刀工、再依頼される

 鍛冶小屋の鎧戸よろいどから、冷たい風が舞い込ませてきた幾枚かの枯れ葉に、ギレイが目をやった。そろそろ冬支度か、とか考えていると、不意に、木扉が気になった。

 鉄床の前で組んでいた腕をほどき、ギレイは扉へと身体を向ける。ふと、扉が気になったのだった。胸の内に湧き上がる、予感。すると、その通りに。


「ギレイさん……今、いい?」

 扉の向こうから、ミシュアの声がした。会う約束がなかったからだろう、ミシュアの声音は不安げに揺らいでいる。ギレイは普段より少し明るめの声で、言った。

「もちろん。丁度いい、話したいことがあるんだ」

「ありがたい」

 言って、ミシュアが木扉を開ける。目を合わせ、微笑を交わし合う。彼女がここに来てくれるという現実に、ギレイはもう惑わなかった。彼女も似たような心持ちなのだろうか、自然に炉の側に置かれた椅子を持ち、ギレイの斜向かいに座った。

「早速ですが、ミシュアさん。新しい剣の候補……幾つか図案にしたんで、見て下さい」

 差し出した羊皮紙を、ミシュアが受け取った。

 彼女はそれに目を通し……何かを見つけたように目を見開き、ぼそりと言った。


「あ……これ、契約書?」

「あ、ああ……そうです。ルーさん……ルーキュルクギルドの誘いを受けまして」

「――え?」

「ミシュアさんの剣、向こうのギルドで作れ、と。そうしないと、ルーさんの都合が悪いとかなんとか……言われちゃって」

「……なるほど。え? あれ? 契約書に……」

「ミシュアさんの剣の案を思いついた時に手元にあったんで……つい。断るつもりだったし」

「……そうですか」

 何かを納得したかのように二、三度頷いてから、ミシュアが言った。

「あの、申し訳ないけど……今、わたしは集中して、ギレイさんの剣の図案を見ることが難しいみたい。その理由……も含めて、わたしが先に、お話してもいい?」

「え……うん、もちろん」

「ありがとう、ギレイさんなら聞いてくれると思ってた」

 目を伏せて口元を緩ませて、彼女は独り言みたいな声量で零した。

「そんな貴方だから、ハサンさんのような遠慮のない物言いの親友が居るのかもしれませんね」

「え? ハサンのこと……」

「あ、そうそう、わたしの騎士団に物資援助をしてくれる。言っていいのか、分からないけど、ギレイさんに剣を頼んだ礼だって」

「……ははっ、ありがたい」

 親友の顔を思い出し、ギレイは想像する。

「けど、アイツなら稼ぐ気まんまんですよ、きっと、ミシュアさんの騎士団で」

「ええ。そんな狙いを、でも、ハサンさんは隠すつもりないみたい……驚くほどに、すがすがしいまでに。わたしとしては逆に、信頼できる」

「うん、ハサンは僕にもそうだよ……変に安心する」

 互いの間に和やかな空気が漂い、ミシュアの力が入っていた肩が下がる。

 あえて、ギレイは口を閉じた。彼女が本題を話し始めるのを、見守るように。

 少し考えるような間を空けてから、彼女はゆっくりと話し始めた。


「わたしは近々、リュッセンベルクで開かれる武芸大会に出場するの。ハサンさんのギルドだけではまかなえない支援物資を、わたしの騎士団が受けられるかが試される。他の騎士団との……そうね、力関係もかかってる。大会の成績が良ければ、わたしの位を上がるだろうから」

 ため息を挟んで、彼女は続けた。

「ただ武芸大会で結果を出すことは、多分だけど、問題はない。わたしが出るのは徒歩かちでの個人戦……武芸の訓練は合間をみてやってるし、剣の腕は着実に伸びている」

 静かに言う彼女に、ギレイは頷く。剣を交えた時の手の感触や、鉱甲殻蟹との戦闘を思い返し、ギレイは彼女と同じように思う。と、彼女も頷いて続けた。


「ただね、ギレイさん。剣が……その、」

「ん?」

「ギレイさんの剣で出場したいんだ、わたし」

「えっと……もしかして、その剣って僕が渡してあるもの?」

「……ええ」

「う……ん、それは……どうだろう? 実戦をこなせるようには作ってあるけど……」

「あくまで試供品?」

「うん」

「ギレイさんなら、そう言うよね」

「……うん、何かごめん」

「ううん、謝らないで。でね、ギレイさん。正直に言うと、わたしにも、そのルーキュルクギルドからの武器提供の継続の申し入れがあって……」

「あ、ルーさんならもう既にミシュアさんの剣を、ギルドで生産してそうだね。しかも大量に」

「ええ……その通り。でね、その……わたしがルーキュルクのギルドの武具を使わないと……」

 彼女は何かを言いかけ、でも、首を振った。

「わたしは武芸大会で万全を期したい。ルーキュルクギルドの剣が悪いとは言わないけど……その、わたしはギレイさんのが良くて……」

「僕の剣をそこまで良く思って貰えて本当に嬉しいけど、僕が渡した剣は武芸大会の連戦……しかも強敵との連戦には耐えられない……と思うよ?」

 言うと、彼女も剣士としての目利きによって分かっているらしく深々と頷いた。

「……正直、わたしは困ってる」

「うん……僕も今、困り始めた」

 言うと、ミシュアが少し笑った。だからか、今まで言いづらそうにしていた彼女ははっきりとこちらの目を見て、きっと本当に言いたかったであろうことを告げた。


「ギレイさん。無理を承知で尋ねます。わたしの新しい剣、あと二週間で鍛えられますか?」

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