刀工の商売敵のプレゼン

 リュッセンベルク城塞都市・商工業区画。武具ギルド連合会館、大広間。

 職工の守護精霊を描いたステンドグラスと、武具工の偉人達を描いた天井画に囲まれた美麗な大広間では、着飾った百人以上の人々が思い思いの時間を過ごしている。

 壁際に点在する丸テーブルで談笑する者、左隅の楽団が奏でる曲に耳を傾ける者、舞踏を楽しむ者と様々だが、その誰もが武具ギルド、騎士団、武具商人のお偉方だった。


「皆様方、本日はお集まり頂き、ありがとうございます」

 大広間の小高い壇に上がり、ルーキュルクはそう言った。

 集まった人間達の視線が自分に向くことを確認。

 にこやかな者と、そうでない者が混ざっている。また、表情と内心が一致していない者も居るだろう……かすかな緊張に、ルーキュルクは手が汗ばむ。

「私のギルドの最新作を発表会――の予定でしたが、その前に」

 この後に口にすること次第で、もしかしたら自分のギルド、ひいては身分評議会の自分の位を下げることになりかねない。

 強くなっていく緊張――をしかし、楽しむかのようにルーキュルクは口角を持ち上げる。

「皆様がおそらく、気になっておいでの……武芸大会の一件について、私の方からお伝えしたいことがある。そのことを持って、本日の挨拶に代えさせてもらいたい」

 集った者達が各々、なにがしかを口にする。自分への注目がやや、削がれている。欲しいのは、インパクトだった。

「これを、御覧下さい」

 ルーキュルクの背面、真っ白な壁に映し出されるのは『映像』だった。

 天井に仕掛けられた水晶から投影されるそれは、ルーキュルクのギルドで開発した最新魔法技術だ。身分評議会で使われる水晶に宿った精霊……彼らへの命令を魔法技師が改変したもの。

 大広間に、ざわめきが起きる。

 見たことのない『映像』に、各人の目が集まる。インパクトは事足りた。思考力は低下させた、と見取ったルーキュルクが畳み掛ける。


「これは我がギルドの最新魔法技術となります。身分評議会の監査の一端を担う不可視の妖精の記憶……その再現。つまり、妖精が見たことを、今、我らは目にしているのです」

 身分評議会が人々を見定めるための、大陸に散らばった不可視の監視妖精。その存在を皆は認知しているだろうが、熟知しているのはごく少数のはず。しかも記憶を『映像』として見せられることが可能かどうか――皆には判断できないはずだった。

 また『映像』が偽造の類ではないことを、ルーキュルクは証明出来るのだが、どうしても長くなるし、皆が理解してくれるか、怪しいところ。だからこそ『映像』を魔法技術の一言で納得してくれないだろう者向けにと、ルーキュルクは言い添えた。

「失礼、図らずも我がギルドの最新技術の発表になってしまった」

 冗談――質の悪いと、ルーキュルクは自覚している。一応、愛想笑い……でも、笑い声が会場に満ちる。それでいい。思惑通りに進んでいることを確認し、ルーキュルクは本題に入る。


「御覧の通り、この光景は私とある方の売買契約の模様です。私が暗器――含み針という、麻痺毒を内蔵した武具を売っています。しかしながら――」

 こっそりと練習していた通りに、『映像』と自身の説明が噛み合う。『映像』では、丁度、手狭な個室でルーキュルクと向かい合った人物の背中が言った。音声の再現はやや、不鮮明ではあったが、それでも聞き取れる。

【アンタのギルドの商品目録にある……含み針、誰にでも効果があるのかい?】

 次いで、ルーの声が再現される。

【ええ、勿論。ただ、体格の大小、男女差によっても効果時間に差がある】

【女の方が早い場合が多い……なら、俺は買う】

【…………私共としては、護身以外の目的で使用される方には売らない。契約に際し、そう明記させて貰う。もし破られたのなら契約違反で都市議会に提訴させて頂く】

【言葉に気をつけろ、俺は上客だぞ?】

【失礼。暗器の類は悪用も多いゆえ……】

【まぁ、いいさ。サインは――】

 男の声、その正体に、ようやく幾人かが気づいたらしい。

 視線が集まっているその男は、高価であったろうカツラをしている。


 しかし、彼は動かない――背後には、ハサン=シューが立っている。


 打ち合わせ通りに、『ギレク騎士団長の仕業にしますので、ご安心を』と、仲の悪い騎士団長に罪をなすりつける密談を耳打ちし始めているはず。彼のことだ、おそらく金額交渉とかで真に迫った半ば本気の演技が出来るだろう。

「そろそろ皆様、お気づきでしょう?」

 ルーキュルクはあえてゆっくりと問いかける。各人の視線がまた集まる。狙い通りだ。「武芸大会での準優勝者……アベル=シッラ。私が暗器を販売したのは彼だ」

 またもあえて、ルーキュルクは少しの間を置いて、糾弾した。

「アベル=シッラ。貴卿は武芸大会の決勝で、ミシュア=ヴァレルノに使用しましたね?」

 ざわつく会場……特に、ざわつくアベル。

 それもそのはずで、『映像』はだめ押しに、武芸大会の決勝に切り替わっている。

 アベルと対峙するミシュア。引き摺るような、ミシュアの脚。かすかに光るモノが映し出されていた。ただし。含み針を明確に視認は出来ないだろうと、ルーキュルクは分かっている。だからこそ、物証を足す。

「これは武芸大会後、ミシュア=ヴァレルノの脚から回収した含み針。我がギルドの商品である証拠に……型番と銘が刻まれています、見て分からないほど微細に、ですがね」

 含み針を手に掲げる。口にした通り、武芸大会の後――ではあるのだが、直後ではなかった。ギレイの刀工の位が剥奪された後に、ミシュアから回収したものだった。

 勝手に誤解してくれるといい、ルーキュルクはそう思っていた。

 更に、アベルへの止めに。

【死んで悔いろ……俺に勝ったことを】

 ミシュアに剣を振り上げた、アベルの声――その再現が『映像』で流れた。これは不可視の妖精が拾ったものではなく……ミシュアの証言から再構築した音声だったが。

 それでも、思い当たりがあり過ぎるのだろう。


「は、話が違うぞッ!」

 叫んだアベルが背後を振り向き、ハサンにつかみかかろうとする――のを。

「副団長~っ! 団長の乱心いさめませんとっ!」

 大声で叫び返したハサン。

 おそらく彼が段取りをつけたらしい、側に控えていた男――アベル騎士団の副団長だろう――がアベルの手を捻り挙げて取り押さえる。

 ハサンはきっと、副団長に団長の地位をエサに、買収している。ついでに言えば、アベルがここで暴れるように仕向けたことも、ハサンの狙いのはず。

 これで、アベルが暴れれば自白したも同然に見える――かつ。

「名誉を守るために自害しかねん、許されよっ!」

 アベルが余計なことを言わないように、ハサンは大声で叫んだ。更には腰に巻いていたベルトで、アベルに猿ぐつわをする――念が入っている上に、汚いハサンだった。

 ただ、だからこそ、味方である内は信頼に足るとルーキュルクは思う。

「暗器の類の使用を、武芸大会は禁じておりません。ですが、護身以外の目的で使用されないという売買契約でありました……よって、アベル=シッラを提訴します」

 大広間にようやく入ってきてくれたのは、ギルド会館に常駐する衛兵達だ。

 すぐさま衛兵達はアベルを囲み、副団長と共に出て行った。彼らを見送るハサンはどうでも良いが、口角をぴくぴく震わせていた、笑うのを必死に堪えているのだろう。

(まぁ……面白いヤツではある、か)

 内心、ルーキュルクはため息をつく。ハサン=シューは悪戯を愉しむ子供のようだ。それでいて、大人の狡賢さを駆使している。

 もしかしたら、あの刀工と親友である理由はそんなところにあるのかもしれない。と、思考したことを無駄だと胸の内で圧殺、ルーキュルクは好きになれない芝居をする。


「皆様方に、私は謝罪しなければならない。我がギルドの武具が武芸大会の折に、騎士道にもとる行為を促したこと、それを私は恥じ入るっ!」

 熱を込めたふうに、叫んだ。

 醜聞は醜聞になるよりも先に世間に明かし、潰すべきであった。特に身分評議会が力を持つ世ならば、特にアベルのような信頼出来ない男が関わっているのならば。

(嫌でも……やらねばならん)

 全ては、ギルドのブランドを守り抜くために。

 そのために、ミシュアと話をつけた。ハサンとの謀略を詰めた。ギレイ=アドを匿うべく、失踪情報を流し、潜伏し続けるように説得した。

「我がギルドは暗器の制作規則を一新――魔族、魔獣への効果があるものに限定し……」

 言いながら、集った人間の顔色をつぶさに観察し、自分の思惑通りにギルドのブランド力が守られていくだろうことを、ルーキュルクは確信し、思っていた。

(少し……疲れたな)

 より良い武具を作ることしか考えられない、ギレイを思い出す。武芸大会――単なる客の一人である剣士。その窮地を救うために、剣を投げ込んだ。

『映像』は丁度、ギレイが乱入したまさに、その瞬間を映し出している。

 アベルの悪印象を鍛え上げた今、それは、今までとは違う意味合いで皆の目に写るはず。

(少し……キミが羨ましく思わなくもないな)

 余計なことを思った所為だろう、余計なことを口にした。


「余談だが、刀工ギレイ=アドは我がギルドの魔法技術特許を侵害したと言われている。が、それはない。私と彼は同じ刀工から学んだ、公的な書面にはないがね。個人的な親交はあり……いわば技術提携している、ずっと昔からだ」

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