騎士団長と謀略
リュッセンベルク城塞都市・軍事区画・環状道路。
道幅の広い石畳の上を、白蘭の紋章が入った一台の馬車が走っていた。格子窓から何となく、すれ違う馬車をちらりと見てから、ミシュアは手元の羊皮紙に目を落としていた。
その羊皮紙は軍務に関わる報告書。ちなみに、軍事機密の観点から作戦行動に密接に関わるものは身分評議会の水晶は使われていないのだった。
報告書に目を通し終えた、ミシュアはため息を漏らした。
ため息の意味を代弁するように、隣に座っていたユニリが零した。
「アベル、ミッシューノ、ギレク騎士団との合同訓練は上手くいきませんね。どの騎士団も直近の武芸大会のことが頭から離れないのでしょう」
「武芸大会は募兵と士気高揚が主目的……だったな、ユニリ」
「ええ。騎士団以外の市民に対する広報行事です、要するに。それはそれで大事ですよ……合戦を控えた今、どの騎士団も支援を得たい……というよりも、他の騎士団は単独で魔族を束ねる覇王を討伐したいのでしょうね。だからこそ、騎士団の合同訓練よりも武芸大会を優先する」
「集結しつつある魔族の戦力からすると、単独の騎士団では敵わない……という、我らの斥候報告、目を通してすらいないのだろう。わたしの位が下がったから、だろうがな」
「よって、団長も……」
「分かっている。他の騎士団を批判できない。わたしも武芸大会で勇戦し、位を上げないと……あの斥候任務が無駄になる。傷を負ったリンファに申し訳が立たん」
「……リンファ、大事なくて良かったですね」
「ああ――一時はどうなるかと……魔法医め、大げさに言ってくれたよ」
「リンファは頑張っていますよ……動けないならば、と戦術書を読みあさっているようで」
「わたしとしては治療に専念して欲しいのだけれど」
「団長を支えようと必死なのです」
頷きながら、ミシュアは思う。
(支えてくれる……のは嬉しいが)
怪我を負ったリンファの寝台での姿が脳裏を過ぎる。
(わたしは支えられるほどの者なのだろうか……)
不意に胸の内に滲む不安。騎士団を率いることへの迷いは、ずっと心に根を張っている。時折、締め上げられるほどに。逃れるように、思う。
(わたしが仲間の命を預かって良いのかとか……ギレイさんに相談しようと思ってもいた……けど。聞いてはくれるとは思う……思う、けど)
思いあぐねて何となく、彼には言いづらいのだと今更ながらに感じた。もしも彼に迷いなどを零してしまって、その結果。
(騎士団長として相応しくない、などとギレイさんに思われたら……)
思い悩んでいることが、顔に出てしまったのだろう。ユニリが話題を変えてくれた。
「合戦時の糧秣の確保、計画に進展がありました」
「……わたしの位が落ちた、このタイミングで、か?」
「ええ、大量の干し肉を提供したいと申し出た肉屋のギルドがありました」
「助かるな」
「そのギルド長が言うには『親友のギレイに仕事を与えてくれたせめてもの礼』だそうです」
「ギレイさんの親友?」
食べ物とギレイの話が脳裏で混ざり合って、ミシュアの口の中では鉱甲殻蟹の味が広がる。あれは格別だった。いや、味だけでなく、今、思えば、あの狩りの時間は新鮮だった。気の抜けたようでいて、狩りも調理もさくっとこなしたギレイには驚いた。
(もしかして……鍛冶と調理って関係あるのかな?)
あのような時間をもう一度……そう思えるほどに、ミシュアには良い思い出となっていた。
「……いい顔をなさってますね、団長」
そう呟いたユニリが、続けた。
「公務に疲れている団長には、あの山奥の鍛冶小屋は心休まるご様子。出来うるならば、私が団長にそのような顔をさせたいのですが、ね」
「……すまん、いつも気を遣わせて」
「団長の方こそ。いえ、気を回しすぎですよ、いつも。私達は貴女の部下で、」
言いかけたユニリは口を閉じ、格子窓の向こうに見えた建物を指さした。見張り塔ほどではないにしろ、高さのあるその建物は豪商達が良く使う宿屋であった。
気がつけば、商業地区まで馬車は来ていた。
「団長。分かっておられるとは思いますが、今日の団長の任務は我らの騎士団の後援……出資者達への定例会です。失礼なきよう」
「……ああ、また位を下げてはかなわない」
「ちなみに刀匠の親友もご列席ですよ?」
からかうように言われても、ミシュアは素直に言った。
「……わたしも見てみたいよ、その人を」
宿屋というよりは、宮殿のような大広間に出迎えられ、ミシュア達は客室へと入った。と、すぐにリュッセンベルク城塞都市のギルド長達と会議をこなすこととなったのだった。
列席者の中には武具ギルド連合の代表としてルーキュルクも居て。
「これまで通り、私共は白蘭騎士団に武具提供をします。武芸大会での勇戦を祈って」
と、強引に営業されたり。
「我らのギルドは直近に迫った武芸大会に向けての需要急増に生産が追いつかず……」
逆の営業をされたりしていた……どちらかと言えばこちらが多くはあった。
が、ギレイの親友であるハサンはぐいぐい来るのだ。
「刀工ギレイ=アドとは親友でしてね、仕事の依頼をして頂き、感謝しています。よって、提供する干し肉の代金は要りません」
戦士のような外見に相応しい、強く低い声だった。円卓にのめり込むように手をつくハサンはしかし、不思議と、迫力や威圧感はない。でも、ぐいぐい来る。
「白蘭騎士団の魔族領に置ける合戦……必要な物資を出来うる限り揃えたく思っていますよ。軍馬、織物などの俺と付き合いのある商人との既に交渉を行っております。色よい返事が貰えるでしょう。
……おや? その顔は代金を懸念してらっしゃる? 任せて下さいよ、これまた要りませんよ……魔族領で勝ち得た戦利品の五%をお約束頂ければね」
ハサンは分かりやすく、がめつかった。
列席者が眉を潜めたり、睨む者さえ居るというのに……特にルーキュルクなどは露骨に舌を打っているというのに、ハサンは全く気にした様子はない。
「あ、ありがたい申し出……感謝致します」
ハサンの申し出にいささか面くらいながら答え、ミシュアは思っていた。
(ギレイさんとは全く違う……けど周りのことを気にしないとかは、気が合うのかな……)
などと思っていると、耐えられないというかのように、ルーキュルクが静かに聞いてきた。
「白蘭騎士団長。武芸大会ではもしや我がギルドの製品をお使いにならずに……まさか、その腰の剣でお出になるつもりですか?」
問われて、ミシュアは答えられない。心臓が一拍、跳ねるよう鳴る。ルーキュルクからは武具を提供して貰ってきた。無下には出来ない。だというのに、自分でも不思議なくらいに口が動かず、何も考えられない――だから、気づかなかった。
円卓の列席者の中で、一人の男が懐に手をいれ、特殊な水晶を握り込んでいることを。その人間こそが、身分評議会の監査官であるということは、尚更に。
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