第23話 ニート?

 城の廊下からガラス窓の外を見る。鉛色の空から降ってきた雪が、城の屋根や地面に降り積もってゆくのが見える。

 僕とすれ違う城の使用人たちは自然と足を止め、深く腰を折る。他の貴族たちに対する態度と変わりない。

 勇者お披露目の日から、十日ほどが経った。

勇者お披露目の時は溶けてしまった雪だけど、冬も深くなってきたので雪が再び積もり始め、低い山にも、城下も雪化粧している。

「神聖国へ行ってほしい?」

 廊下を歩き、呼びだされていた応接室の様な部屋に行くとミヒャエラにリーゼロッテと近衛隊長、剥げ頭の文官が僕を待っていた。どうやら彼は文官のトップである宰相で、日本で言うところの首相らしい。名前はエッカルト・フォン・ボーゲン。

神妙な顔をして彼は口を開いた。

「勇者お披露目が国内で終わったので、次は国外へ向け発信する必要があります」

 召喚されたときに言われたパワーバランスを保つ、というやつか。そのためには勇者としての僕の存在と力を公にする必要がある。

 国の重大事であるのはわかるけど、正直行きたくはない。

 やっと、安心して日々を過ごせるようになったのだ。

 もう周りから馬鹿にされることもないし、クラスで孤立することもない。

 ミヒャエラと話して、リーゼロッテから魔法を学んで、部屋にある蔵書を読みふけって……

 そこまで考えた時気がついた。

 これってある意味引きこもりかも? 城から全然出てないし、学校にも仕事にも行ってない。

 確かに引きこもりに憧れた時期もあったけど、将来に不安があるのは嫌だ。手に職つけるとか、それくらいはやっておくべきじゃないだろうか。

 こちらの世界で僕ができる仕事と言えば……

 汲み取りと、勇者としてのお勤めくらいか。

 汲み取りはもう嫌だし、勇者お披露目の日以降は勇者らしい仕事をまったくしていない。

 忙しすぎるのも嫌だけど、するべきことがないと不安になる。

 まだすっきりしない思いはあるけれど、少しくらいは勇者の仕事をこなしてもいいか。この年で無職は怖い。

 無職、ダメ、ゼッタイ。

「わかった。勇者としての仕事だしね、やるよ」

 僕の言葉にミヒャエラが花やいだ笑みを見せた。

輝かんばかりの艶の髪、白手袋をはめた手で上品に口元を隠す所作。目が合うだけで虜にされそうな、瞳が笑顔で細められる。

 相変わらず、ずるいくらいの可愛さだ。

 でも、可愛いだけじゃない。何か惹きつけられる力がある。

彼女のために、何かしてあげたくなる。

「そもそも神聖国ってどういうところ?」

 リーゼロッテからざっと地理や歴史については教わったけど、神聖国についてまだ詳しくは聞いていない。

「……エーデルハイム神聖国。それはかつて、大陸全土で統一されていた宗教の総本山があった所。その影響か、かつてのアルツハイム大国が分裂し、宗教もそれにともなって枝分かれした今でも信徒が多く教会の力が強い。魔法師は治癒系統の術者が多く存在する」

「それに、なんぜわざわざ神聖国まで行って勇者お披露目をするの? 勇者お披露目の日に他国から呼んで、いっぺんにやればよかったのに」

「最初に勇者召喚に成功したのが、神聖国の魔法師なのです。その歴史に鑑み、旧大国から勇者が誕生した時は国内で行うのとは別に神聖国に一同が会し、お披露目を行なうのが通例となっております」

 まずリーゼロッテが、次にエッカルトが話してくれた。

 待てよ?

「神聖国から勇者召喚できる人が出たのに、なんで王国のミヒャエラが使えるの?」

「旧大国の血を引く王族からランダムに生まれると言われています。原因は今でも明らかでありません」

 ミヒャエラが自嘲するような、複雑な表情で言った。

 そこで僕は前から感じていた疑問を口にする。 

「というより、僕一人でパワーバランスが変わるとは思えないんだけど」

 この国や他の国の兵力がどれくらいかはわからないけれど、確か中世フランスで総人口が一千万~二千万くらい。

その中から兵士を取るわけだけど、確か徴兵制でも戦争がない時期で人口の二~三パーセント、貧しい国なら〇・五パーセントくらいが兵になるらしいから大体数十万の兵力になる。数百万の兵なんて維持するだけでも大変だから除外していいだろう。

 志願兵ならもっと少ないだろうけど、それでも僕の魔法じゃそんなに相手にできないと思う。

「勇者どの、一つよろしいか」

 近衛隊長が挙手し、発言の許可を求めた。

「近衛隊長、どうぞ」

 議長のような立場でもあるミヒャエラが発言を促す。

「勇者は、存在するというだけで自国の兵や民を勇気づけ、相手の兵や民を恐れ慄かせるのです。普段の訓練にも熱が入るようになり、それが閲兵の時にも表れ、自然と抑止力につながります」

僕の魔法を誇示すれば、王国が優位に立てるわけか。抑止力があると思わせたほうが侵略を防ぎやすいのはこの異世界も同じ、ということだろう。

 僕が了承の意を伝えると、重鎮たちが動き出した。

「では準備が整い次第、出発しましょう」

「……そうする」

「馬車の手配は既に命じております」

「警護はおまかせください」


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