第8話 わからない

そこまで考えが及んだ時、天啓の様な閃きがほとばしった。同時に掌にさっきより強い感覚が生まれる。

 僕は大急ぎで荷車を走らせて城へと戻った。

 今日は糞尿を城外へ運ぶ日なので、それがすめば今日の仕事はおしまいだ。他の糞尿小屋で働く奴隷たちは、いつもより早く帰ってきた僕を見て少しだけ怪訝な顔をしていたがすぐに興味を失ったように仕事へ戻っていった。

 身体の汚れと臭いを落としてから自室へ走って戻る。

 僕の部屋は奴隷とはいえ、一応は勇者として召喚されたためか個室だけは与えられていた。他の奴隷は共同部屋なことからすればその点は恵まれている。

 とはいっても日本の一般的な部屋からすればいかにも殺風景な部屋だ。部屋を飾るものなど何もなく、家電用品もない。家具も藁にシーツをかけただけのベッドと最低限の持ち物を入れる行李が一つだけ。机や椅子さえなくベッドが椅子代わりだ。

 僕はベッドに座りこみ、両掌に意識を集中させる。

 やっぱり何も起きない。

黒フードがやったときのように、それっぽい言葉を適当に詠唱してみるか。

「精霊よ、我が呼び掛けに応えたまえ……」

 何も起きないけど、主語を変えたり言い方を変えたり、英語とか聞きかじりのドイツ語を混ぜたりしてみた。

「right、eins…… やっぱり駄目か……」

 疲労を覚えて僕は臭いベッドに寝転がった。

 肉体的な疲労より精神的な疲労がひどい。イタい中二病的なセリフまで熱心に唱えてしまったので無性に恥ずかしい。

 でも諦めたくなかった。こんな僕でも認めてくれる人がいる。

 それに、馬鹿にされたままで終わりたくない。

あのローブの人間が言っていた。僕には弱いけど魔力があると。なら、魔法を使えるはず。

魔法とは何かははっきりわからないけど、使おうと試みた時に今まで感じたことのない感覚があった。あれが魔法を発動する時の感覚だとしたら?

 僕は夜が更けるまで、蝋燭の明かりを頼りに練習を続ける。

 それから数時間後、僕は再びベッドに転がっていた。

 今度は肉体的にも精神的にも疲労した。

 数時間あれこれ工夫してがんばったけど、上手くいかなかった。今までの僕の人生と同じだ。人一倍努力しているはずなのに人並みの成果すら出せない。

 百姓にもらったリンゴの味を思い出す。あの時は甘酸っぱくておいしいと感じたけど、今思い出すと酸っぱさしか思い出せない。

 どうすれば、いいのか。何が足りないのか、わからない。

考えているうちに瞼が重くなり、夢の世界へと入っていった。


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