騎士団長の立場としては……

「誰だッ! 誰を言い負かせればいいッ!」

 白蘭騎士団の館、その執務室で、ミシュアは机越しに対面するユニリに叫んだ。拳を机に叩きつけてしまったが、けれど、ユニリは動じた様子もなく無表情に返してきた。

「誰、とは?」

「分かっていて、何故聞く!? ギレイさんの位を戻すには、誰を説得すれば良いッ!?」

「団長こそ、お分かりのはず。身分評議会の決定を覆すことは至難です」

「だから、その至難を成し遂げるには、誰を言い負かせればいいのかと問うているッ!」

「だから、ご存じでしょう? 評議会の決定は誰……ということもありません。この城塞都市を含む王国連合……ゴルドバ大陸全域に生きる人々です。また言い負かすというのも誤り……まさか大陸全ての人々の考えを言葉だけで変えられるとでも?」

「……、あの武芸大会を見ていた者も多数、居たはずだぞ……」

「武芸大会の何を、でしょう?」

「わたしとアベル騎士団長との最終試合だ、ギレイさんが剣を投げ込んでくれなければ私は死んでいたかもしれない……見ていたならば、分かるはずだぞ」

 ユニリは深々と頷いた。

「私とて、同感です。ただ、それを見て取れるのは、実戦を知る者のみ。多数派になりえない」

「……、」

「……ちなみに」

「……何だ?」

「ギレイ=アドが剣を投げ込むのが、数秒遅ければ私がアベル騎士団長を殺していた」

「…………そうだったのか?」

「ええ、私のボウガンの矢が彼の眼球を、脳を貫いたでしょう」

「それは……やりすぎだと思うぞ?」

「いえ、私はたとえ投獄されようとも、構いません。団長の敵は、私の敵です」


 ユニリならばやりかねない……と、ミシュアは思う。実際、眉をぴくりとも動かさないユニリの無表情は、事実をただ言っているだけだと物語っている。

(なら……ギレイさんが助けたのは、)

 思って、ミシュアは告げた。

「ならば……ギレイさんが剣を投げ込んでくれたから、ユニリだって投獄を免れたわけだろう? ギレイさんを助けるために、力を貸してくれ……頼むよ、ユニリ」

「無論」

「頼もしいよ、本当に。どうすれば良い?」

「今は、動かないことです」

「……何故だ?」

「我々がこのタイミングで、アベル騎士団長をつるし上げて、ミシュア団長への殺意を吐かせたとしましょう。それを衆目に明かしたとしましょう」

「……う……それだと、もしかして、」

「そう、団長が今察した通りです。団長が自分の刀工ギレイ=アドを庇っているという疑惑を生みます。しかも、くそアベルよりも団長は位が上……捏造を疑われると厄介です」

「わたしは……しかも、彼に勝って位を上げたわけだから……」

「そう。最悪、団長の位の保全……保身だと思われます。事実として、あの武芸大会での優勝で団長は身分評議会の位を上げ、かつ、我が騎士団の援助を増やしたのですから」

「う……くっ」

「何より、アベル騎士団長は団長を殺していない。ハゲアベルの団長への殺意が皆に分かりやすい悪でない以上、ギレイ=アドの分かりやすい規則違反の悪こそが、断罪され続ける」

「それは……、」

「私とて、この現実は不愉快です。アベル騎士団長にはこの世の地獄を味あわせたい。あのクソハゲに拷問し、生まれてきてごめんなさい、とわめく声を私は聞きたい、皆にも聞かせたい」

「…………やめてくれ」

「冗談です」

「笑えないし、ユニリが言うと本気だとしか思えない」

 ため息混じりにそう零す。と、

「……でも、落ち着きはしたでしょう、団長?」

 ユニリの口角がかすかに上がる……ちょっと不気味に。ただユニリのことが分からないほど短い付き合いではないので、ミシュアは少し長めのため息をつく。

「すまん、気を遣わせた」

「いえ、それが私の喜びですので」

「少し怖いが、助かるよ……それで、」

「ええ、どのようにすれば良いか、ですね。繰り返しますが、今は動かないことに尽きます。下手に動けば、団長の位がまた下がる」

「わたしの位なぞ、構わない」

「少しは構って頂きたいのですが」

 ため息混じりに、ユニリが続けた。

「……多くの人々は団長の位を、団長以上に構うのです。位が降格したばかりで、いくら声高に真実を告げたとて誰にも信用されない。どころか、ギレイ=アドの処分が重くなりかねない。例えば、彼が団長を騙して利用している……というように取られかねないのですよ」

「――それは……」

 嫌だ、とミシュアは声にならない声で呟いた。

「なんとまぁ弱々しく……というか、可愛らしくなってしまいましたね、団長」

「今、分かった……ユニリの冗談は嫌いだ」

「冗談ではありませんが……さて。実際、どうすべきは思案のしどころですね。状況にも寄りますが、当面、受け身が無難でしょうか」

「というと?」

「悪評に充ち満ちているギレイ=アドに関し、団長は何を聞かれても、彼を擁護せず、さりとて糾弾はしない」

「…………嫌」

「嫌でも、団長ご自身の話にすり替えましょう。例えばあのハゲに追いつめられ、剣士の訓練通りに身体が動き、彼の投げ込んだ剣をとってしまった……というような。あくまで、彼に対する発言はしない」

「…………嫌だ」

「嫌々だろうとも、ギレイ=アドの悪評が消えるまでギレイ=アドとは会わないように。先ほど言ったように、彼の悪評が感染し、団長にも悪い噂が立ちかねない」

「……会わな――……」

 自分の声が他人のそれのように、ミシュアは聞こえた。ユニリの言うことは拒みながらも、全部、正しいと理解していた。意識が真っ白になっていくような心地がしながらも思った。


(そうだ――わたしは、)

 考えてもいなかったことだが、この状況が続く限り。

(わたし――ギレイさんと今、このことを話すこともできないの……)

 思い至り、身体の力が抜ける。自分の身体を支えるように、ミシュアは机に立てかけてあるギレイの剣に指を添える。

(……未完成……なのに、まだ)

 粉雪の舞う夜空で、自分の求める剣を一緒に考えようと言ってくれた、彼の声。

 今も耳に残っている優しい声が、嬉しく響いた。

 それが今や、こんなにも切なく、胸に響く。

(わたしは……わたし達は、もしかしたら、もう会えなくなるんじゃ……)

 胸中に広がる、この現実の続きを思い描いてしまったところで。

「団長、申し訳ありませんが意識を切り替えて下さい。そろそろ……」

 ユニリが言うと、同時に。


「邪魔をする」

 執務室の扉の向こうから声が聞こえた。ミシュア達が答える前に、扉を開け放ったその人物はつかつかと、歩み寄ってきた。

「時間がない。手短に話す」

 羊皮紙の束を抱えたルーキュルクが、言った。

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