているとマサシが召喚されても楽しいし、召喚前も楽しい人生だったのが伝わってくる。嫌と言うほど伝わってくる。

 魔法に目覚めてやっと楽しい、と言えるようになった僕と比べて随分と順調な人生だったのだろう。部活も学校も友達づきあいも充実して、休みの時は連絡を取り合うのに忙しく、体育祭や文化祭の日は大人気、そんな人生だったのだろう。

 僕とは正反対の人間だ。

 僕はこの状況、ちっとも嬉しくない。

 欲を言えば早くこの場を去りたい。

 大体いつも、僕の意志などそっちのけで物事は進んでいくものだ。

 アーブラハムが勝敗の条件と、その場合に両国が守る条約を述べる。それまで静まり返っていた観客たちにどよめきが走った。

 たがいに十歩の距離まで下がり、対峙。

 マサシは剣を抜き、僕は親指と中指をこすり合わせる。

 こうして向かい合うだけで逃げ出したくなる。嫌なこと、痛いことからは逃げたい。

でも戦わないと、ミヒャエラの身が危ない。

 あいつの腕の中にミヒャエラが抱かれている想像をしただけで、体中が燃えるような怒りがこみ上げてくる。

 その未来を回避するためには、僕が戦って勝つしかない。

「はじめ」

 アーブラハムの宣告と共に王国の運命をかけた戦いが、はじまった。

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