第19話 楽しみ
翌日、まだ薄暗いうちに目が覚めた。
でも、何か様子がおかしい。窓の外から見える空が薄墨色で、日がまだ出ていないのに結構明るい。
鎧戸ではなくカーテンで遮光された硝子の戸から外を見ると、雪が積もっていた。
城の屋根や眼下の町が白く染まり、遠くに見える山は常緑樹の緑と雪の白が混じっていた。
昨日までと打って変わり外は一面の銀世界で、雪が少ない地域に住んでいた僕にはある意味これだけでもファンタジーだ。
ゆったりとした寝巻きを脱いで外出着に着替え、外に出る。冷たいけれど湿り気を帯びた風が僕の肌を撫でた。
元々雪が深い地域なのか、一晩で脛が埋もれるほどに積もっていた。部屋にいくつも用意してあった靴も、膝下までの長さがある毛皮で覆われた雪用の靴があった。
積もった雪の上を歩く感触と、処女雪に足跡を付けるのが面白く城の中を適当に歩いていると、すでに起き出してきた奴隷たちがシャベルを持って雪かきに励んでいるのが見えた。
雪かきは人手がいる仕事なのか、昨日まで僕がいた汲み取り部屋の奴隷でさえ今日はシャベルを持って雪かきに励んでいる。城のあちこちで雪が端にかき分けられ、人が通れる道ができていた。
昨日までならば僕もあそこにいたのだろうが、勇者となった僕に雪かきなど依頼するはずもなく、代わりに僕のことを怒りとか妬みが混じった視線で見ていた。
何か言いたげだけど、言えない。そんな感じだ。
僕が勇者だと一晩で伝わったらしい。
でもこういう視線で見られるのは心地よくない。脅してやってもいいけどそれをしてもすっきりしないのは体験済みだ。
とりあえず立ち去ろうとすると、起きがけなのかいつもの白を基調としたドレスではなく、ゆったりとした服の上からストールの様な物を羽織ったミヒャエラが城の中から出てきた。まだ暗いせいか、今日は護衛の近衛騎士を連れている。
「姫様!」
僕のことなど忘れたかのように奴隷たちはミヒャエラの元へ群がっていく。
その隙に僕はその場を離れた。
ミヒャエラがいてくれて助かった。嫌な空気を残したままで立ち去るのも後味が悪かっただろう。
城の中へ入ろうとすると、ミヒャエラとすれ違った。
軽く彼女が目配せして、僕に軽く笑顔を向ける。
たったそれだけの仕草で顔が熱くなった。
他の奴隷に対するものと違って、間近で、しかも自分だけに向けられたからだろうか。
僕に対して敵意のようなものを向けるのは、汲み取り部屋の奴隷たちだけじゃなかった。
城の中を歩いていると、多くの人間とすれ違う。
僕とすれ違おうとしたメイドは足を止め、道を開ける。そのまま僕が通り過ぎるまで一礼するけれどそれが敬意によるものでないことは明らかだ。
「あれが、肥溜め勇者……」
「しっ。その言い方がばれたら殺されるわよ」
背の高いメイドとやや低い二人のメイドが頭を下げながらこそこそとしゃべっているのが聞こえてくる。
「噂だともう何人か焼き殺したとか……」
僕が魔法を使えるようになったことが、かなり尾ひれがついて伝わっているらしい。
もしくは、
「け、あの貧相な奴が勇者なわけあるかよ」
「そうそう、つい昨日まで俺たち見て怯えた顔してたんだぜ」
「なんであんな奴に頭下げんといかんのか」
そう言う声もちらほら聞こえてくる。特に男の奴隷から多い。
まあいい。実際に僕の魔法を見せてやれば貴族たちみたいに態度を改めるだろう。
さっき外で会った奴隷にも魔法を見せておくべきかと思ったけど、大勢が集まった所で一度に見せた方がインパクトがあるだろう。
僕と僕の魔法を国民に周知する、勇者お披露目の時が楽しみになってきた。
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