第24話 旧大国

ここフロイデンベルク王国は大陸の中でも小さい国の一つで、かつては大陸すべてが「旧大国」という一つの国家だったらしい。だけど年月を経るとヨーロッパのフランク王国みたいに子供に領地が分割されて別の国になった。それからはどの国でもお決まりのパターンで、内乱と統一を繰り返して現在の国境が出来上がったらしい。

 王国は北が海、南が神聖国、西が帝国に面しているが東は未開発の黒い森が広く覆い茂っている。帝国を挟んでさらに西に邦国という国があるそうだ。

 今回僕たちが向かっているのは神聖国の海沿いにある大都市のひとつ、ジェノヴァという街。

 そこへ行くために首都のフロイデンベルクからキールと言う港町まで馬車で移動した。

 馬車を降り、映画で見るような三角帆の帆船や小舟の様な漁船がいくつも係留されている港に降り立つ。移動中から感じていた潮風の匂いと岸壁にぶつかる波の音が一層強くなった。

「私、海と言うものを初めて見ました……」

 防寒着に身を包んだミヒャエラは視界いっぱいに広がる灰色の海に目を輝かせていた。晴れた日の海のように鮮やかな色ではないけれど、潮の香や波止場に打ち寄せる波の音といったものを聞くといやでもテンションが上がってくる。

 王女や魔法師、騎士と共に雪が舞う中で海を見るというのもなかなか中二病心をくすぐるものがあった。

「目的地のジェノヴァまでは船で十日ほどの旅になります。到着したら……」

 リッカルトの話も耳に入らないほどにミヒャエラは目を輝かせ、海をちらちらと見ている。

 そんなミヒャエラを見て、リーゼロッテが提案した。

「……出発まで時間がある。王女は少し観光するのは?」

「しかし……」

 観光、と聞いてミヒャエラは少し顔を曇らせた。

 ミヒャエラは船に積み荷を運び入れる水夫や、海図を確認する船長たちを見ている。

 ああ、あれは行きにくいよな。

「……トールも一緒」

 ミヒャエラの眉がピクリと動いた。

「……王女は見聞を広めるいい機会。トールも、王都以外見たことがないはず。トールが護衛にいればまず大丈夫だし」

「そうですか。トール様に町を案内するというのであれば、いたしかたありありませんね。これも大事な『お仕事』です」

 ミヒャエラの表情が再び明るくなり、リーゼロッテは黒フードの下から僕だけに見えるよう軽くウインクする。



 水夫や船長たちにも見送られながら、僕たちはキールの町に繰り出した。

 ミヒャエラはさっきまでの防寒着だけどいかにも貴族らしい服ではなく、平民が着るような地味な仕立ての荒い毛皮の服に着替えている。

 輝かんばかりのブロンドの髪も毛皮のフードの中に隠しているので後ろから見ても目立たない。実際、後姿だけなら似たような年恰好の女子を時々みかけた。

 これなら王女ということには気づかれないだろう。

 僕も城内で着るような仕立てのきっちりとした服ではなく、町で見る平民のような服に着替えた。汲み取り部屋で仕事をしていた時を思い出して嫌な気分になったけど、あの時に比べれば臭いも染みついてないし、なんとか我慢できる。

 一方、ミヒャエラは王都のフロイデンベルクとはまるで違う港町の様子に目を輝かせていた。

 王都ほど舗装がしっかりしていないため、石畳の道には海沿いらしく砂地の地面が所々顔をのぞかせており、靴裏に砂が付着する感触がある。

 王都の労働者と違い、赤銅色の皮膚をした船乗りと思われる男たちが町中を歩き、鱈に似た魚が箱に乗せられて馬車で引かれていくのが見える。

 土地が広く人口が少ないためか店と店の間隔は王都より広く、店先に新鮮な魚や干し魚を並べる店が軒を連ねている。

 地球と食べ物が似ているが、ここは異世界でも地球と別の惑星のような感じなのか、それとも時間軸を異にするパラレルワールドなのだろうか。

 ミヒャエラはそんな町の様子一つ一つを熱心に見つめていた。

 王女として躾けられたためか、修学旅行の学生みたいに派手に騒いだりはしないけれど視線を巡らせ、顔をあちらへ向けたりこちらへ傾げたりして、内心は物珍しさにはしゃいでいるのがわかる。

 いつもの凛としたミヒャエラも綺麗だけど、こう言うのも悪くない。そんな彼女を見ていると、嫌な気分が霧散していくのを感じる。

ふと、十歳過ぎくらいの子供が野菜や炭を入れた籠を担いで歩いているのとすれ違う。

ミヒャエラは王女としての癖か、いつもやっているように声をかけた。

「……?」

 子供は彼女が王女と知らないので、見知らぬ人に声をかけられて呆然としていた。

「えーと……」

 知り合いかと思い、記憶を巡らせているところだろうか。

 子供が何も返事しなくても、頭を下げなくても、ミヒャエラは柔和な笑顔で子供と同じ視線で目を合わせていた。

 そうするうちに子供から感じられた警戒心が和らぎ、安心した笑顔になる。

 そんな姿を見ていると、なぜかいいなあ、と思ってしまう。動物と仲良くなるドキュメンタリー番組に似ているからだろうか。

 とにかく、身をやつしても彼女は変わらない。

 可愛いし、品もあるし、優しい。

なぜこれで変態なのか……



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