第13話 恐るべき相手

「何事だ!」

突如起きた轟音に、騎士や衛兵が駆け付けた。

今の轟音は明らかに正常な事態ではない。城に敵国の間者か、魔物が潜入していたとでも言うのだろうか。

 それにしては今の音は何なのか? 雷でもないのに大地が鳴動し、遠方の山に響くほどの音だった。

 音がしたと思われる場所にたどり着いた時、彼らは言葉を失った。

石造りの汲み取り部屋が全壊して瓦礫と化している。

建物を壊す場合、槌で壁を砕いたり、柱を切り倒すのが手順だがそのためには道具も人手もいる。それを行なっていたと思しき大勢の人間は見当たらない。

それ以前にここまで粉々にする理由も方法もわからない。

汲み取り部屋を解体するという知らせも聞かされていない。

夜が明けた時は汲み取り部屋は確かに昨日までと同じ姿でそこにあった。このような真似が短時間でできようはずもない。

惨状を目の当たりにした直後は呆けていた者たちだが、すぐに自分たちがやるべきことを思い出して状況把握に努める。

「なにが起こった!」

「けが人はいないか!」

 近衛隊長の号令で騎士や衛兵が慌ただしく駆けだしていく。

「不審な人間がいたらひっとらえておけ!」

 城内の騎士を統括する近衛隊長が迅速に号令を出していく。徴兵された兵と違い常に城に詰めて訓練を行なっている騎士たちは動きも思考も迅速だ。

 指示通りに駆けだしていく部下たちを見ながら、近衛隊長は汲み取り部屋の上を見上げる。汲み取り部屋は便を落とす穴で上級貴族が住む上方のエリアにもつながっている。

 あれだけの惨事ならば城内にも何らかの影響が出ているだろう。

 そう思い上級貴族とも謁見できる中隊長に指示し、城内の様子を確かめさせようとするがその必要はないことに気がついた。

「何事ですか?」

「朝からこのような騒ぎ…… 訓練にしては」

 寝ぼけた顔で顔に疑問符を浮かべている者、朝のお楽しみのところを叩き起こされたのか怒りをあらわにしている者と様々だが、瓦礫と化した汲み取り部屋を見て皆言葉を失った。

 通常このような時には召使をやって自分たちは出てこないのが普通だが、あの轟音に驚いたのか何人かは自らの足で出てきたらしい。

 近衛隊長は敬礼をしつつ、城の上の方で異常はないかを聞いて回ったがどうやら怪我人などはいないようで胸をなでおろす。

 しかし、誰がやったのか? どうやったかはわからないがこれだけのことをやる以上、相当な人数と相応の準備を要したはず。

 それに、目的は何だ? 暗殺が目的ならもっと城の上で起こすはず。

 汲み取り部屋には奴隷と肥溜め勇者くらいしかいない。まさか彼の力を恐れて暗殺にきた他国の間者だとでもいうのだろうか。

 近衛隊長が考え込んでいると、小柄な体の魔法師長がやってきた。

彼ならば何が起こったのかわかるかもしれない。常にフードで顔を隠していて胡散臭いが、魔法の腕前は確かだ。

彼も汲み取り部屋の惨状を見て言葉を失ったが、目をつぶり意識を集中しはじめた。

「……恐ろしいほどの魔法の力を感じた。今も遠く離れていない、この近くにいるはず」

 それを聞いて近衛隊長は素早く指示を出した。

「捜索をこの付近に限定しろ、怪しいやつがいれば魔法師長の元に連行して来い!」

良く通る声を響かせる近衛隊長の姿は勇敢で、恐れなど知らない勇猛な人間に見える。

しかし彼は内心冷や汗をかいていた。

魔法師長が恐ろしいというほどの相手は、どれだけの者なのか。近衛隊長も視線は幾度となくくぐってきたし、魔法師と手合わせしたこともある。

だが魔法師長ほどの魔法の使い手は見たことがない。彼が恐れをあらわにするのも見たことが無い。そして彼が恐れている存在は、すぐ近くにいるのだ。

「しかし臭いな……」

 汲み取り部屋から悪臭が漏れているので周囲一帯がとにかく臭う。上級の貴族どもは自分の給金の一カ月分はありそうな香水の瓶を取り出し、惜しげもなく体に振りかけていた。

汲み取り部屋の瓦礫が大きく動くのが見え、男の声がするのが聞こえた。

 近衛隊長は咄嗟に上級貴族をかばうように声と彼らの間に自分の体を割り込ませ、剣を抜く。彼らの性格がどうあれ彼らを守るのが近衛騎士の仕事だ。

 瓦礫の下に何者かがいると思われるので剣を下段に構え、じりじりとすり足でにじり寄っていく。

やがて瓦礫の中から一人の少年が姿を現した。

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