▼ キスから始まるAIもある

愛あるキスを貴方に(旧 キッシング・マシーン)

 私の朝は、サイドテーブルでけたたましく鳴り狂う目覚ましを叩き落とすことから始まる。気だるい体にむち打って鏡の前に立てば、爆発している髪にため息が出た。


 ――乾かし途中で寝ちゃったからなぁ。


 手櫛てぐしくらいじゃどうにもならない。どうせシャワーに入るのだからと割り切って、サッとまとめてシュシュを巻く。それから、居間でおやすみ中の彼にまたがり耳元でささやいた。


「おはよ」


 寝起きすぐは適度な舌ったらず具合で、我ながら甘ったるい声だ。これを吐息のかかる距離でお見舞いすれば、大抵の男はフォーリンところだけれど、眠れる私の王子様はそんなことじゃあ動じない。


 ちぅ、といつものようにキスをする。朝一番は長めに、何度でも。それこそ「おまえ、前世キツツキだったんじゃね?」と言われんばかり機械的についばみ続ける。

 そしてやっと目覚めた彼は、私に馬乗られている状況にも関わらず、ケロリとこう言うのだ。


「おはようございます、お嬢様。今朝はいかがなさいますか?」


 そろそろ何かしらの反応が返らないものかと思うが、そこはまぁ、頭の固い執事を選んだのだから仕方ない。




 パン食がいいな。ではハムエッグとオムレットに致しましょう。クロワッサンはカリカリに焼いてね。かしこまりました。――そんなやり取りの後に彼の上から降りて、私はバスルームへ向かう。


 熱いシャワーを浴びている間に、タオルと着替えが用意されていた。今日のコーディネートは、エリから胸にかけてヒダ飾りの付いた薄桃うすもも色のブラウスと、濃紺のうこん色のジャンパースカートに、ダイヤ柄の編まれた黒いストッキングだった。


「ねぇ! 最近スカート多くない?」

 台所に声をかければ、お気に召しませんかと彼が顔を覗かせる。私は慌ててタオルを抱き寄せた。


「ちょッ――覗かないでよエッチ!」

「これはとんだ失礼を。今日も一段とお綺麗でしたので、そちらのワンピースがよろしいかとお選びした次第です」


 のぞいたままとはいえ、にこにこ顔でそう言われては着るしかない。「ご不満でしたら他のをお持ちしますが」の言葉に、「いい!」と答えるので精一杯だ。


 制服も無い、スーツ指定も無い。就職先はそういう職場で、初めは気楽そうだなぁと思っていたけれど、そんなことはなかった。オシャレに気の回らない私みたいなタイプにとって、『服装自由』はけっこうな地獄だ。陰で品評され続けていたら、学生に戻りたくもなる。

 それが、彼が来てくれたことで解決したのだから、執事さまさまなのである。




 注文通りの朝食を済ませ、カバンを手に玄関に立つ。

 今晩はいかがなさいますか? 久しぶりにカレーがいい! チキン、ポーク、シーフードでは? んー、たまにはシーフードかな。では海老を多めに致しましょう。――晩のメニューが決まったところで彼の胸に手をつき、背伸びをしてキスをする。


「お気をつけて行ってらっしゃいませ」


 時々でいいから抱きしめてくれないものかと思うが、そこはまぁ、堅物かたぶつの執事を選んだのだから仕方ない。諦めて、行ってきますと家を出た。

 美味しいカレーの為! ……お仕事がんばろう。



   *


 帰宅ラッシュの波に揉まれて帰り着くと、クタクタな身を暗い室内が出迎えた。もう慣れっこで、さしてガッカリはしない。

 横手のスイッチで明かりを点けて靴を脱ぎ、台所へと急ぐ。予想通り調理途中だったらしく、お玉を手に鍋の中身を彼を見てため息がこぼれた。


「やっぱり修理に出さなきゃダメかなぁ。中古だから、保証外で高くつくのに……」


 こんなことならリース・レンタルにしておけばよかったとも思うが、一目惚れしてしまったのだから仕方ない。グギギと指を広げて手からお玉を外し、片足を軸に体の向きを変えて多めにキスをする。

 何食わぬ顔で「おはようございます」などとぬかす彼に、皮肉たっぷりの「こんばんは、ただいま、カレー出来た?」をさながらピッチング・マシーンが如くに投げつけた。




 感謝すべきは、晩ごはんと家を火の手から守ってくれたコンロにだろうか。もちろん、途中までとはいえ料理してくれていた彼――執事型《家事ドロイド》にも感謝している。しいてなんを言うならば、私の帰宅時間までエネルギーが持たなくなってしまったことだ。


「10分ほどお待ちいただけますか? もう少し煮込みたいところですが、温めて食べてしまいましょう。お嬢様は先にお召替えを」

「うん、そうする」


 彼は、キスから得た〝愛〟を動力源に生を得る。この燃費の悪さが仮に故障でないとすると、私がキスに込める愛が薄れてきているのかもしれない。

 所詮は機械なのだからという気持ちが心のどこかに降り積もって、気づいた頃には無視できないほどの山ができあがっている。だから、彼らは売られてしまうのだろう。ヒトの姿を模して作ったくせに、作ったヒト側が否定するだなんて、滑稽な話だ。


「……いつもありがとうね」

「光栄至極しごくに存じます」


 にこりと、けれどプログラム通りの言葉が返る。そんなことは分かっている。分かっているが、それでも嬉しくて私は笑った。


「カレー、美味しいよ」

 一緒に食べれたら、きっと、もっと美味しいのに。



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愛あるキスを貴方に

〔2016.09.14作/2018.05.06改〕

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いつ壊れるとも知れないけれど、それでも私はキスをする。/OL×堅物執事


★ 個人企画「世界、満たされた時にキスを:セカキス」参加作

★ エブリスタ ジャンル応援キャンペーン SF「近未来」、選外


※ 旧題『キッシング・マシーン』


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