第二章 刀工と騎士とお食事と

騎士団長の顔・1

 鍛冶小屋のある森を抜け、ミシュアは出迎えられた陽光に少しだけぼうっとしていた。

 眼前に広がる草原。風が優しく生い茂る草花をゆらし、振り落ちたしずく日の光を受けてきらめいた。足下の草地に濡れようとも、そのまま寝っ転がりたいような気さえしていた。

 が、その心地よさはすぐに、霧散する。


「思いの外、長くかかりましたね……団長」


 ひづめの音を立てながら、一人の女性騎士が姿を見せた。甲冑をつけていない平服姿だが、跨るのは勇壮な白馬……いや、頭から立派な一本の角を生やす一角騎ユニコーンだ。その女性騎士は手綱たづなを引いて並走させていた、もう一頭の一角騎をミシュアの前に歩ませた。

 騎士……片眼鏡をかけた二十代半ばぐらいの女性は、静かに言う。

「すぐに戻りませんと」

「分かってる……待たせてすまなかったな、ユニリ」

 ユニリが連れてきた一角騎に、ミシュアも騎乗する。あぶみに足をかけてくらに跨り、手綱を引く。軽く嘶く一角騎の頭を撫で、待機を労う。

「団長、まず副長の仕事をさせて下さい」

 ユニリが共に騎首を巡らし、ミシュアとくつわを並べた。


「身分評議会から通知がありました」


「それも分かってる、わたしの位はフォーススターになったのだろう?」

 ユニリの首肯に軽く息を吐きながら、ミシュアは少し思う。

(ギレイさんと……同じく降格となったのか)

 思っていた以上に、あの刀工との出会いは良いものだった。でも、だからこそ、少し苦しい。あの鍛冶屋を訪れたのは仲間への見栄え以外にも……理由があったのだ。

(位が落ちた刀工だから、わたしは興味を持ったんだ)

 胸の内に湧き出した自己嫌悪。追い出すために、少し強めに息を吐く。それでも追い出せず、軽く首を振っていると、ユニリが言っていた。


「我が騎士団内の誰かが評議会によろしくない報告を……調べましょうか?」

「やめてくれ。不可視の監視妖精に報告されたということもありえるだろう?」

「……潰しましょうか? 私なら妖精とて害虫扱い――」

「それも、やめてくれ」


 軽く息を吐きながら、ミシュアはユニリと共に一角騎の腹を蹴る。轡を並べた二騎が速歩そくほへ。蹄の音が草原に軽快に響き渡る。と、ユニリがぽつりと言った。


「位の降格の原因はやはり、一週間前の斥候任務の結果でしょうか?」

「ああ……重傷者を出してしまった」

 ギレイに渡した折れた剣が、ミシュアの脳裏に過ぎる。と、ユニリが続けていた。

魔法傷まほうしょう耐性の高い彼女こと、あの怪我も乗り越えてくれるでしょう」

「簡単に言うな」

「しかしながら、あの斥候任務にて魔族領の情報を持ち帰れました」

「ああ、対立していたはずの下級竜族とキメラ族、ゴーレム族までも結集していた」

「魔族を束ねる覇王……やはり実在しているのでしょう。つまり我々人族は、その覇王とやらに先の大戦で、魔法石の産出地たるギルボア半島を占領された」

「……合戦は避けられない、か」

「向こうにもそのつもりはないでしょう、我らが騎士団の根拠地たるリュッセンベルク城塞都市は交通の要。領土の拡大を狙う魔族が奪いに来ないはずはない」

 ミシュアが重いため息を吐くと、ユニリに応じた。

「……私は貴女の副官です。戦場であれ、市街であれ、何をしてでも、貴女を守る」

「市街で何をしてでも、というところがなければ――」

「分かっています。ですが、戦争を前にしては何が起こるか分からないのが、人の世の常」

「わたしとて、それは分かっているよ」


 草原に響いていた一角騎の蹄の音色に変化していた。それも当然。一角騎は今や草原ではなく、空へと駆けだしている。蹄が虚空を蹴りつける、一角騎が生まれながらに持つ魔法の一つだ。ちなみに同様の飛空能力を持つ、人間を騎乗させられるものを飛翔騎ひしょうきと総称されていた。

「……、」

 何か言いたげなユニリと共に、ミシュアは一角騎で空を駆け上がっていく。雲が近づくほどに高度を上げてから手綱を引き、騎首を下げた。地上の草原と平行し、一角騎を走らせていく。

 ミシュアは少し目を細めた。遠くにある日の光がそろそろ、地平に沈む。赤く染まり始めた光が、目に差し込んできたのだ。

「私だけは、信じて下さい」

 そう言ってくれるユニリに、ミシュアは笑顔と共に頷く。

 ミシュアはユニリを信頼していた。白蘭騎士団を結成した時からの副団長のユニリは、ミシュアの苦手な財務や戦術立案や他騎士団の交渉などで、いつも支えてくれる。

 でも、かすかに。身分評議会に斥候任務の失態を報告したのが、自分をよく知るユニリではないか……ほんの少しだけ思ってしまった。湧き上がる罪悪感……自分に嫌気が差す。

(このような思いを、敵のように斬り捨てられればいいのに)

 ふと意識するのは腰にある、剣。連想するのは、剣の出来栄えとは違ってギレイの少しぼけているようなところ。

(ふふっ……ああいうのを浮世離れとでも言うのだろうか?)

 かすかに口元が緩んでしまっていると、ユニリの声がした。

「良い剣ですね」

「ええ、気に入っている」

 剣が褒められることが、自分でも驚くくらいに嬉しかった。その所為だろう、ギレイのことや、この剣は剣士としての腕を知るためのものであるなどと話した。

 話し込んでいる内に――前方、威容を誇る城砦都市リュッセンベルクが見えてきた。

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