第6話 召喚された時、そのみじめさ

教科書に出てくる外国の宮殿かネトゲの中に入り込んでしまったような違和感。

白を基調とした天井や壁には聖人や天使のような彫刻や像が並び、祭壇の奥には二階建の家くらいはありそうな巨大なパイプオルガンがそびえたっている。ドイツが好きなのでネットの画像でよく検索するけど、ベルリンの大聖堂に似ていた。

 羽飾りや宝石をあしらった豪奢な衣服に身を包んだ男性、鉄板と鎖帷子で全身を覆う鎧を着こんだ大柄な人間、肩と上乳をむき出しにして床まで届くスカートを組み合わせたドレスをまとった貴婦人が床に座り込んだ僕を囲むように立っている。

 一人だけ僕と同じくらいの年の子がいた。それもびっくりするような美少女が息を切らせ、別の女性に肩を貸してもらってやっと立っていた。目は澄んだ海のようなコバルトブルー、雪のように白い肌。疲労のためか首から上はほんのりと朱色に染まり、輝くような艶のブロンドの髪が額に張り付いている。

均整のとれた身体を他の女性たちとは違う白を基調とした、肩も胸も隠れたデザインのドレスに包んでいた。

 僕と目が合うと彼女は目を潤ませ、朱のさしていた白い肌が真っ赤に染まるほどに頬を染めた。

「ああ…… お待ちしておりました」

 お待ちしておりましたって、何を?

 待つのはアマ○ンの郵送くらいにしてほしい。

 しかし居並ぶ法衣を着た聖職者らしき人も、紺を基調にして金色の紐の装飾が目立つ服を着た文官らしき人も、何人かいる黒ローブに身を包んだ人も、期待に満ちた目で僕を見ていた。その中で一人だけ背が小さい人がいるのがやけに目立つ。

 その子がしわがれたような声で呟いた。身長からはわからなかったけれど大分年を取っているらしい。それにしては腰も曲がっていないし足取りもしっかりしている。

 正確な年齢はその人間だけ頭からフードをかぶって顔を隠しているのでわからなかった。

「これが、勇者……」

 僕が勇者? 冴えないガキの間違いだろう?

 言いたいことは色々あるし、僕が何故こんなところにいるのか、どうやって帰ればいいのか、しばらく帰れないとしたらどこに住めばいいのか。色々と聞きたいことはあったけど、とりあえずは彼から事情を話してもらった。

 まず、この「フロイデンベルク王国」は隣国「エルツライヒ帝国」に脅かされているらしい。帝国の領地・兵力はこちらの数倍はあり、まともにぶつかっても勝ち目はないという。

 さらに外交面でも巧みで、他国から侵略を仕掛けたといわれるのを警戒しているのか、それだけの差があるのにもかかわらず正面切って仕掛けてこない。

陸路からはたびたび演習を装った軍が国境を侵犯し、領地を隔てる川からは密航や密貿易を繰り返しているという。そのたびに警戒のため兵を動かさねばならないため軍は疲弊し、財政も苦しくなっているという。

 こちらが何度抗議しても彼らは「通常の軍事演習にすぎない。むしろわが軍の進軍を邪魔するために砦や兵を配置した貴国に責任がある」「密航など言いがかりだ」など自分たちの正当性を主張するばかり。

 繰り返されるプロパガンダのためか、帝国の力を恐れて早めに彼らに付こうとしたのか、最近はフロイデンベルク王国内にまで彼らの主張を受け入れる者たちが現れ始めたらしい。

 このままでは国境侵犯を装った大軍の侵攻が、王国内部のスパイたちの手引きによって遠からず開始される。

 軍備を増強しようにも財政面から厳しい。

 そこでパワーバランスを保ち、戦争を未然に回避する・または戦端が開かれても負けないために勇者を召喚したらしい。

 これまでも何回か勇者を召喚してきたという。まるで「困った時の勇者頼み」という感じだ。

ただ召喚する際の決まりごととして、できるだけ世界を超えてきてもいい人間を選ぶらしい。国家で重責を担う人間、一般的な社会人も除外される。その人が突然いなくなれば組織が困るから。

よって召喚される人間はごく平凡で、他人と縁の薄い学生が多いそうだ。他の召喚のルールは知らないけれど、この手の異世界転生もので学生の少年少女が多いのはそう言う理由もあるのかもしれない。

「それにしたって、なんで僕なんかが」

僕は思わず呟く。彼女の言う通りなら、僕よりもっと不幸な人間はいくらでもいるはずだ。

「魔法はイメージが大事。姫のイメージした人物にあなたが一番近かったからあなたが召喚されたと考えられる」

さっきのしわがれた声をした小柄な人間が代わりに応えた。

「わたくしは、思い浮かべました。この国を救って下さる勇者様を。雄々しくも心優しき方を」

特別な人間でもない少年少女を喚んでおいて、買いかぶりすぎだと思うんだけど。

それにそれなら初めから強い人間を喚べばいいだろうに。もしくは傭兵とか軍人とか、戦い慣れている人を召喚して鍛えればいい。

 なんでこの手の召喚物は変なルールを作って、十代そこそこの平凡な学生を呼び寄せるのか。

「……それより、勇者は強大な魔力を持っているとされる。見せてほしい」

 背の小さい黒フードが言う。声は老人の様だけど少年のように興奮している様子だ。

「魔力、か……」

 彼のテンションと反対に、僕は醒めていた。

 いきなり異世界へ飛ばされて、魔力を授かる…… トラブルの予感しかしない。

 おまけに下手をすれば戦争に、しかも後方支援じゃなく最前線に投入されるのだ。できればなにもできません、と言ってしらばっくれたい。

 でも必要以上に優れていても劣っていても、不幸になるのがこの世の習いだ。

目立てば目をつけられて、いじめや妬みの対象になる。

 せめて彼らの期待値ギリギリぐらいの力を見せて、「戦争に投入するには実力不足か」くらいに思ってもらおう。

 失望されるかもしれないけど、過度に期待されるよりマシだろう。

でも魔力を見せるっていってもどうすればいいのだろう。

 身体の周りをオーラが覆っているわけでもないし、身体能力が向上した様子もない。

 ファンタジーやゲームでおなじみの魔法を使えということだろうか? 火や雷を手から出せ、というやつか。

 しかし僕の目の前にはコマンドも、ウインドウも存在しない。どうやって使うのか?

 僕が迷っていると、周りの空気が怪しくなってきた。

 さっきまでは期待に満ちた目で僕を見ていたのに、今は疑う様な視線が混ざっているのを感じる。

僕は嫌な予感がした。この流れは正直まずい。

慌てて腹に力を込めたり、目を自分の体に凝らしてみたりするが何も起きない。

掌の中央に今まで感じたことのない感覚が走るのだけはわかるが、それだけだ。

「……おかしい」

 ローブを着こんだ集団の中から、さっき気になっていた一人だけ背の小さな黒フードが前に出てくる。

よどみのない動作で手を伸ばし、僕の体をぺたぺたとさわりはじめた。

 僕の体をひとしきり触った後、黒フードは落胆したように呟いた。

「……確かに、魔力は感じる。けれど凄く弱い。歴代勇者どころか、一般の魔術士にも及ばない」

 その声を聞いて周囲の反応があからさまな物に変わる。落胆を隠そうともせず、頭を押さえたり天を仰いだりしていた。

 どういうことだ? 僕が弱い、というのは大体わかった。だけど徐々にレベル上げしていく方法だってある。

 それがお約束だろう? 一定の修業期間を設けるとか、力を扱う訓練をするとか。

 僕がわずかな希望に縋り、希望的観測の中で混乱していると黒フードが説明してくれた。

「……歴代の勇者は、魔法の使い方を知らなくても魔法を使ったという。溢れんばかりの魔力があったから多少強引にでも魔法を使える。あなたはそれすらできない。強大な魔力を持たない者を勇者とは呼ばない」

 その声を聞いた人たちはある人は落胆の声を、ある人は嘲りの声を上げる。だが一人だけは違った。

 その子は豊かな胸の前で手を固く握り合わせ、俯いて沈痛な表情をしている。それが本音か演技かは、わからなかったけど僕と眼が合った時、彼女の唇が謝罪の言葉を紡いだような気がした。

「それならば、その者をどうする?」

 文官らしき人の一人が、僕を見下しながら言った。

「貴様は何ができるのだ? 剣は振るえるか? 馬には乗れるのか? 治世の才は?」

 僕はどれもやったことが無い。剣道も乗馬も経験がないし、あったとしても戦争目前かもしれないこの国では多少の心得なんて役に立たないだろう。治世なんて、選挙権すらない年齢の僕に何を期待するのか。

 勉強はまじめにやっていたけれど、科学や歴史の知識なんて魔法が発達した世界じゃ役に立ちそうもない。

 何も言えずに黙っている僕を見て、察したようだった。

 そして僕に対し死刑判決にも等しい言葉を投げかける。

「無能を養うことはありませぬ。城外に捨て置くがよろしいかと」

 彼の昏い瞳と、言葉に込められた冷徹さ。

 ゴキブリやネズミを処分するような口調と共に、僕のこれからの境遇が伝わってくる。

 絶望に、胸の奥に氷を突っ込まれたような冷たさを感じた。

 野たれ死ぬか、凍え死ぬか、飢え死ぬか。

 それくらいの運命しか考えられない。

「お待ちください!」

 周囲の空気が僕を排斥する方向で固まった中、空気に逆らう発言が聞こえた。

 さっきまで肩を借りて立っていた、僕と同じくらいの年の頃の少女だった。

「ミヒャエラ王女?」

 彼女が王女様か。それなら、この場をなんとかしてくれるのだろうか。

僕の運命を変えてくれるのだろうか。

「彼を召喚したのはわたくしです。わたくしの御側付きという形ではいかがでしょうか?

 この子が僕を召喚したのか。そう思うと、この子への感情が怒りと憎しみに彩られていく。

「それはできかねますな」

 さっき僕を城外に捨て置け、と言った文官がその言葉を一刀両断に切り捨てた。

「王女の御側付きを希望する者はいくらでもおります。何の取り得もない人間を召喚されたというだけで御側付きにするわけにはまいりません」

 冷酷だけど、当然だ。バイトでも何でも、能力のある人から採用されるのは当然だろう。

「そんな、それではあまりにも」

 王女様はなおも食い下がる。

居合わせた人間たちの中で唯一僕の味方っぽいのが僕を召喚したお姫様なのが不思議だった。

「城外に捨て置くのが無体と仰るならば……」

文官が使用人らしき人に革表紙の帳簿を持って来させ、中身を見た。

「この者が出来る仕事は汲み取り部屋の処理くらいしかありませぬ」

居合わせた人間たちの蔑むような目が一層ひどくなる。字面からもわかるけど、どうやらこの国での最底辺の人間がやる仕事らしい。

「それでいいです」

でも、僕は間髪いれずに引き受けた。

「勇者様!」

ミヒャエラが僕を止めようとするけど、僕はそれを遮った。

理不尽な目に遭うのは慣れているし、僕にこの世界で通じるような技術がないのは事実。

無能が生きるためには人の嫌がる仕事をするしかないのは古今東西決まっている。

 ミヒャエラだけはなおも止めようとするけど、それ以外は満足気にうなずいていた。

こうして異世界での僕の生活がスタートした。


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