第32話 許せない

「……なぜ前もって告知しなかった。非常識が過ぎる」

「ちょっとした、サプライズですわ」

 闘技場に降り立ったマリアンネにリーゼロッテが問い詰めるが、彼女は気にしていない様子だ。

 ちなみに今は全員、闘技場から宮殿に戻っている。僕たちが初めて案内された巨木を丸々切り出してきたような机が鎮座する部屋だ。闘技場では観衆が大騒ぎになっていたのでとても会議にならず、場所を移すことにした。

「……それに、勇者は王国にしかいないはずなのに」

「そうですわね。でも魔法師のあなたならおわかりでしょう? 彼の魔力の質を見れば」

 リーゼロッテは悔しそうに俯く。

「先日、成功しましたの。召喚したのはもちろんわたくしですわ。これで、ミヒャエラがわたくしに勝るところは何一つなくなりましたわね? 王国が帝国に勝るところももはやありませんわ」

 マリアンネが優越感たっぷりに言い放つ。昨日まで感じていた余裕の正体は、これだったのか。

 勇者に対抗できるのは、勇者。たったそれだけのことだった。優位を覆されたリーゼロッテ、近衛隊長、エッカルトたちは意気消沈している。

 だけど。その中でたった一人、ミヒャエラだけは様子を変えていなかった。

 一歩も引かないという意思を表すかのように裾の長いドレスに包まれた足を一歩前に出す。

「勝るところがない。はたして、そうでしょうか?」

「な、なにを言っていますの?」

 体がわずかに跳ねることで、フリル付きの扇子をこれ見よがしに広げていたマリアンネの手がぶれる。

「私はトール様が一番の勇者だと信じています。そして私はトール様を召喚いたしました。ただそれだけのことです」

「何を根拠に…… 先ほどもあっさりと敗北したではありませんの」

 マリアンネの声から余裕が徐々に薄れていく。

「トール様はあれだけの魔法を使用した直後です。まともに立っていることすら難しい状況でした。そんな相手に、しかも不意を突いて勝負を仕掛けるなど」

「なんですの? 何がおっしゃりたくて?」

 マリアンネは憎々しげに睨みつけ、奥歯を噛みしめた。

「聡明な方ならば、言わずともご理解いただけるでしょう」

 ミヒャエラがこんな風に皮肉の利いた言い方をするのは珍しい。 

 よほどマリアンネのことが嫌いなのだろうか。

 それとも、僕が侮辱されたから怒ってくれたのだろうか。

 前者なら、まあいい。後者なら、すごく嬉しいと思う。

 マリアンネに一本返したミヒャエラに、ふたたび各国の重鎮から称賛の視線が浴びせられる。

 昨日と同じように、ミヒャエラが場の空気を味方につけていくのが感じられる。

 でもことはそう簡単には運ばないらしい。

扇子をぱちんと音を立てて閉じたマリアンネが爆弾発言をした。

「王国の蒼き焔の勇者と、帝国の神速の勇者。勇者対決と言うのは、いかがかしら?」

「勇者対決……」

 首の皮一枚を切られた僕を楽しそうに見下しながら、マリアンネが告げる。

「あなたのその魔法、素晴らしいですわ。あれほどの威力の魔法はそうそうお目にかかれませんの」

 皮肉と称賛を織り交ぜたような、妙な感じのする声。称賛がわずかに感じられるのは、少しは彼女も僕の魔法に圧倒されたからだと信じたい。

 演技でなければ、だけど。

「しかし我が国の勇者もそれに負けずとも劣らないと自負しております。勇者同士の交流を兼ねて試合をしてみたいのですわ。まさか勇者とも言う方が、逃げませんわよね?」

 マリアンネは挑発的に笑い、マサシは見せびらかすように長剣の柄に手をかけてカチカチ鳴らす。

「……試合と言ってもなにをする? 魔法比べでもするという気か?」

リーゼロッテが止めに入るが、マリアンネは聞きいれる様子はない。

「あら。そんなつまらない真似は致しませんわよ。試合といえば一つしかありませんわ。戦場ではよくあったことではなくて? 勇者同士が自軍を率いてぶつかり合う、これこそが戦の花」

「……それは昔の話。勇者まで持ちだして総力戦を行ない、人口の三割以上の死傷者が出た大戦を忘れたか」

 リーゼロッテは珍しく口調がきつい。それほど腹にすえかねているのか。

「といっても軍を率いると彼我の戦力差がありすぎますし、フェアではないですわね」

「まさか、勇者同士を一騎打ちさせるのですか?」

 ミヒャエラが驚愕に目を見開いた。

「それ以外に何がありますの? 白黒はっきりさせたほうが色々とやりやすいのではなくて?」

 マリアンネの隣に立つマサシが獰猛な目で僕を見据える。

 その言葉を聞いて、さっきのことが蘇る。

怖かった。だけど悔しいし、見返してやりたい。負けっぱなしは嫌だ。

でもはっきり言って、やりたくない。喧嘩は弱いし、体力も平均値だ。

剣を少しは習ったけど、自分に才能がないのははっきりわかる。

それに魔法を人に向けて放つのも抵抗がある。何の力も持っていなかった時はいつも脳内で嫌な奴を殴ったり魔法で吹き飛ばす想像ばかりしてたけど、いざ実際に力を手に入れると怖い。焔で燃えたら人はどんな風に苦しむのか、想像するだけでも怖い。

だがそんな僕のうつを吹き飛ばすかのような、能天気な声が響く。

 猫を抱えてクレイモア―を背中に装備したロリ巨乳の少女、カルラだった。

「勇者対決?面白そうだにゃ、やるにゃー」

「……今の話を聞いていなかったのか」

 リーゼロッテの刺すような視線もどこ吹く風で、カルラは続ける。

「細かいこと考えすぎにゃー。昔は昔、今は今にゃ。力を持った者同士のぶつかり合い、これほど楽しいことはないにゃ」

 背中のクレイモアーを抜いて切っ先を壁画の描かれた天井に突きつける。身の丈ほどもある剣を軽々と抜くなんて、一体どれだけの怪力なのか。

各国の他の重鎮たちも反対する気配はない。

というより反対するデメリットがないからだろう。

そうだ、アーブラハムは?

彼は温和なおじさんという感じだった。織田と朝倉の戦いのように、宗教上の重要人物が一時的にしろ戦争の仲介をした例も歴史では多いし、彼ならこの戦いを止めてくれるかもしれない。

 そう期待して僕は彼を見る。

 彼は柔和な微笑みをたたえたまま僕と目を合わせ、僕とマサシを交互に見比べると言った。

「よろしい。神の代理人として、この決闘を見届けましょう」

「え……」

僕の期待をあっさりと裏切ったおじさんはさらに続けた。

「今日この場に二人勇者が集ったのも神の思し召し。ならば、どちらがより強く神の祝福を受けているか委ねるのも一興。それに互いの国同士で小競り合いが続いているとは聞いております。それならばここで決着をつけるのも一興でしょう」

それはそうだろうけど…… 命かかってるんだよ?

自分が命をかけない立場の人間らしい言い草だね。

「ただし勇者に万一のことがあれば全面戦争ともなりかねませんゆえ、我が国から優秀な治癒魔法の使い手を多数試合場に配置。基本的なルールは通常の決闘と同様ですが、大怪我を負った際は試合を中止して治療ということでよろしいか」

ルール設定を聞いて少しは安心した。死ぬことはなさそうだ。やりたくないけど。

「それならば決闘を受けても」

 教皇の言葉を聞いてエッカルトはじめ、王国の文官の何人かが賛成の意を示した。

 この神聖国のトップである教皇の言葉と、王国の空気にあてられたのか周囲がやる雰囲気になってきている。

 僕の望まない方向にばかり物事が進んでゆく。

だから空気っていうのは嫌いだ。

「びびってんのか?」

 僕より身長が高いマサシが、見下すように、嘲るように視線を向ける。

 怖いのと相手にするのが嫌なので何も言い返さずにいると、マサシが精悍な顔を僕の耳元に近付けて、一言呟いた。

「……っ!」 

 その一言だけで、はらわたが煮えくりかえるような怒りを覚えた。

 そんなことをされてたまるか。

 絶対、絶対に。

「トール様?」

 ミヒャエラが僕の手を握って、声をかけてくれた。

 いつもならその声に安心すると思う。でも今は。

「い、痛いです」

返事をする代わりに、彼女の手を力いっぱい握りしめた。

「ごめん、でも大丈夫」

マサシを、いや糞野郎を睨みつけて僕は言の葉をぶつける。

「決闘、受けるよ」

場が湧く。闘技場が熱狂で包まれた。

「楽しみにしてるぜ」

 マサシは不敵な表情を浮かべる。

 さっき彼が僕に耳打ちした言葉は、こうだった。


『決闘を受けねえなら、お前の国のお姫様を俺の女にしてやるよ』

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