▼ 寿命喰い
拾い魔
ふいに肩を叩かれ、
「おにーさん、落としたよ」
硬い寝床のお蔭でアチコチ痛む体を起こすと、女に声をかけられた。歳は50か60か。それなりにシワのある顔には、ひとの良さそうな笑みが浮かんでいる。
スッと差し出された手のひらには、何も乗っていなかった。寝ぼけ
――新手のキャッチか? 大卒リーマン歴たかだか4年の俺より、もっと他に金持ってそうな奴がいるだろ。
そう内心で毒づきながら辺りに目をやれば、残念なことにホームは貸切状態だった。
「お礼チョーダイよ、拾ったげるから」
どう逃げを打とうか考え始めた矢先、伸ばしたままの手を二度振って女が
何か落としたのかとベンチ下や周辺をザッと見てみるが、やはり何も無い。おちょくられているようで段々と腹が立ってきて、攻撃的に溜め息をついた。
「何が落ちてるって言うんですか?」
「アナタよ。〝アナタ〟」
「へぇ、俺が! どこに?」
ほとんどヤケッパチ状態の俺の言葉に、
「しいて言うなら……線路上ね」
「はぁ?」
「目立つ落とし方だし取り合いになるかもって心配したけど、誰も拾いたがらなくてツイてたわ」
交渉は早い者勝ちだから、だの。気が狂って暴れたり
切りどきの
「――ねぇ、もしかして自覚ないの?」
耳もとで聞こえた声に驚いて、ベンチから転げ落ちる。いつの間に移動したのか、女は隣に腰掛けていた。
「あら、ごめんなさい。でも、丁度いいわ。〝線路の上〟、覗いてみなさいな」
――そうだ、線路に落ちたんだ。
歳を問われて
この女にとって、これは
「〝寿命〟よ。2割までの請求なら合法なんだけど、おにーさん長生きしそうだから1割でいいわ」
――寿命? 仮に80までとしたら、残り54年だから……おおむね5年か。
決して短くはないが、ゼロと半世紀のどちらがいいかは明白だ。
「分かった、拾ってくれ」
「交渉、成立ね」
そうして俺は、差し出された手を握った。
『まもなく、電車が到着します――』
アナウンスの声にハッとする。辺りを見回せば、そこは電車待ちの最前列だった。
目頭を押さえて頭を振る。立ち寝した上に変な夢まで見るなんて、過労の
帰ったらすぐ寝よう。その一心で見え始めた電車を眺めていると、急に胸が苦しくなった。頼るものの無いまま前に倒れ、線路上に体を打ち付ける。
――痛い。苦シイ。ダレカ!
耳
「あらヤダ。もう9割生きてたの? 落としてごめんなさいね」
遠のいていく意識の中。最後に聞いたのは、自分が果てる音だった。
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拾い魔~
〔2017.02.28作、2018.06.07改〕
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★公募ガイドの「TO-BE小説工房(第26期お題:落し物)」用に創作。落選。
書き残してる改稿の日付は2018年6月7日になっているけど、何度かちょこちょこ手直ししていたはずだから、最終改稿はきっと2018年11月あたりかな…? 『寿命喰い』の出てくる短編は他にも書いているので、それもそのうち公開したいなと思ってます。
(2020.06.06)
【7/2 追記】
関連作公開してます→『喰わず嫌いの死にたがり』https://kakuyomu.jp/works/1177354054897866348/episodes/1177354054897960799
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