武芸大会・前編

(わたしは……嘘をついた)

 ギレイに言ってしまったことを、ミシュアはこの二週間、ずっと気に病んでいた。


「団長、初戦はアベル騎士団員の千人隊長ガルク=ヴォルです。分かりやすく怪力が売りで、それを最大限活かすためでしょうね、武具は鎚矛メイスです」

 傍らを歩く、ユニリがくれる情報も耳を通り過ぎていく。

 天井が低く、薄暗い回廊も見ているのに、意識まで届かない。

 身に纏った甲冑の重さ、ガシャガシャとこすれる金属音も同様だ。ただただ無意識に進む足に任せて、回廊の行き止まりたる板張りの床――昇降機に乗った。

 背後でユニリが「御武運を」という声だけには、手を挙げて答えられた。

 じゃらじゃらと鎖を引く音と共に、板張りの昇降機が昇っていく。似たような記憶が脳裏を過ぎる。剣の腕を上げようとやっきになっていた頃、この昇降機の乗り心地をさんざん味わった。そんな過去もただ、何処か、他人事のように感じる。

 上昇していた床が、停止した。身体は自動的に昇降機を降り、砂地へと踏み出す。光差す洞窟にも似た回廊を進んでいく。

 出口に差し掛かる直前、響き渡るのは、やたら大声な前口上まえこうじょう


『赤の門から罷りこすは、白蘭騎士団長ミシュア=ヴァレルノッ! 皆様ご存じのッ! その美貌に相応しい剣捌きをッ! どうかどうか皆様、見逃さぬようにッ!』

 やっぱり耳を過ぎ行き、しかし、目が勝手に全周の情報を拾う。

 リュッセンベルクが誇る円形闘技場。

 闘技場たる砂地は、小高い山のような階段状の観覧席に囲まれていた。観覧席を埋め尽くす人々からは、戦場の鬨の如き大音声を上がっている。

 反射的に、手を挙げる。

 観覧席の声が更に増大、圧力を伴って身体に響く。押し出されるように、歩を進めた。

 と、上空から花びらがぱらぱらと降ってくる……演出なのか、応援なのか。闘技場の上空にはグリフォンなどの飛翔騎ひしょうきに跨った者達の姿もあった。

 ただ、そんな光景は、ミシュアの目には入らない。

 自然と目がいってしまうのは、観覧席。遠すぎて人々の顔を判別出来るわけもないと分かっていながら、それでも。


(来てはくれないよね)


 彼はきっと、剣を作るのに夢中なはず。だからきっと、ここには来ない。ミシュアにとって、それは悪いことではなかった。


 彼に一つ、嘘をついている。

 今、彼がここに来てくれてしまったならば、嘘がばれてしまう。

 だから、来て欲しくない。

 けれど、観覧席の人々に、彼の姿を探してしまう……見つけられやしないのに。

(わたしは……)

 判然としない自分の感情に惑う間にも、ミシュアは歩を進めていた。


 気がつけば、同じく歩いてきた対戦相手と対峙していた。

 対戦相手は、巨漢の男。分厚い板金鎧、兜の山羊の角が特徴的。手には鎚矛を握っていた。

 ミシュアは何とも、思わなかった。

 気づけば、横合いに居た立会人が言っていた。

「今大会の規則は、当然ですが、故殺を禁じています。戦闘継続が不可能とする一撃を先に入れた者が勝者となります。また、戦意を喪失した相手に、」

 立会人の説明を遮るように、対戦相手が言った。

「分かってますぜ――とっとと始めましょうや、前から気に入らないんだよ、この女」

 立会人と対戦相手が口々に何か、言い始めた。

 耳に入らない。今、聞きたいのは別のこと。

(すまない、ギレイさん)


 ゆるりと、に手をかける。


(わたし、やっぱりどうしても貴方の剣で戦いたいんだ)

 今、いや、二週間も前からずっと胸の内に秘めていた、この決意。


 彼に言葉にして伝えたなら……彼は何と言うのだろうか。


 たとえ、剣士として間違っていても――今は、それしか、聞きたくない。

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