刀工と騎士と再会と――
リュッセンベルク城塞都市・商業区画。武具ギルド連合会館、控えの間。
そこは大広間に隣接する小部屋であり、主に着替えなどをするところだった。壁際に寄せられた化粧台の前に座ったギレイは少し、そわそわとしていた。金属……おそらく銅を磨ききった鏡をつぶさに見つめ、自分の顔がひきつっているのを見て、胸に手を当てた。
(お、落ち着かない……)
どうやらこれから自分は生まれて初めて化粧されると、ここに来る前にルーキュルクから聞かされている。今はまだ鍛冶の作業着姿なのだが、着替えさせられるらしい。
それもそのはずで。
「時間がない、手短に言う」
扉をノックする音に、ルーキュルクの声が続いた。
「ギレイ、確認だ。武芸大会と都市無断侵入の謝罪。私のギルドに入って修行し直す……この二点が、キミが壇上で話すべきことになる」
「うん、分かってる」
「そう緊張するな……私が上手く誘導する」
ではな、と言い残して、ルーキュルクは去っていった。
(緊張するな、って言われてもなー)
ギレイはため息をつく。ルーキュルクギルドに入る儀式……というか、ルーキュルクのギルドに入ることを関係者にお披露目するのが必要なのは分かっている。ただ公的な行事に耐性のないギレイは、心臓の鼓動が手の平で感じられるほどに強い。
いや、それ以上に――心臓が暴れている理由があるのだ。
これから、会えるのだ。
「失礼します……」
何日かぶりの声に、何故だか、泣きたくなるくらいに懐かしさを感じた。
そんな感慨に浸るまもなく、扉は開かれて。
「ギレイさん……」
既に、肩のあいたドレス姿のミシュアと、ギレイは再会した。
とっさに立ち上がって、ほんの少し潤んだ瞳の彼女と向かい合う。
すぐ傍に、声の届く場所に、彼女が居る。
会って、話せる。
たったそれだけで奇跡のようだと、ギレイは感じた。大げさだと理性が告げてくるが、それでも、やっぱり、奇跡だと感じた自分を信じた。
しばらく、この時間の貴重さを感じ続けていたかった……でも。
「ミシュアさん……なんか、ごめんね」
口をついて出た言葉は、自分でも良く分からなかった。何故か、息が詰まるからかもしれず、ただ、自分が何を謝ったのかは遅れて理解できた。
「僕が変に剣を渡した所為で……おかしなことになって、」
上手く喋れない。話したいことが本当にたくさんあったはずなのに。
ただ、それは自分だけではないようで。
「ううん……ギレイさんが謝ること……じゃ、きっと、ないよ」
つっかえつっかえの、彼女の声が響く。
何を、どう答えればいいか、ギレイには全く分からなかった。
もしかしたら彼女もそうなのか、互いに何も言わず、でも、互いの瞳を見つめていた。
しばらく……時間の流れを忘れるくらいに、そうしていた。それだけでも胸に満ちてくるものがあって、充分なのかもしれない、とギレイが思い始めた頃合いだった。
彼女はどうやら、ギレイと思うところが違ったらしく、口を開いた。
「聞きたかったことがあるの、ギレイさん」
「ん? なに?」
気づけば、理由は分からないけど、普通に話せるようになっていた。
「わたしはもうギレイさんとは会えないかも、って思ってた――ギレイさんは?」
「……うん、実は、僕も。ミシュアさんがルーさんと会ってたって聞いて……僕はもう刀工として必要ないのかなって――」
「そんなわけないっ……ルーさんと会ってたのは、アベル騎士団長を告発するための準備でっ……って、あぁ、わたしも、ギレイさんがリュッセンベルクを離れたって聞いて……刀工を辞めちゃうんじゃないか……って」
「あ、いや、違うっ……それはないよっ、僕はどうやって刀工の位がないままに、ミシュアさんの剣を鍛え上げればいいのかって相談を親方にはしたかっただけで……」
「ええ、そうよねっ! ルーさんから聞いてたけど、ギレイさんが剣を完成させないまま放っておくはずはない」
「うん、そうだよね……僕もハサンから聞いてたけど、ミシュアさんが簡単に刀工を変えるはずないよね、良い剣士ほど剣にこだわるんだからさ……」
言い合っていく内に、顔が赤くなるほど心臓の鼓動が激しくなっていく――のに、不思議と、心は落ち着いていく。
彼女が自分に会えない時間に何を思っていたのか、また、その逆を、確かめ合った。
何故か、言いようもないほど、心が安まった。会えなかった日々を、言葉を交わせなかった時間を、取り戻したかったのだ。また、そう互いに思い合っていたことさえも確かめ合えた。
「何か……大変だったね、ミシュアさん」
「そうね、色んな人に色々と言われて……ね、ギレイさんは刀工の位を失って」
「うん、ルーさんとハサンが何とかしてくれたけど……」
「……わたし達のことなのに、わたし達以外の人間の方が強かった」
「……本当に、助けて貰っちゃったね~」
「……わたしとしては今回のことも、自分の力で解決したかったけど」
「ん? そうなの? 剣士らしいと言えばそうか」
言って、ギレイはミシュアの腰に下げられた、剣を見る。
自分の剣を彼女が身につけてくれていることが、やっぱり嬉しかった。
だから、言った。
「改めて……僕は貴女の剣を鍛え上げたく思っています」
急に、それこそ真剣に言ってしまったからか、彼女は少し驚いたように目を丸くする。でも、分かってくれたのだろう、彼女は微笑んだ。
「はい……わたしからも貴方に、任せたく思っています」
言われて、ギレイは自然と彼女に歩み寄って、手を差し出す。
彼女もそうしてくれて、指先が触れ合わせる。
ギレイは触れ合った指先――から肩、心臓にまで電流が走ってくるような心地を覚えた。痛みにも似た、けれど心地よいその感覚。彼女が自分にとって、貴いものだと身体が告げているかのようだった。
掴み取るように、彼女の手を取って、包み込む。
「完成させるね……剣」
「ええ……お願いね」
頷き合って、ギレイはふと思い出した。
「あ、そうだ……と言っても、その剣自体をまた鍛えるわけじゃないんだけど……」
「え? どういうこと?」
「うん、説明してなかったね、武芸大会の後にすぐにすべきだったんだけど……ええっとね、その試作品は前の試供品と基本、同じなんだ」
「え、あ……これとは別の一振りを鍛える、そういうこと? なら、わたしはこの試作品の剣……この使用感を伝えればいいのね?」
理解してくれたミシュアに、
「そうそう、ミシュアさんに剣の方が近づいていく感じなんだ……って、そうだっ!」
頷きながら、ギレイはふと思いついた。
「今みたいに、僕達のことをみんなに分かって貰えればいいのか……」
「え? 次は、なに?」
「あぁ、今回の身分評議会みたいにならないように、僕とミシュアさんが剣を約束しているって、みんなに話して分かって貰えればいいんだよ、きっと!」
「……え? そのために、今日、ルーさんはこの場を用意してくれたんじゃないの? わたしも一緒に登壇して、ギレイさんがわたしの刀工を続けるって発表をするって――」
「――んん? あ、そうだったんだ……僕は全く分からなかった……なぁ~う~ん――そっか、僕はわりかしアホなのか~困ったな~」
「ふふふっ、いいよ。ギレイさんは。多分、それで、いいえ、そのままがいいんだと思う。わたし達のこと話しても分かってくれない人……怒る人も、きっといるんだと思うけれど」
「う、う~ん、そうかもしれない」
「でも……ルーさんやハサンさんがそうだったように、味方になってくれる人も、きっと、居る。ギレイさんには、わたしが居る。わたしにはギレイさんが……それでいいじゃない」
楽しそうな笑顔を浮かべる彼女が、ギレイは貴いと思った。
本当に、自分が知る誰よりも、何よりも。
そう、もしかしたら、刀工として良い剣を鍛え上げたいという、自分の願望よりも。
――でも、彼女は言うのだ。
「そうだ、ギレイさん。一応、言っておかないと。剣を鍛え上げるの……無理しないでね」
ギレイは知っていった。
知っていて、忘れていようとしていた自分に気づいた。
「わたしが戦場へ向かうのに、あと一月しかないから……」
彼女は、そう言った――剣士らしく笑顔のままで。
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