折れた剣・4

ギレイの鋭いのか、逆に鈍いのか、良く分からないところが、ミシュアにはおかしかった。こらえきれずに笑ってしまっている……のはどうかと思うのだが、止められなかった。幸いにも、ギレイは全く気分を害した様子はない。それがまた、心地良いのだった。

 ただ、ミシュアとて、ギレイとしっかりと契約を結ぶべきなのは分かっていた。ので、こみ上げる笑いを抑えようと、呼吸を整える……と。


「少し……待って下さい」


 言って、ギレイは鉄床の前から腰を上げた。ミシュアの剣の残骸を納めた革袋を椅子に置き、小屋の隅……剣や槍がかけられている壁へと歩いていく。

「……あの、」

 不安が、ミシュアの胸の内に広がる。いくらなんでも、ギレイに初対面……初対面だということを忘れかけていたが……なのに、気安く振る舞いすぎたのではないのか。

 ギレイの背中に謝りかけて口を開きかけたミシュアに、

「これを……どうぞ」

 振り返り、こちらに歩み寄った彼が、一振りの剣を差し出してきていた。鞘を握って、こちら側に柄を向けているから、彼が怒って剣を取ったわけではないようだった。

(いえ、気分を害した程度で剣を取るような、そんな人ではないとは思ってたけど……)

 それよりも、ミシュアが気になったのは、ギレイには剣が似合っていることだった。扱い慣れていることは、刀工だから当たり前なのだが、それ以上に。

(……剣士、それも)

 身分評議会での位では、最低でもスリースターくらいの腕前がありそうな所作だと、ミシュアは感じた。思っていた人物像とは少し違うことに惑いながら、ミシュアは彼に言われた通り、彼が差し出してくれた剣を手に取った。

 剣の長さはミシュアの腰くらいまでで、今まで使っていた剣とは違って、やや反りがある。また、鐔は蔦が絡まるかのような、剣士の手を守ることを主眼に置いた作りだった。


(あれ……初めて手にとった剣なのに、)


 違和感がなかった。何故か嬉しくて、考える前に口をついて出る。

「抜いても?」

「もちろん」と彼に言われて、ミシュアは鞘をはらう。

 現れた刀身は美しい鈍色。刀身の湾曲は湖水の波紋のように自然。その刃は目を凝らさなければ見えないほど峻厳だった。

「頑強にして、繊細ですね……切れ味もよさそう……」

 呟いて、ミシュアは剣を鞘に収めた。

「貴女の体格、手の皮の厚くなった箇所から鑑みて、選んでみました。おそらく、今まで使っていた剣よりも合うかと思います」

 彼はさらりと、ミシュアの何かを言い当てた。

 遅れて理解するのは、折れた剣をここに持ち込んだ理由……自分の敗因。

(もしかして……あの折れた剣は、自分に合っていなかった?)

 わりと深刻に思い悩んでいたことが、あっさりと分かってしまった。だからか、訳の分からないことを、ミシュアはつい、口走ってしまう。


「……あれ?」

「……ん?」

「あの、まさか、これ、わたしの新しい剣……? もう完成している……?」

「……ははっ、いえ、まさか。違いますよ~」

 今度は彼に笑われてしまった。思っていたよりも、悪いものではなかった。何故、笑われているのか、困惑はするものの……どちらかというと、心地よかった。

(わたしが笑ってしまった時も、彼がそう感じていると良いけど……)

 そんなことを思いつつも、彼の笑顔を見つめて更に思う。

(ギレイさん……笑うと、子供みたい……)

 切れ長の瞳がくにゃりと緩み、顔全体に広がっている。

(可愛らしい……といったら、怒るかな?)

 ミシュアはそう思ってしまう。一応、口には出さないでいると、ギレイの笑顔が消え、真顔になって口を開いていた。

「その剣は代わりです、貴女の折れた剣の。そしてまた、剣士としての貴女を知るために、僕が必要な……そうですね、試供品のようなものです」

「……試供品?」

「僕が剣士としての貴女を知るためのものです。貴女がその剣を振るえば、刀身、柄、鐔の状態から、剣士としての貴女が僕には伝わる。時に剣は人よりも、雄弁です」

「なるほど……そうかも」

 彼の言うことに、ミシュアは納得していた。自らの技量を正確に自覚することは案外、難しいのだ。体調や精神状態にも左右される。技量とは幅のあるものだからだ。

「分かりました、訓練と戦闘でわたしはこの剣を使います。そうしてから、また、ここに持ってくればいいのですか?」

「ええ、その通りです。ああ、でも。もちろん、貴女がどんな剣が欲しいか、聞かせて下さい」

「わたしが欲している……剣……」

 あまり明確に考えていなかったことにミシュア自身、驚いた。背後へと振り返り、革袋から覗く折れた剣を見る。剣が折れた時のことを思い出しかけ、逃れるように、ギレイに向き直る。

「わたしが欲している剣。今はまだ、分からない。考えておきますね」

 言って、ミシュアは折れた剣を納めた革袋を探る。折れた剣の剣帯を外し、受け取ったばかりのギレイの剣へと装着し、腰に吊した。

 やはり、思いの外、しっくりとする。初めて身につけたとは思えないくらいに。

 もしかしたらギレイの、初対面だということをつい忘れてしまうような雰囲気と似ているのかもしれなかった。と、そのギレイが独り言のように呟いた。

「そういえば、僕の剣を試し斬り……どころか見もしないで、剣を頼んだ剣士はいなかったな」

 ギレイの目がまた柔らかく、緩んだ。


「貴女も、不思議な人ですね」


 言われると、ミシュアも同感だった。刀工の剣を見もしないで剣を頼んだのは初めてだった。そのことに自分自身、驚く。が、すぐに納得した。

(この人は信頼できると、思ったんだ……)

 彼の笑顔にそう感じ、また自分の顔も綻ぶ。と、何故か自然に彼と、互いを不思議だと感じたことを分かち合うように頷き合った。

(この人に、任せよう)

 思って、ミシュアは彼に手を差し出した。


「貴方にわたしの新しい剣を、改めてお願いします」

「貴女に僕も新しい剣を、鍛え上げたい」


 言い合って、ギレイと握り合った手を微かに、振った。

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