第10話 わずかな魔法
その日、仕事が終わってからふたたび魔法の練習に戻る。
最後に黒フードに言われた魔法のコツを思い出しながら、練習する。
『……他の魔法の三要素のイメージや感情を明確かつ強力にするには、自分が印象に残ったもの、風景、トラウマを含む思い出…… そういったものを使うといいと言われている』
黒フードに言われた通り、頭の中で化学式やwikiの映像をめまぐるしく駆け巡らせ、イメージする。
確か、あの化学式は……
いつも糞尿を処理しているおかげか、化学式以上のイメージというか、染み込んだ感触がはっきりと脳裏に焼き付いている。
今までよりもずっと強い感触が掌に走った。
いける!
僕は今度こそそう確信し、訓練を続けた。
二時間くらい経過すると疲労から僕はベッドに転がって、石造りの天井を見上げていた。
冬が近く、石造りの壁からはしんしんと冷気が入り込んでくる。
暖房のろくにないこの部屋は寒くて仕方がない。カイロでもなんでもいいから欲しい。
結局、上手くいかなかった。今までよりはずっとしっくりくる感じが合ったけれど、魔法の発動にまでは至らなかったのだ。
魔法を使うにはイメージがまだ足りないのか?
「アレ」はどういう形だったか。
科学の勉強のついでにググった、分子式の構造を思い出してみる。「アレ」は最も単純な有機物。二種類の分子からできているだけの存在。
ペンもシャーペンもないので、日本と違い土足で歩くため床に混じった砂にその形を書いてみる。
実に不格好な構造式ができあがっただけだ。
駄目だというのが自分でもわかる。こんなのじゃイメージが曖昧すぎる。
もっと正確に。原子間の距離は? 結合角度は?
ググった知識を元に、正確に描く。分度器もないから何度も書き直しになる。あったとしてもそこまで正確な図は書けないだろうけど。
試行錯誤すること数百回か、数千回か。気がつくと板を斜めに立てかけただけの窓から茜色の光が漏れて、明け方であることを伝えてきた。手はだるくなり、冷たい床に図を書き続けたので指先の感触がもうないけれどやっと満足のいく図が描き上がった。
その図を見ながらもう一度、やり直してみる。
掌に意識を集中させ、図に書いた存在が集まってくるイメージ。そしていつもの汲み取り部屋と肥溜めをイメージする。目の前の図は、確か糞が発酵するとできるはず。
できる。きっとできるはず。
これだけ練習して、教えを乞い、イメージしたんだ。あの黒フードも魔力を集める早さは問題ないと言っていた。
掌に今までとは桁違いの感触が生まれる。正座した後に感じるような足の痺れを、掌全体に感じる。
部屋に差しこんでくる光とは別の光が、ほんのわずかに生まれて―――
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