第22話 もうバカにされない

「……そうそう、勇者お披露目についての説明をする必要がある」

 僕と僕の魔法を国民に知らしめる、勇者お披露目か…… 見世物になるみたいだけど、僕を馬鹿にしたままの奴隷たちに僕の力を見せつける必要があるな。

 以前の中庭や城内での会話を思い出し、その時の奴らの顔が一変するのを思い浮かべるだけで笑いがこみあげてくる。

「……二十日後、城下を見下ろせる城のバルコニーで行なう。町の人間のみならず、国の人間も遠方からやってくる一大行事」

 二十日後か。学生の僕にとっては長いけれど、国の式典としてはかなり短い準備期間じゃないだろうか?

「……勇者召喚したことについて情報が漏れていて、いまだにお披露目をしていないことに不信が募っているらしい。それもあって急いで行う」

 僕が感じた疑問が顔に出ていたのだろうか、リーゼロッテが説明してくれた。

「何をすればいいの?」

「……文官たちがスピーチの原稿を用意するから、それを覚えて。後は魔法を見せればいい。トールは見た目が派手だし、みんな喜びそう」

 見た目が派手、か。

 でも距離があるし、メタンの火の色はあまり明るくない。

 夜とか、昼でも日が出てなければいいけれど太陽が燦々と降り注いでいたら目立たないんじゃないだろうか。

 集まった群衆に白けられるのは嫌だな。

 もう少し明るくとか、派手にできたらいいんだけど……

 一つ閃いたものがあったのでリーゼロッテに準備してほしいものがあると話した。

「……それくらいなら準備できると思うけど、何に使うの?」

 それを聞いたリーゼロッテの反応は困惑半分、期待半分といったところだ。

 当日までのお楽しみといきたかったけど、早めに種明かしをすることにした。

 ちょうど部屋にある材料で実演できたので、彼女に見せたところ結果は上々だった。

「……驚愕。まさかこんな……」

「成功するかな?」

「……問題ない。私も、お披露目の日が楽しみになってきた」



 あっという間に二十日が経ち、勇者お披露目の日がやってきた。

 あれ以降雪が降らなかったので二十日の間に雪は大分溶け、道の脇や建物の陰に少し残っているだけだ。今日は幸い晴れで、雲ひとつない抜けるような青空が山々の稜線にまで広がっている。

一方で山の方は葉を落とした木々の枝の色と残った雪の白地が混じって見える。

「緊張してきた……」

城の一角、城下を見下ろすように作られた、丘から突き出た場所に造られたバルコニー。

 僕はそこに正装したミヒャエラやリーゼロッテ、近衛隊長、文官武官たちと立っていた。

 ミヒャエラはいつもの肩や胸を露出させない清楚なイメージのドレスだけど、リーゼロッテはローブの上から教会の神父が着るのに似た長いストールの様なものをかけている。ローブの色もいつもの黒じゃなくて、白だ。

「トール様、大丈夫ですよ」

 ミヒャエラが僕を見て、口元に手を当てて笑みを浮かべる。

 何気ない仕草一つが洗練されていて可愛い。

「……細かい段取りは打ち合わせ通り。トールはいつものように魔法を使えばいい。前言っていた仕込みもあるし、問題ない」

 リーゼロッテは杖を片手に持ち、人前で使うしわがれた声で話す。

 彼女たちはいつも通りで、それほど緊張していない感じだ。

 ちなみに近衛隊長は勲章がじゃらじゃらとついたいつもより華美な軍服で、文官たちも似たような感じだ。

「落ちつかないのは、人前だからっていうだけじゃないんだけどね……」

 確かにこれだけの人の前に立つのは初めてだ。

 見渡す限り人、人、人。

 建物三に人が七、地面が零と言う感じなのだ。

 甲子園の決勝とか、コミケ会場並の混雑並みか。でもそれと違うのは、視線が全て僕の方を向いているということ。プレッシャーを呼び起こす魔法でもかけられてるんじゃないかって感じだ。

 そして彼らから視線を反らすために横に目を向ける。

 ミヒャエラと、リーゼロッテがすぐ隣にいる。

 二人とも普通に生きていたらまずお目にかかれないくらいの美少女だ。

 そこまでならいい。でも、

「何か?」

 一国の王女が無垢な少女のような目で、僕を見上げてくる。

 ミヒャエラは清楚なイメージのドレスとは言え、ドレスは体に密着しているデザインだ。当然彼女の体のラインがはっきりわかってしまう。謁見の間や向かい合わせに座っている時とは違う。なぜデートの時に向かい合わせじゃなく隣に座れとリア充がのたまうのかはっきりとわかる。

 見えそうだ。そして、甘い香りが漂う。

「そろそろ、時間ですね」

 ミヒャエラが護衛の騎士と共に一歩踏み出し、バルコニーの先端に立つ。

 それだけで聴衆から歓声がわき上がり、城内でも感じた彼女の人気が城の外でも同様で、絶大なものであることがわかる。

 彼女は豊かな胸を張り、大きく息を吸い込み、吐きだす。

 それから聴衆を一度見渡してからゆっくりと口を開いた。

「―――皆さん」

ミヒャエラの演説は雪が降ったこと、冬の苦労など時候の挨拶から始まって、民への感謝の言葉へとつながっていく。

 朗々と、この聴衆の中でもよく通る声で話す彼女は威厳と美しさに満ちていて、彼女が王族として生まれ育てられたことを意識させる。

 そこに一抹の嫉妬を感じないでもなかったけど、隣のリーゼロッテが察したように軽く声をかけた。

「……余計なことは思わなくていい。トールは勇者。それはもう誰も否定しようがない事実」

 彼女の言葉にだいぶ気が楽になった。やはり頭がいい。

「では新たなる勇者、トール様のお言葉を頂きます」

ミヒャエラの演説が終わり、場に沈黙が満ちる。

道を作るように整列した近衛兵たちの間を通り、僕もミヒャエラと同じようにバルコニーの先端に立つ。

白い柵で囲まれたバルコニーの先に立つと緊張はさらに膨れ上がった。下も横も、見下ろす限りすべてが人で、全ての視線が僕に向いている。

さっきまでと違って、完全に僕に集中している。

足元がおぼつかない。空中に立っているような感じで、自分が今どうしているのかがおぼろげになってくる。

スピーチの内容は?

 今は辛うじて覚えているけど、この状態のまま始めたら途中で忘れてしまうんじゃないだろうか。そんな不安が一度生まれると止めようもなく広がっていく。

 聴衆の様子は…… 今はまだ大丈夫だ。

 ふと、掌に暖かくて、柔らかい感触が走る。

 隣に立つミヒャエラが、僕の手を握っていた。

「―――大丈夫ですよ」

 何の根拠もないのに、そう言われただけで自然と不安がおさまっていく。

「私も、初めて聴衆の前で演説した時は似たようなものでしたから」

 王族でさえ、そうなのか。

 ミヒャエラは軽く舌を出し、王女ではなく普通の女の子のように笑った。

「それに」

 彼女は深く息を吸い、僕の目を真っ直ぐ見つめた。

「私は、トール様を信じています」

 耳朶を通って、胸の奥に染みわたるような声。

 それだけで僕は、憑きものが落ちたみたいに気が楽になった。

「ありがとう。もう大丈夫」

 ミヒャエラから正面の聴衆に視線を移した。

 もう、怖くない。

城外の人は僕が肥溜め勇者と知らない。道行く人とすれ違ったことはあったけど、お披露目用に城の仕立て職人に数日がかりで作ってもらった礼服を着こんで、髪も整えている。遠目にはわからないだろう。

僕も文官たちに用意してもらったスピーチを行なう。

勇者としての心構えとか、国に対する感謝とか、当たり障りのないことだ。

所々つっかえたりするけど、それで問題ないらしい。

リーゼロッテいわく、『……勇者はあくまで魔法が本番。細かな演説のミスくらい、吹き飛ばしてくれる』からだそうだ。

 やがてスピーチも終わり、魔法を見せる時間になった。

 騎士たちが用意してあった木樽を転がして、僕の前に持ってくる。剣を使って、樽の側面を切り裂くようにして開けた。

 後ろで控えていたリーゼロッテが杖を振り、中に入っていた物を空中に撒く。

 ただ撒いたのでは下に落っこちてしまうので、あらかじめリーゼロッテ頼んで空中に拡散してもらうようにしてもらった。

 僕が立つバルコニーより高い場所に数種類の粉が拡散しないように一定の濃度を保ちながら浮かんでいる。 

 僕は目立つように指を伸ばして右手を掲げた。その仕草を見て、聴衆のざわめきが強くなった後静まりかえり、ピン一つ落としてもこの場に響き渡るような沈黙が訪れる。

 頃合いか。

 僕はだるくなってきた右腕を動かし、中指を親指の腹に叩きつけて指を鳴らす。

 同時に、赤、緑、色とりどりの焔が空中に燃え広がった。ゴウッ、という突風にも似た音が焔から起きる。

 抜けるような青空を一瞬だけ彩った、華のような焔。

 それを二度、三度と続けていく。

 その度に大歓声が起きた。

 リーゼロッテに魔法を使用する時は合図を決めた方がいい、と言われたので僕の決めた合図は「指を鳴らす」だ。寝ぼけて行なってしまう動作じゃないし、これなら道具を必要としないから某ラノベのように杖を奪われて魔法が使えない、なんていう心配がない。

なによりそんなに恥ずかしくない。他の魔法師みたいに、あんな中二病的詠唱を人前でやるなんて拷問以外の何だというのだろうか。

今回は、僕の魔法に「炎色反応」を組み合わせてみた。

火は金属と反応することで様々な色になる。科学の実験で金属片にバーナーの火を近付けると手品のように炎が色を変えたことが印象に残っていたので、今回はそれを大規模にしてみた。

 今回は金属片でなく金属の粉を使ったのでそれに引火する形になり、より一層大きな焔になった。

その結果、遊園地のパレードの様に色とりどりの焔が空を彩ったというわけだ。

 パレードなど見たことのない人にとっては奇跡に見えただろう。

「バンザイ、バンザイ!」

「勇者トール様、バンザイ!」

 僕が軽く手を振ると、それに民衆が答えるかのように歓声が一層大きくなる。人波にうずもれていた小さな子が何人も、親らしき人に肩車してもらっているのが見えた。

 僕と目が合うだけで大はしゃぎしている子もいる。

 以前なら、こういうのを不快な感情でしか見られなかったけど、今は。

 必死に努力したことが、やっと報われた今なら。

……こういうのも悪くないな。

 自然とそう思えた。

そして、民衆に混ざっていた奴隷たちとも目が合った。

震える者、その場から逃げ出そうとする者、色々いたけど最後は謁見の間での貴族たちと同じように万歳していた。

ついこの間まで僕が彼らにビビっていたけど、今度は彼らが僕にビビっていた。僕を邪険に扱っていた奴らが震えていた。

この日から、僕を馬鹿にする人間は周りからいなくなった。

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