第四章 刀工と騎士と身分評議会

身分評議会の判決

 鍛冶小屋前の草地は昨晩の粉雪で、白くまだらに残っていた。


「ギレイ=アド。これにて身分評議会で決定され、リュッセンベルク都市長の名において実行された、ギレイ=アドの刀工の位、その剥奪を終える」


 ギレイは残雪を踏みながら、長衣ローブに身を包んだ壮年の男と相対していた。城塞都市から遣わされたという長衣の男は、また背後に完全武装の衛兵達を控えさせいて、物々しい威圧感を醸し出している。反抗する意志を挫くような演出にしかし、ギレイは怒りを覚えない。


「すまんな……ギレイ」

 隣で付き添ってくれていたハサンが肩に手を置いてくれていたから、かもしれない。

「俺がアベル騎士団の……計画を教えちまったから、お前は動いた。俺のミスだ、ここまでの事態になるとは予想出来なかった。俺を……恨め」

 もう片方の手を握りしめ、震わせるハサンに、ギレイは首を横に振った。親友に咎があるなどとはそもそも思わないし、あったとしても責める気など微塵も起きなかった。

 と、長衣の男がギレイとハサンのやり取りを終えるのを待ってだろう、淡々と告げた。

「なお、位の剥奪処分により、ギレイ=アド。貴殿きでんの武具制作を禁じる」

 ギレイは背後をうかがって、鍛冶小屋にかけられていた看板がないことを、見て取った。

「また、貴殿の刀工としての財産。武具、鍛冶道具に至るまでの没収もし終えた」

「……、」

 ギレイは長衣の男の表情や、その背後に控える衛兵達を見なかった。何よりも衛兵達が守っている飛翔騎乗、グリフォンの荷馬車。そこに積まれた自分の鍛冶道具や武具、その材料……を見ないようにした。長衣の男の乾いた声音を、ギレイはただ聞き続けた。

「だが、安心して欲しい。貴殿の財産、その価値は補償される。刀工以外の道を探すための、当座の資金として有効に使われることを切に願う。金銭評価額だ、受け取り給え」


 差し出された革袋を、ギレイはただただ受け取った。

 でも、ハサンは違った。じゃら、と音を立てた革袋を隣で見つめていたハサンは、

「安い過ぎンぞッ、オイッ! コイツがあれだけのモン揃えンのに何年かかったと思ってやがる! 元傭兵舐めてンのか、お前なんて秒でやれンぞ!」

 ハサンが長衣の男につかみかかりそうになるのを、衛兵が動くよりも早く、ギレイが止めた。ハサンの外套をぐっと掴み、目を見つめて首を振る。

「う……ぐ、すまん」

 荒げた息を呑み込むハサンを、無感情に見ていた長衣の男が口を開いた。

「止めた貴殿に免じ、彼の発言は聞かなかったことにいたしましょう。私は寛大なので」

 咳払いをしてから、長衣の男が続けた。

「なお、ギレイ=アド。位の剥奪に異議を唱え、提訴する権利はあります」

 ギレイは頷くことはしなかった。ただ、聞いていた。

 長衣の男も同じように、ただ言い続けた。

「提訴の猶予は一ヶ月となります……ただし、貴殿はリュッセンベルク城塞都市に立ち入ることを禁じられています。これは武芸大会での無許可の侵入による処罰となります。この禁を破り都市内に入った場合、貴殿は投獄されることとなりますので……あしからず」

 つまりは訴えられないとうことだ……ギレイは頷くことはしなかった。

「あぁ、加えて。身分評議会としては、ミシュア=ヴァレルノへの武具提供をルーキュルクギルドが専属することとしています……受け入れてなさい」

 言われて、ギレイは音を立てるほどに歯を噛み締めた。

 それをどう取ったのか、長衣の男は「……以上」と言って衛兵達、ギレイの鍛冶道具と制作した武具を積んだ荷馬車と共に、去っていった。


「…………」

 しばらく、ギレイは立ちつくしていた。隣のハサンがこちらの表情をうかがっているのは分かっていたが、気遣うことは出来なかった。荷馬車が見えなって、そのまま立ちつくして少しして、無言で踵を返す。鍛冶小屋へと歩み寄り、木扉を開ける。小屋の中は、所狭しと並んでいた鍛冶道具も武具が綺麗さっぱり持ち去られていて、

「…………ははっ」

 どうしてか、ギレイの口から乾いた笑い声が漏れた。

 小屋の中があまりにも閑散とし過ぎていた。木組みが剥き出しの壁や棚や床は、何もない。急に空き屋、いや、廃屋のようにさえなってしまったかのようだった。

 急激な変化に、ギレイは笑ってしまったのだった。多分、現実感がなさ過ぎる所為だろうと、頭の片隅で思った。

 ただ、自分の口元は、壁際の一角を見た瞬間、笑うのをやめた。

 失った光景――かつての戦友が遺した折れた剣……更にはもう一振りの、ミシュアの折れた剣を置いていた場所を見て、ギレイは息が詰まった。

 あの二振りだけは、何としても奪われないようにすべきだったんじゃないか。

 後悔にも似た激情が胸の内に湧き上がりかける。


「……なぁ、ギレイ」

 ハサンがまた、肩を叩いてくれた。

「色々と話したいことはあるんだが……その前に、一つ、聞いていいか?」

「……うん」

「さっきよ……お前、なんで黙ってたんだよ」

「だって……さ」目を閉じて、ギレイは言った。「僕がもし暴れたりなんてしたらさ……」

「……したら?」

「ミシュアさんにまで、多分、迷惑かかっちゃうよ……」


 言いながら、ギレイは武芸大会の夜を思い返していた。

 彼女は騎士団を預かっている、その不安な心中を囁いた。団員達を率いないとならない彼女は人々にどう思われるかは死活問題。だから、悪評に弱く……自分がその元凶になるわけにはいかなかった――だけれども、そうだとしても。

(僕は……ミシュアさんの剣を鍛え上げることが……)

 現実――ミシュアの専属刀工はルーキュルクギルド。彼女に渡した剣はまだ、未完成なものだ。完成した剣を、彼女はきっと待ち望んでくれているというのに。

(僕は……望んでいる。あの武芸大会の時のように――)

 彼女が自分の剣を振るって敵に打ち勝って、剣を掲げてくれた勇姿――もう一度だけでも目にしたかった……だというのに。

(いや、僕は彼女の剣を鍛え上げられないどころか、もしかしたら――)

 現実――罰則により、都市内へと立ち入れない。

(僕はもう、ミシュアさんとはもう二度と会え……)

 ギレイは心のなかでさえ、この現実の続きを言葉にしたくなかった。

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