第5話 王女の責任

彼女は他の奴隷たちが戻っていくと、護衛の騎士とも離れてたったひとりで隅にいた僕を探し出し、呼びとめる。

「トール様は、わたくしを恨んでいますか?」

 僕はそれには答えない。

 そうだって答えてもどうにもならないし、そんなことを聞くこの子の気持ちが理解できない。

 そう思って何も答えずにいるとミヒャエラの方から語り始めた。

「私は遥か彼方の地より他者を呼び寄せる魔法を授かりました」

 勇者召喚の魔法のことか。つまりこの子が、僕をこんな目に合わせた一番の犯人か。

 怒鳴りつけてやりたくなる。思いのたけを吐きだしたくなる。でも王女様にそんな口をきけば処刑間違いなしだ。

それにこうやって術者本人から話を聞くのは初めてだったので少しだけ興味がわき、足を止めて耳を傾けることにした。もう帰れないとは言われているけど、ひょっとして帰るためのヒントが見つかるかもしれない。

 だけどミヒャエラは魔法についての詳細を語ることなく、逆に彼女の方が思いのたけをぶつけてきた。

「しかし呼び寄せられた方の思いを考えると、使うことにためらいを覚えました。ずっとずっと、迷いました」

 まるで彼女の方が苦しんできたみたいな感じだ。ふざけるなよ、なら、使わなかったら良かったじゃないか。

「しかしこの国の状況が使わないことを許しませんでした。ならばせめて、召喚されても悲しい思いをしない方、不幸な方を選ぼうとしました。この世界で勇者になることで不幸な思いをしている方を、少しでもお救いできる形になればと。それが身勝手な召喚を行なったわたくしにできる、唯一の罪滅ぼしですから……」

彼女の言い訳がましい自己弁護がしゃくに触る。そのせいか突っぱねるような言い方になってしまう。

「……不幸な人間をもっと不幸にしてどうするんだよ」

この世界で初めて自分のことを心配してくれる人間にその言い方はないだろう、心の隅でと思ったが止められなかった。

「申し訳ありません、トール様を子のような目に合わせてしまって、申し訳ありません……」

 ミヒャエラは何度も何度も、目に涙を浮かべながら頭を下げる。

 それを見ていると少しだけ気が晴れた。でも、少しだけだ。

「謝って何になるの? 僕が得をするの?」

 この世界に来てから心に積もりに積もった嫌な感情が、彼女の謝罪を素直に受け取らせない。

「ではせめて、私にできることをさせてください」

「じゃあこの生活を止めさせてよ。少なくとも並みの奴隷くらいの生活がしたいんだけど」

「それは……」

 彼女は僕の視線から逃げるように俯いて、言葉を濁す。

 予想はしていたけれど、彼女は僕をこの境遇から救うことはできないらしい。僕が召喚された時の他の重臣たちとのやり取りからすると王女様といえども大した権力はなく、実質臣下たちがこの国を取り仕切っているようだった。

「それ以外のことであれば。私が可能なことであれば、なんでも」

 これまでのやりとりからするに、ミヒャエラが僕に対して罪悪感を抱いているのは間違いないようだ。

 そうでなければこんな申し訳なさそうな表情をするはずがないし、護衛を置いてたった一人で僕に謝罪するような真似をするわけがない。

 間違いない。彼女は僕に負い目を感じている。

 そう思うと、自分でも最低な命令が口をついて出た。

「……スカートをめくって、下着を見せろ」

 わずかに残った僕の中の冷静な自我が、発言の異常性を指摘する。

 でも止められなかった。

「できないだろ! 好きでもない異性に、外で下着を見せるなんて恥ずかしくて悔しいだろ? でもな! 僕はそれ以上の屈辱と恥ずかしさを、毎日毎日味わってるんんだ! 自分は恥をかかずにのうのうと生きているくせに上から目線で同情なんかするな!」

 ああ、言ってしまった。

 これできっと僕は無礼を咎められて、城の騎士に連行されて、中世らしくひどい拷問を受けながら殺されるんだろう。

 でもそれでいい。最後の最後にほんの少しだけすっきりした。

 貯め込んでいた恨みつらみをぶつけることができた。

 僕は自分がどんなふうに死ぬのかを想像しながら彼女の言葉を待つ。

 しかし彼女がとった行動は僕のどの予想とも違っていた。

「こちらへ、来てください」

 彼女は僕の手を取って建物の陰に連れて行く。日が落ちた上に陰になっており、どの建物の窓も面していないからここは他のどの建物からも見えない死角だ。

 ここに足を踏み入れれば別だけど、仕事の後片付けをしている今の時間帯は誰もこんな場所に足を踏み入れはしないだろう。

「……」

 僕の手を離した彼女が何かを呟いたようだけど、声が小さくてよく聞き取れない。

「何? 処刑するならさっさとやってよ」

 僕が苛立ち紛れにそう質問すると、彼女は意を決したようにさっと顔を上げた。眉根を寄せ、歯を食いしばり、顔は薄暗い中でもわかるほど真っ赤になっている。

「……ご覧ください」

 彼女は令嬢が挨拶する時のようにそっとスカートの裾を両手でつまむ。

 そしてゆっくりと持ちあげていった。

 薄闇の中でもわかるほど白く滑らかな肌がスカートの中から現れる。

 はじめはふくらはぎだけが見え、それから膝が見える。均整の取れた下半身が惜しげもなくさらされていく。

 太ももにさしかかったところで彼女は一旦は手を止めたが、裾を強く握りしめるとまた再開した。

 心臓がうるさいくらいに高鳴る。

 頭がくらくらして、顔がどんどん熱くなる。

 どんなに恨んでいても、ミヒャエラは絶世の美少女だ。そんな彼女が僕と一対一で、しかも顔を真っ赤に染めながらスカートをたくしあげていくというシチュエーションにこれ以上ないほどに興奮する。

 少しずつ少しずつ、下からせり上がってくる真っ白な太もも。白を基調にしたドレスの中央にあっても目立つ赤みがかった白さは、僕の血を熱くする。

 さらに上げていくと、中世下着としてよく耳にするかぼちゃパンツみたいな形のドロワーズじゃなくて二十一世紀でも見かけるようなショーツが一瞬だけ目に入る。

「うう…… こんな、」

 ミヒャエラは涙目になって身を震わせていた。それを見て僕は頭が冷える。

 僕は、何をしてるんだ?

「もういいって!」 

 僕は反射的に彼女の腕を掴んで止めさせていた。

 急に男子に腕を掴まれてびっくりしたのか、肌を晒しているという状況で顔を寄せ合うほど近付かれて怖くなったのか、真っ赤だった頬は青ざめていた。雪のように白い手も、病的なまでに青白い。

 そんな彼女の顔を見ていると心が痛んだ。

なぜかわからないけど、ひどく痛い。

 それに心が晴れなかった。自分が味わった屈辱の何分の一かでも味あわせてやればすっきりするかと思った。

 他人が自分と同じように、惨めなところを見られて嫌な思いをするのを見れば気が晴れると思った。

 でも実際にやってみれば、残ったのは自己嫌悪と女の子を泣かせてしまったという罪悪感だけだ。

同時に彼女に対する怒りが大分おさまった。こんなことをするくらい僕に申し訳なく思ってくれている、そう感じられたから。

 僕は彼女の様子が落ち着くのを待って再び話しかけた。ミヒャエラはもう手をスカートから離し、蠱惑的な肌は再び隠されている。

「なんで、こんなことしたの?」

さっきの肌色がまだ目に焼き付いて離れない僕はそう言うのが精いっぱいだった。

「トール様が、お命じになられたからです。それで少しでも、気が済むのなら。私には、これくらいしかトール様のためにできることが、考えつきませんでしたから」

「……そう」

言いたいことがうまくまとまらず、僕が口ごもっていると彼女の方から話しかけた。

「もしかして、醜かったでしょうか? トール様のように勇者様の住む国ではもっと美しい女性がいくらでもいるから、わたくしの肌など見たくないということですか?」

「それはない。少なくとも君くらい綺麗な人は見たことがないよ」

 僕がぶっきらぼうに言うと、なぜか彼女は俯いた。

 おべんちゃらには慣れているだろうし、気を悪くしたのだろう。

 何とか言いたいことを言葉をまとめて、僕は口にした。

「君が泣いているのを見てもすっきりしなかったし、自分が外道だって思えただけだから馬鹿らしくなっただけ。もういいよ」

「でも、わたくしがトール様をこのような目に合わせるきっかけを作ったのですよ?」

「もういいよ、それくらい。不幸な目に遭うのは慣れてるから」

 元いた日本でもそうだった。

 学校も家庭も、バイトも何一つ上手くいかなかった。

 僕はそう言ってその場を後にした。ミヒャエラがその場に立ちつくしていたので、彼女の手を取って人気のあるところにまで連れ出す。

 彼女の様子を見た護衛が一人、駆けつけて彼女を城内へ連れて行くのが見えた。離れたところにいる僕を見ても気にかける様子がないから、僕とミヒャエラの間に何があったかは気づいていないだろう。

 彼女とやり取りをしていると、この異世界に召喚された時を思い出す。

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