折れた剣・6

 鍛冶小屋から出て行くミシュアを見送って、ギレイは一息ついた。

「あー何か、緊張した……」

 閉ざされた扉、見慣れたはずのそれが何処か、違って見えた。一瞬だけ何が違うのか見つけ出そうとしたギレイだったが、首を振る。彼女と来る前と後、違ったとすれば、それは。

(少し……変わったのは僕の方かも)

 思って、自分の手を見つめる。

 契約の握手……彼女の手の感触はまだ、自らの手に残っている。

 刀工の感覚が告げる、彼女は良い剣士だ。自分は良い剣士に出逢えたのだ。

 心に満ちる、そんな感動にギレイは思わず、笑ってしまう。

(さて……どんな剣を仕上げるべきか)

 彼女に渡した、自分の剣。ギレイとしては剣士としての彼女を知るためのもの。言い方を悪くしたならば、彼女の剣士としての腕を試すようなものでもあった。

(まぁ、ミシュアさんはそんなことで気を悪くするような人じゃないだろう)

 更に、思ってしまう。

 あの、ミシュアに渡した剣によって、ギレイの刀工としての腕も試されるのだとも。

「ん~……また緊張してきた」

 どくどくと脈打ち始める心臓から気を逸らすように、ギレイは傍らに置いてあった革袋を見やる。契約の話合いの後で、彼女が置いていった、折れた剣だった。

『貴方に貰って欲しい。溶かして、何かの材料に……ともかく有効に使って欲しい』

 そう言った時の、少し寂しげな顔を思い出す。

(うん、剣士はそうだよね……自分の剣を手放すのは、少し辛いはず)

 思いながら、革袋を手に持ち、小屋の隅に歩き出す。

 そこには、ギレイが何年も捨てられずにいる、折れた剣が壁にかけられていた。

 

折れた剣にかすかに残る、錆の跡が……心の内に過去を呼び込む。

この錆のように落とすことのできない、血の記憶だった。


「……」

 捨てられない折れた剣を意識しないようにして、ギレイはその下にミシュアの剣の残骸を納めた革袋を置く。足早にその場を去り、外の空気を入れるために小屋の鎧戸を開けた。

「ん……晴れてる」

 柔らかく穏やかな日差しに目を細め、ギレイは思い出す。

『わたしが欲している剣。今はまだ、分からない』

 彼女の声音を心に描きながら、ギレイは呟いた。

「僕が見つけ出す……鍛え上げる」

 あの剣士に相応しい剣。

 彼女の生涯を支え、生かし続ける剣。

 良い剣士と出逢えた自分のそれが務めだった。

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