武芸大会の夜・前編
武芸大会当日の、夜更け。
その日の、リュッセンベルクの夜空は冬の始まりらしく澄み渡っていた。星々の瞬きがはっきりと輝く夜空を、ギレイはゆるりと散歩でもするかのように、飛竜の手綱を操っていた。
「ごめんね、ギレイさん。こんな時間まで待たせちゃって……」
背後に横乗りになっている、ミシュアの声がした。
祝勝会を終えた直後の彼女は羽織った毛皮の下に、やや露出の高いドレスを着ている……ので、ギレイは振り返ることは出来なかった。
「ううん、僕もミシュアさんと少し、話したかったから。武芸大会の直後はちょっと、ほら、とんでもない騒ぎになって……ゆっくり話せる感じじゃなかったし」
「色々な人に色々と聞かれて、大変だったね。でも、ギレイさんも同じように思ってたんだ……何でだろう、少し嬉しいな……」
彼女の声音は、疲れているからか、祝杯でも飲んだからなのか、いつもと違う。そよ風のように儚く、でも、少し熱っぽい……そんな息づかいが、ギレイの耳をくすぐる。
「そっ……そっか」
ギレイの心臓は、うるさいくらいに動いている。二人で飛竜に騎乗してから、ずっと、そうだった。冷え切った風が丁度、頬に心地良かった。
「ねぇ、ギレイさん……この飛竜は?」
「え、ああ……傭兵時代に、この飛竜がまだ小さい時に、助けたことがあってね。それ以来の付き合い。笛で呼ぶと来てくれて、こうして乗せてくれるんだ」
「そっか……魔族を助ける――ギレイさんなら変じゃないね、何となくだけど」
「そうかな? そうかも」
「ねぇ、ギレイさん。どうして今日は来てくれたの?」
「あ、ああ……ハサンがね、アベル騎士団の顧客から、ちょっと不穏な計画の噂を聞いたって教えてくれてさ……気がつけば、あの場に居たんだ」
「……改めて、感謝します。本当に助かった……って、わたし、ギレイさんに謝らないと」
「え?」
「止められてたのに、貴方の剣を振るってた」
「それは僕がどうこう言うことじゃないよ、剣士は自分で剣を選ぶんだから」
「怒っていないの?」
「怒るというか……いや、ごめん。ちょっと怒ってるかも。次からは止めて欲しいとは思う」
「ええ、そうする。約束する」
「きっとだよ」
「ええ……ねぇ、ギレイさん」
「ん?」
「あの新しい剣……二週間で作ってくれた、あの剣。貴方に……その……戦友さんへの誓いを破らせてるんじゃないの? 未完成の剣を、わたしに……」
「ん、ん~とね……」
今まで聞いたことのなかった彼女の怯えるような声音に惑いながら、ギレイは自分のことを思い返しながら、ゆっくりと話した。
「えっと……僕も謝らないといけないんだ」
「……え?」
「剣の図案を渡したの、覚えてる?」
「ええ、もちろん」
「うん……実は図案だけじゃなくて、剣も試作してたんだよ、既に幾振りか。といっても、元々作ってあったモノをミシュアさん専用に調整する、って感じなんだけど」
「そう……なんだ」
「そうそう、僕が武芸大会で投げ入れた剣はね、元々、ミシュアさんと僕が立ち会った時の、刃引きの剣なんだよ。それに刃をつけた。ちなみに、ちょっと特別製の刃なんだ……少し光ったでしょ? 剣を振った時に」
「あ……ええ、そう。切れ味も凄い良かった、兜もやすやすと斬れたし」
「うん。あれね、剣士の攻撃的な意志に感応して、刃が鋭くなる魔法技術。ちなみに刃に刻印には、なんと、あの狩りの時の巨大蟹……その甲殻の水晶部分を使ってるんだよ」
「へぇ~何か不思議……ギレイさんとのことが、この剣に籠もってるんだ……」
「あ、謝ってなかった。だからね……僕の元々の工程とはそんなにズレてない。でも、その、」
「ええ……ギレイさん、ルーさんの武具を使えって……わたしが相談しに行った時に……」
「そう、謝らないと。僕はね、ずっとミシュアさんの刀工に相応しいと思えなかったのかもしれない……その、ミシュアさんが認めてくれているのを知っていてもね……でも、」
「……でも?」
「僕がね……ミシュアさんの刀工でありたいんだ。他の刀工には……任せたくない」
言って、ギレイは何も話せなくなった。妙な気恥ずかしさがこみ上げてくる。ずっと厚くなっていた頬を、夜風に浸し続けた。
「……ねぇ、ギレイさん」
「ん?」
「わたしもね、少し、言いたかったことがあるんだ」
「うん……どうぞ」
「わたしね、わたしの指揮下で仲間を負傷させて……このまま、本当に騎士団を率いていいのか、ずっと迷ってたんだ」
「……うん」
「でもね、ギレイさんが居れば……貴方の剣が手にあるなら、乗り越えられるんじゃないかな、って今は、思ってるんだ」
「うん……上手く言えないけど、光栄です――あ、でも渡した剣は、」
「分かってる――試作品なんだよね」
「うん――そういえば、欲しい剣、決まった?」
「ごめん……まだなんだ」
「ううん、聞いた僕が悪かった……武芸大会でそれどころじゃ……って、あぁ、そうだっ!」
「どうしたの?」
「二人で一緒に考えれば、良かったんだ」
言うと、ギレイの肩に彼女が羽織っていた毛皮が回された。
「見て……ギレイさん、雪」
澄み渡っていたはずの星空はいつの間にか陰り、粉雪が散り始めていた。
「ね、ギレイさん」
ギレイの背中に、暖かく柔らかな……彼女の肩が触れた。
「う……ん?」
「……少しだけ、このままでいさせて」
言われて際限なく熱くなっていく頬を冷ますよう、ギレイは粉雪の夜空を飛竜で飛び続けた。
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