折れた剣・5
ギレイとの――契約の握手が終わって。
それから先は、早かった。やはり彼とは息が合うのかもしれない。まず代金を決め、次に訪れる日取りを決めた。詳しいことはその時に、と手早く話し終えた。、
そして彼に手を振り、ミシュアは鍛冶小屋を後にしていた。
訪れた時にパラついていた小雨は止んでいて、でも、森の木々の隙間から未だ曇天が伺えた。ただ、それでも、ミシュアの足取りは軽かった。
あの鍛冶小屋に訪れる前とは何かが少し変わったのだ、と思うくらいに。
剣帯に繋がれた、腰の剣。その存在感に、何だか、安心する。
やはり自分は騎士なのだと自覚しながら、ふと、思いついて、ミシュアは周囲を見渡す。
誰もいない、森の中。小雨の残滓。紅葉から零れ落ちる滴。落ちる滴が立てる葉音さえ聞こえそうなほどの静寂。
人目がないからと、ミシュアは剣を抜き放つ。
柄の感触、刀身の重さ……どれもしっくり来る。彼と話をしただけで、何故か、自然と彼の剣を求めていた。自分の剣士としての直感が間違いでないように思う。
「確かめよう」
心を沈め、目についた手近な大樹の枝へ、剣を振るう。すっと入った刃が静かに、枝を難なく斬り落とす。
「ほら、やっぱり――だ」
笑い出しそうになってしまう自分をかろうじて抑え、見つめるのは転がり落ちる枝……いや、幹と言っていいほどの……魔獣の腕ほどの太さだった。
「よしっ……」
彼に剣を求めたことは間違いではなかった。
(あの敗北は、わたしの腕のなさが原因……では、なかったのか?)
ミシュアは剣を鞘に収めながら、一つ頷く。
「……まだ、試そうっ!」
我慢できずに、もう一度、剣を抜き払う。やはりもう一度、大樹の枝を斬り落とす。
「やはりっ、よいっ!」
彼の剣を少しゆっくりと、感触を確かめながら、鞘に納める。他の刀工に保険をかけようという考えが、気がつけば、なくなっていた。そんなことよりも思うのは、この剣でさえ充分以上なのに、もっと先があると彼が言ったことだった。
「……楽しみだな、これ以上の剣か」
しきりに頷きながら、その度にこみ上げてくる訳の分からない嬉しさ。抑え切れず、身体が動くままに、駆け出した。そうして森を抜け出す頃合いには、雲間から日の光が覗いていた。
(うん、出来すぎだ)
柔らかく暖かな日差しは、良い剣、良い刀工に出逢えた祝福のように感じる。
ミシュアは静かに、誓った……四ヶ月後の来春、戦争での勝利を。
良い刀工と出逢えた、それが自分の務めなのだと。
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