武芸大会・後編

 初戦は良かった。

 分厚い甲冑とはいえ、兜の目までは覆えない。剣を突き込み、相手の眼球に切っ先を見せつけるように、寸止めをする。それだけで終わった。

【こ、こ、殺さないで】と言われて剣を納めた後に【お前なんて、アベル団長に殺されるからなァッ!】と捨て台詞を残されても、何も感じなかった。

 次戦もまだ、良かった。

 長槍の相手。懐へ入る際に穂先を剣で受けてしまったが、致命的な損傷を刃に与えなかった。

 三回戦から、少し難しくなった。

 長い鎖分銅を使う変則的な相手。鎖に剣を絡め取られかけ、振り払う際に、刃が少し欠けた。

 ここまでは、良かったのだ。まだ、普通の武芸を競うものだったから。

 

 しかし、四回戦から変わったのだ。


 相手が隠し持っていた武器――刀剣を断ち折るソードブレイカー。櫛状の刃に挟まれ、剣の横腹に微かにヒビが入った。

 ソードブレイカーはルーキュルクギルドの武具だった。

 悪意を感じた。観覧席の最上位に位置する王座、そこに連座するルーキュルクからの。対戦相手はしかも、初戦で倒した男――アベル騎士団に属する者だった。

 そして……人々の悪意は今も尚、続いている。


「――くッ!」


 五回戦の半ばで、ミシュアはギレイの剣が断ち折られていた。


 対戦相手の長大なトゥーハンドソードの斬撃は明かに、四回戦で負った剣のヒビを狙ったもの。裏でおそらく繋がっている。その策謀の斬撃の衝撃に、ミシュアは闘技場を転がる。

 対戦相手は山羊の紋章の甲冑をガシャガシャと鳴らし、迫ってくる。

 倒れ伏す自分へ、とどめの一撃を入れたいかのように。


 悪意はそこかしこに、存在した――立会人が割って入って来ない。剣を断ち折られたならば、戦闘継続不可能だと判断して止めに入っても良いのに。


 悪意はまだ、終わらない。迫り来る対戦相手――兜の口元、その隙間からフッと吐き出される何か――微細な針。


「……っ……」

 ミシュアの甲冑の継ぎ目、膝のあたりに針が刺さる。途端に、脚の力が抜ける。立ち上がりかけた片脚を、砂地に滑らせる。他人の脚のように動かせなくなってしまう

(これ、麻痺……毒……?)

 脳裏に過ぎる、ルーキュルクギルドに営業された製品目録……含み針。それを正確に甲冑に守られていない箇所に打ち込む男の技量に、混乱しているからか、少しだけ感嘆してしまう。

(わたしは……)

 まだ自由に動く片脚でなんとか膝立ちになり、断ち折られた剣を構える。

 こちらを見下ろし、長大なトゥーハンドソードを振り上げる男。

「死んで悔いろ……俺に勝ったことを」

 わざわざ恨み言を呟いた敵の声。いつか聞いたことのある声だった。剣の腕を上げようとやっきになっていた頃に、もしかしたら、その自尊心ごと叩き伏せた男なのかもしれない。

 ミシュアは一瞬、そう考えた。しかし、対戦相手の男の、そんな悪意なんかよりも。


(……ギレイさん)

 断ち折られた剣に、思ってしまう。

 彼の鍛冶屋に飾られた、折れた剣。友を失ったという過去に痛む彼を、想ってしまう。


 だって、この剣に間違いはなかった。

 間違っていたのは、この剣の限界を分かっていながら、聞いていながら、無理をさせてしまった、自分自身だ。剣士としての間違い――その末路。

(わたしがどうなっても――ギレイさん)

 振り下ろされる、敵のトゥーハンドソード。こちらの兜を断ち割るほどの斬撃だ。

(わたしの死は貴方の責じゃない――どうか悲しまないで)

 けれど、そんな剣よりも先に。


「ミシュアさんッ!」

 彼の声が先に、降り注いだ。

 そして彼の声と共に目の前に、突き立った一振りの剣。

 先ほど断ち折られたギレイの剣と同型――だけれど。

 剣身に刻まれた文様が、微かな燐光を放っていた。

「その剣を執ってッ、ミシュアさんッ!」


 相手の男と自分の間を断つように突き立った、彼の剣。


 トゥーハンドソードの斬撃が瞬間、鈍っていた。

 好機――彼が連れてきてくれた、最初で最後の。

 麻痺毒で動かない片足が、全く気にならない。

 動く片足だけで、彼の剣に飛びつく。

 柄を握りしめる――剣を支えに腕の力で伸び上がり、片足の力で飛び上がり、彼の剣を振るい上げる。太刀筋にも、その速度にも、自分自身で驚く――間さえなく、振り下ろされている敵のトゥーハンドソードを――手応えを感じないほどあっさりと、たやすく斬った。


 それだけに、止まらない。


 彼の剣は敵の兜さえも斬り込んでいく。

 むしろ相手の頭蓋を避けることの方が難しく――でも何とか手首を捻って、相手の命を奪わないよう出来た。や、敵の頭髪だけ綺麗に剃り上げてしまったけれど。

「う、っあぁああッ!」

 と、色々な意味合いの悲鳴を上げた男が、ツルツルっとした頭を押さえながら、逃げ去っていく。おそらく賄賂でも渡して手を組んでいただろう、立会人の背に隠れるように。

「――、はっ」

 動かない片足の代わりに、ミシュアは彼の剣を地に刺して支えにした。


 そこでようやく――今まで気づかなかったが――静まりかえっていた観覧席から聞いたことのない大音量の、火山が噴火したみたいな歓声が上がった。

 笑い声や歓声が多い。もちろん、野次や怒声も混ざっているけど。


 ミシュアにはどうでも良かった。

 聞きたいのは、彼の声だけ。

「ギレイさんッ!」

 上空に見つけられた彼――跨っているのが中級飛竜――従えるのが難しいはずなのにと驚くが、それよりも。

「どうしたの~っ?」

 気の抜けたような、彼の返事に少し笑ってしまう。

 だからなのか、彼にまず詫びなければならないことを忘れてしまった。

 今、彼に伝えたいことを、彼に届くようにと、兜を脱ぎ捨て、声の限りに叫んだ。

「新しい剣――間に合わせてくれて、ありがとうッ! ごめんなさいっ! 無理してくれたんだよね、きっとッ!」

「や、こっちこそ、ごめんッ! まだそれ、未完成なのッ! まだ試作品なんだよ~ッ!」

 良く分からない、でも、彼らしい返事に、またも笑ってしまう。

 笑ってしまいながらも、心臓が高鳴って強まっていく感情がある。


 言葉にするのが難しくて、でも、それでも余さず全部、彼に伝えたくて。

 片脚だけで何とか立ち、剣に胸元に引き寄せて。

 自分の命を繋いでくれた、彼の剣に唇を捧げて。

 自らの勝利を捧げるように、彼に剣を掲げた。

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