夢の食卓(焼き芋、カフェラテ、おでん、マフラー、誰も居ない台所)

 秋の夕暮れどき。うとうとしていると、遠くからお馴染みの歌が聞こえてきた。いや、あれを歌と言っていいのかは分からないのだけれど、豆腐屋にしろラーメン屋にしろ音だけで「それ」と分かるのだから、歌ではなくとも石焼き芋屋の曲と呼べるのではないだろうか。


 このチャンスを逃すまいと立ち上がり、あやうく飲みかけのカフェラテをこぼしかける。財布を引っ掴んで外へ駆け出し、私は聞き耳を立てた。曲に呼ばれるまま住宅街をひた走る。けれど目にすることもなく、足を止めてぜえぜえ息をしている間に音は途絶えてしまった。


 とぼとぼ家路を辿る。こうなったら他のものでいいから、何か食べて気を取り直したい。たとえば秋口にコンビニに並び始めるおでんとか。


 大根、卵にハンペン、ちくわ。コンニャク、がんもに牛すじも! 全部入れたらお高くつくけれど、背に腹は変えられぬのだ。


 ふいにピューっと吹き抜けた北風に身をよじる。すぐに買えると思っていたから、上着がない。せめてマフラーだけでもあれば違ったのに……。


 ――くしゅんッ!


 自分のクシャミに驚いて、私は目を覚ました。寝ぼけ眼な上に部屋は真っ暗で、少し苦労して電気をつける。寝ていたというのにドッと疲れた気分なのは、夢の中で走り回ったからだろうか。


 カーテンを締め、誰も居ない台所げんじつに向き直る。そう。石焼き芋やおでんを買ったとしてもそれは夢の話。調理せぬ者、食えるもの無し。

 よしと気合を入れた直後、空気を読めない腹が1つ鳴いた。


 ――ああ、とてもお腹がすいた……。




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【 夢の食卓 】 2019.11.29 作


空腹さんのお題

「焼き芋、カフェラテ、おでん、マフラー、誰も居ない台所」より創作

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* ハンドルネームのせいか、いつも「美味しいものを食べたーい」とお腹がすいているイメージなので、それも乗せてみました。なごやかで、穏やかな日常の1ページのように。(2020.01.22)


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