優しい罰
リュッセンベルク都市の某所、深夜。
ベットに横たわっていた少女が、枕元の水晶を眺めた。
『ギレイ=アドの刀工の位、剥奪について』
という文言の下には、武芸大会の時ほどではないにしろ、多数の文言が並んでいた。
『前の評議会では、位を剥奪ってことになったけど……やり過ぎだったんじゃない?』
『鍛冶道具とか作ってた武器とか没収されたんでしょ? そこまで、やらんでも』
『イケメンハゲ団長、毒針使ってミシュア殺そうとした、って証拠でちゃったらしいし』
『結局、ギレイ=アドの乱入って、ミシュアの命を助けるために必要だったってこと?』
『緊急避難での規則違反? 正当防衛の幇助とでも言うか』
『確かに。むしろ武芸大会の立会人、どうだったん?』
『それを言うなら、いち刀工に出し抜かれる都市の飛翔衛兵も保安上、ヤバい』
『待て待て。これ以上、違反者とかを捜したらキリがない。あの武芸大会、やっぱ無効だ』
『今更? 前の評議会でギレイの位を取り上げて、ミシュアの位も上げちゃったじゃん。身分評議会として結論を出したのに、ひっくり返していいの?』
少女は議論の成り行きを理解し、ため息をつく。
(誰も……自分たちが間違えたって言わない……)
思って、少女はきつく目を閉じる。
(私も、だけど。誰も自分が言ったことに責任を持たない……いや、持てない)
身分評議会の、匿名性が担保された議論の欠点かもしれない。また各人が把握できないほどの多人数による話し合いは流れ――ノリに弱いのだろう……と、少女はため息をつく。
(私は……それを利用したんだけど……けど)
少女は刀工ギレイのネガティブな情報を上げ連なった。それはギレイ個人に対する、やはり個人的な悪感情だった。
悪意はけれど、伝染した――爆発的に。おそらくは……皆が日々、心根に鬱積させていた、それぞれの別の悪感情を伝って、それぞれに悪意を醸成、拡散していった。
前回の身分評議会を、少女はそう振り返った。が、どうしてか、今更ながらに。
(なんで……あんなことを言っちゃったんだろう?)
少しだけ、気に病んでいたのだった。
当時の自分は、今よりも、身体が不調だった。ゆえに職務を上手くこなせず、同僚達への罪悪感を募らせた。仲間のはずの同僚の視線が自分を責めているように見えるほどに心が痛み、歪んでいた……と、今ならば自認している。
でも、ギレイには今でも時折、自分でも良く分からない、怒りのような悪感情がまだある。
ミシュアにも、だ。それまで好意的な思いを、いや、誰よりも慕っていた……のに今は、ほの暗い気持ちがちらちらと胸の奥底を焼く――ただ、それでも。
ギレイとミシュア達が右往左往するのを楽しめるほどには至らなかった。いや、少し、息苦しさを感じたのだった。迷った末に、少女は水晶に手を当てた。
『前回の身分評議会にて、ギレイ=アドの情報を上げた者です』
と文言を浮かばせると、下に様々な反応が示される。それらを読み取ることなく、続けた。
『自分が上げた情報はどうやら、間違いも含まれていたようで……申し訳ない』
その文言を浮かばせると、少女の内で不思議なことが起きた。
胸の内の、奥底の、ギレイとミシュアへと向いていたはずの言いようもない、ほの暗い怒りのような感情が薄れた。少し、気が楽になった。
だから、迷いもなくなった――これからやることは自分のためにもなるのだと思った。
『詳しくは申し上げられないが……ミシュア=ヴァレルノは、ここのところ、かの刀工との接点がなくなり、日々の軍務に精彩を欠いていた。個人的な推察ではあるが、ミシュア=ヴァレルノにとって、ギレイ=アドは必要な人材だと思われる』
様々な文言が連ねられるなかで……少し待つと、応えるべき文言が浮かび上がった。
『それは春の一戦にて、ミシュアの戦闘能力をギレイが上げるという理解でいい?』
この人物は一般には伏されている、魔族領への遠征……もはや一月後に迫った戦争計画を知っている。少女はそれを察し、文言を連ねた。
『ギレイ=アドの剣の威力は、皆も武芸大会で確認したはず』
そう文言を浮かび上がらせると、おおむね、同意されていく。無論、『もうお前の情報は信頼出来ない』や、『前に情報を上げた本人なの、本当に?』と言う者もいたけれど。
議論はその後、少し、荒れた。
ギレイの刀工の位の剥奪を撤回するか、このままか。その後、論点はギレイのことよりも――身分評議会の結論を覆すことは可能か否かで荒れ。
『なら、前の結論に追加するってのは? ギレイってルーキュルクと実は同門……提携とか言ってたし……ギレイがルーキュルクに監督されるならば、位の復権とか』
という、誰かが上げた文言――それが結論となった。
ギレイ=アドの刀工の位の剥奪は継続。ただし『更正』処置として。ルーキュルクギルド監督下で、ギレイは刀工の再修行。その限りに置いて、都市の出入りの許可する。
身分評議会のそんな結論を見て。
(……、)
ため息をついて、少女はベットに力なく、横たわった。寝られず、しばらくベットの上を転がっていた――そんな時だった。
「……すまない。まだ、起きているか?」
扉がノックされた。応えようか、どうか、迷った。寝たふりをして、やり過ごそうかとも思ったが、何故か、返事はしてしまった。
「起きています」
言いながら、枕元の水晶を毛布と身体で隠した。その内に、扉の向こう側で声が続いた。
「このまま、少しだけ言わせてくれ……リンファ」
少女は――リンファは、ミシュアの声に、応えられなかった。
ミシュアが全部知っているのではないか。さっきの身分評議会に内通者を潜り込ませていたのではないか。いや、ルーキュルクが監視妖精の記憶を抽出する技術を開発したというから、さっきの水晶の文言の情報を盗み見る技術があるのではないか。
いや、最悪。ミシュア自身が先の身分評議会に参加しているのではないか。ミシュアに関わる議題の評議会に、参加するなど有り得ない――とは言い切れないのだ。
様々なことを思い悩み、しかし。
「心労をかけさせたようだな……すまなかった」
ミシュアの声音に、リンファは思い悩んだ可能性のどれかが事実だろうと直感する……が、それでも。
「そして何よりも、リンファ……わたし達を助けてくれて、心から感謝する」
ミシュアの声は、今まで通りに優しかった。
リンファは応えられなかった――止めどもなく、涙が目から溢れ出て来たからだった。
何に泣いているのか、自分では分からなかった。ただ声を押し殺して、泣いていた。
自分の押し殺した泣き声のなかで、ミシュアが去っていく足音が聞こえた。きっと、察してくれて、聞かないようにしてくれるためだろう――彼女は最初から最後まで優しかった、自分と違って。
だから、もっと、泣いてしまった。
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