喰わず嫌いの死にたがり
「ほんの少し時間をください」
月の綺麗な夜。たった数歩先にある死を前にしてそう願ったのは、俺じゃなく少女だった。
その胸元で刻々と減っていく無機質な数字は、10代にしては酷く少なく、あまりに赤い。迫り来る死神の手からわずかでも逃れたくて、捨てるくらいならと思ってのことだろう。
「まだ3ヶ月ちょいもあるじゃないか。そこそこ好き勝手できるだろうに、何だってそんなこと望むんだ?」
気まぐれに〈寿命喰い〉を追い払ったところを見られて以来、たびたびこの少女は俺の前に現れる。アレが見える奴と出会ったのは初めてで、他人の余命が視えることも早くに知られていた。
「寿命を延ばしたいって意味じゃないの。少しでいいから、私のしたいことに付き合ってほしくて……」
赤い瞳を揺らして、遠慮がちに「いいでしょうか?」と小首をかしげる。さらりと流れたライトグレーの髪が、月明かりを受け銀色に輝いた。
キレイだ。そう率直に思いつつも、そんな気持ちなど見せず「面倒なことなら断るぞ」と前置いてから「好きにしろ」と返す。
指示されたのは、後ろを向いて座り、何があってもジッとしていること。ずいぶんと容易い御用だ。
くるりと半回転して
「……それ、誘ってるつもりか?」
背に当たる、小ぶりながらも柔らかな感触。からかい文句を振ったが、慌てるでもなく「いいから黙って抱かれててください」と次の指示がくる。心なしか、ぎゅっと締まりが強くなった。
どのくらいそうしていただろう。体が温かくなるにつれ、目頭も不思議と熱さを増してきた。
少女は呟く。死にたがりなんかじゃない。優しいから、背負ってしまっただけなのだと。
ふいに解放されて振り向けば、少女が胸を押さえてうずくまっていた。とっさに伸ばした手は、「触らないで!」の一言で宙にとどまる。
「なんで……なんであと2分しかないんだよ」
たしかにあったはずの余命は真っ赤で、明滅を繰り返している。どうして、どうして。小さく何度も漏らす俺に、答えは返らない。
ただ一言。「ありがとう」と最後に笑って、少女は灰になってしまった。
抗うでもなく逆に余命を使い、好きなことをしたのだろう。血を嫌った吸血鬼の少女が、あっという間に風にさらわれていく。
残ったのは指輪が1つ。拾い上げれば、少女の瞳を思わせるルビーがきらりと光る。
もらった温かさを捨てるわけにもいかないな。ほんの少し前まで死にたがっていた自分を否定するべく、空を仰いで笑い泣いた。
「もう少し生きていようと思う」
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喰わず嫌いの死にたがり
〔2018.12.01作〕
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「ほんの少し時間をください」で始まり「もう少し生きていようと思う」で終わるお題にて創作。望月葉琉さんのホムペ12周年企画に寄稿した2つめ。
何も深掘りできていないけれど、『拾い魔~寿命喰い』と同じ世界の断片。実は、奪うばかりじゃなく与えることもできる。そんな一幕。
(2020.06.10)
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