刀工の折れた剣
ミシュアは迷っていた。
先の定例会ではユニリとハサンが話に割って入ってくれて、何とか、検討中ということでルーキュルクとの話を無理矢理に落ち着けた。でも、ルーキュルクの剣を武芸大会で振るわなければ、彼女のギルドとの関係は確実に悪化する。また、更に位も下がるかもしれない。
ミシュアは分かっていた。
ギレイが長い時間をかけて一振りの剣を鍛え上げることを大事にしている。共に過ごした時間は少なくとも、それが伝わってくる。だから、揺るぎない彼の信条なのだろう。
実は『わたしの新しい剣、あと二週間で……』と言う時には、かすかに唇が震えた。今まで上手くいっていた、これからもそうでありたい彼との関係が壊れるかもしれないのだ。
「……ミシュアさん」
彼は静かに話し始めた。
「あの……折れた剣、見て下さい」
この鍛冶小屋に最初に訪れた時に気になった、壁に飾られた折れた剣を彼は指を差す。
飾られた折れた剣は今や、ミシュアが持ってきたものも加えられている……それに、ミシュアは今更ながらに気づいた。ミシュアが彼に顔を振り向けると、彼は淡々と言った。
「僕はね……昔、傭兵をやっていたんだ」
彼の過去を聞いても、ミシュアは驚かない。交わらせた剣から、彼が実戦をこなしたことがあると伝わってきたことだったからだ。
「まぁ……傭兵をやっていた頃も、僕は仲間の武器の手入れや修復とかをやることが多かったから、今と、あんまり変わらないんだけどね」
少し辛そうに微笑んで、彼は続けた。声は少し、息が詰まったかのように、頼りなげだ。
「その頃……僕の鍛冶の腕は良くなかった。ある時、戦友の剣……その芯になる鋼の消耗を、僕は見誤った。戦闘に耐えうる剣なんかじゃなかったのに……僕は戦友に手渡した」
彼は言いづらそうに、苦しそうに、でも、言った。
「その戦友は、その剣を受け取ってしまった。僕を信じてね」
彼は自分の手を見下ろしていた。
「戦友は死んだよ、剣が折れてね……魔族に殺された」
言って、顔を上げた彼は、微笑んだ。彼の微笑は、涙が流れていないのが不思議なくらいに、儚げだった。こんなにも悲しそうな微笑を、見たことなどなかった。
ミシュアはふと、思った。
彼は戦友の死に何度も何度も泣いてしまったから、きっと、泣き方を忘れてしまったのだろうかと。この直感は、もしかしたら、自分自身も味わいかけたからかもしれない……そう、ミシュアは脳裏に過ぎった、重傷を負っているリンファの顔に感じた。
続く声音が、彼と似た過去に痛む心に染みいってくる。
「二度と会えない戦友にね、僕は勝手に誓ったんだ。僕は本当の剣しか、剣士には二度と手渡さないって」
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