第16話 見つけた

「本日からここが、勇者様のお部屋になります」

夕方、僕はメイドさんに新しい部屋に案内された。メイドさんの服装は黒いロングスカートに清潔感のある白いエプロン、頭には白いキャップと言うクラシカルなメイドスタイルだ。

見晴らしが良い高い部屋で廊下の窓からは城下が一望できる。窓も昨日までの木製の板を建物の隙間にはめ込んで斜め上に開けるだけのものではなく、この世界では貴重なガラスが二重になって窓枠にはめ込まれていた。

メイドさんが部屋の扉を開けると昨日までの数倍はあろうかという空間の広さ、真っ白なシーツがかけられたやわらかそうなベッド、

部屋の中央には映画で見るような暖炉が備えられており木がパチパチと音を立てて燃え、煙は煙突から上へ向かって吐きだされていた。部屋の中央にある重厚な色合いのテーブルには水差しとコップが置かれ、本棚には本も並べられている。この世界では活版印刷が普及していないようだし、貴重なのだろう。

一冊手にとって読んでみる。こちらの世界に来て、日本語や英語と文字は違うのになぜか読むことはできた。内容はどうやら小説のような、歴史書のような本らしい。

この世界には小説がないと思っていたけどこれならば退屈しないで済みそうだ。

「私が今後勇者様のお付きのメイドとなります。名をレオノ―ラと申します」

レオノ―ラはインテリ眼鏡が印象的な、ちょっときつめな雰囲気の美人さんだ。

挨拶を終えてから腰を深く折り頭を下げた。それなのに背中が丸まらない、絵に描いたような礼だった。

「レオノ―ラはわざわざ僕のお付きになる前は誰に仕えていたの?」

 これだけ所作が洗練されているくらいだ。余程のベテランで、きっと長い間大貴族に仕えていたのだろう。

「私は王女殿下に仕えておりました。今も仕えております」

 レオノ―ラの眉がわずかに動き、口元が歪んだ。

「ミヒャエラと僕に…… 大変だね」

「王女殿下をそのような呼び方で…… (このクソが)まあ、勇者様なら致しかたありませんが」

 小声だけど今怖いセリフ聞こえた! 怖いセリフ聞こえた!

「それに王女殿下は最近、少々ご乱心気味で……」

 何があったか、と聞くのはためらわれた。間違いなく僕が原因だろう。謁見の間では普通に見えたけど、内心の動揺を臣下の前では出さなかっただけか。

 レオノ―ラからは心底ミヒャエラを心配している気持ちが伝わってくる。

「ああ、おいたわしい。王女殿下がおしめを履かれていた時からお仕えしておりましたのに、あのつぶらな瞳で私を見つめ、ハイハイで子犬のように私の後を追いかけ、」

 ミヒャエラの小さなころか。普通の子でも小さな時は可愛いと思えるくらいだ、彼女ならきっと可愛いなんて表現じゃ言いつくせないほど可愛いかっただろう。

「ぎこちない手つきで豚のように食事を召し上がり、蟻のように甘い菓子に目がない、私の王女殿下が」

 おい、ちょっと待って。

「あの王女殿下が、王女殿下が!」

 レオノ―ラはそれからも次々とミヒャエラの魅力を語っていくが、目が恍惚としていて表現が少しおかしい。

こいつ、ヤバいな。そう感じていた僕と目が合うとレオノ―ラは姿勢を正した。

「は、申し訳ありません」

 レオノ―ラが両手を体の前で組んで軽く頭を下げると、イっちゃった雰囲気は霧散して元の厳格な感じに戻っていた。

 隙のないたたずまいからは先ほどの狂気は跡形もない。

「間もなく食事の準備を整えますので、勇者様はお部屋でくつろいでお待ちください」

 ドアの前で深々と頭を下げてから、音もなくドアを閉めた。



「疲れた……」

 僕はくたびれて、部屋に置かれたベッドに横になった。

 横になると、昨日までのベッドとの違いがよくわかる。木組の上に何の毛はわからないがマットが敷いてあって柔らかくて暖かい。顔をうずめても柔らかな香りで、今までの麦藁のベッドみたいに発酵臭がしない。

暖炉の備え付けられた暖かい部屋でガラス越しに外の景色を眺めていると雪が降りだしてきた。僕が住んでいた地域では雪がめったに降らなかったから、雪を見るとテンションが上がってくる。

鉛色の空から落ちてくる白い綿の様な雪。下から見上げると灰色なのに、積もる時は綺麗な純白。

雪が積もると寒いはずなのに、不思議と寒さを感じなくなってわくわくする。

 暖かな部屋で柔らかいベッドに横になりながら、雪が降ってくるのを窓越しに眺める。最高の贅沢だ。

 雪を眺めて落ちついていると、ふとミヒャエラのことが気にかかった。

 以前は本当にひどいことを言ってしまった。罪悪感につけ込むような形でスカートをめくって下着を見せろ、なんて。

 あの時は怒りばかりが先行していたけれど、こうして暮らし向きも待遇も変わると、他人を気遣う余裕が出てきた。

 ミヒャエラは今まで、どんな思いでいたのだろうか。

 さっきの謁見の間でも怒ったり悲しんだりした様子を見せなかったが、仮面を顔に張り付けていただけではないだろうか。王女ならば内心を人に見せないことくらいできるはず。

 レオノ―ラはミヒャエラが乱心気味だといっていたし、親しい人間にだけ心が参っているところを見せているのかもしれない。

 恥ずかしくて、悔しくて部屋で一人泣いていたりしないだろうか。

 あの時のことを、一度も謝ってすらいない。

 そう思うといてもたってもいられなくなり、ミヒャエラに会いに行こうと思った。

「でも、どうやって会いに行けばいいんだ」

 王女と会うなんて、家族や友人と会うのとはわけが違うのだ。王族というのは何日にもわたって面会の予定を組んでいるとネット小説で読んだことがある。向こうの都合だってあるし、下手をすれば何日も待たなければならないことだってあるだろう。

 それに会う約束が取り付けられたとしても、彼女が拒否したらどうする?

 ネガティブな考えがぐるぐると頭を巡る。こんな時相談できる家族とか友人がいれば良かったのだろうが、そんな存在は元いた世界でもこの世界でも一人もいなかった。

 でもきっかけというやつは、不意に湧いて出てくるらしい。

 窓の外に偶然、ミヒャエラを見つけた。

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