第三章 刀工と騎士と武芸大会

刀工と刀工

「……美味しかったな、コレ」

 鍛冶小屋で、ギレイは鉄鎚を振るう。鉄床かなどこにはミシュアとの狩った蟹の甲殻にのみをあてがっている。甲殻の水晶に酷似したもの……鉱甲と呼ばれる部分を剥がしていく。そうしながらも、二週間ほど前の味が口に広がり、また、胸の内ではミシュアの食事に夢中な表情が巡る。

(喜んでくれたのは、僕も嬉しかったし……ミシュアさん、狩りは慣れてないっぽかったし)

 剥離させた鉱甲を火ばさみで取り、水の張った桶に浸す。じゅーという音。

牙猪きばいのししの焼き肉とか好きかな、ミシュアさん……蒸したヤツでもいいかも)

 山で狩れる獲物を思いながら、鉱甲をまた鉄床に置く。今度はヤスリがけだった。

(そういえば思っていたよりも、ミシュアさんって明るいというか……)

 思い出は連鎖する。最初にここに訪れた彼女は今思えば、表情が曇っていた。原因はきっと……と、彼女が持ってきた折れた剣へと視線を向ける。

 彼女の折れた剣は何となく溶かしたりはせず、今は、壁にかけてある。

(あの剣が折れた時……ミシュアさんは)

 ヤスリをかけていた手を止め、ギレイはミシュアの折れた剣の上に飾られた、同じく真っ二つに折れ、さび付いた剣を見つめた。


「仲間が傷つけば……辛いのは当然だ」


 視線を鉄床に戻し、ヤスリがけに集中する。心の余分をも削り終えて、次の作業へ。

 目を閉じて、目蓋の裏に映し出すように、ミシュアの剣……その動き、体捌きも含んで思い出す。彼女との立ち会い、鉱甲殻蟹との戦闘。思い出を材料に、彼女の最適な剣を想像する。これから、剣士としての彼女の生き方を支え、斬り開いていくような剣を。

 幾つも、幾つも、想像する。時間の流れを忘れるように、あるいは、時間の外に居るかのように。実際、どのぐらい時が経ったのか分からなくなるくらい、そうしていると。


「邪魔をする」

 不意に、聞き覚えのある声がした――かと思えば、鍛冶小屋の木扉が軋む音が響き、ギレイが目を開ける頃には既に、斜向かいに座っている人が居た。

「時間がない、手短に話す」

 そう言ってくるのは、高価そうなジャケット姿、目鼻立ちのはっきりした顔、短い髪の人物……一見すると精悍そうな男性のようだが、女性であることを、ギレイは知っている。

 リュッセンベルクの最大手の武具師ギルド長、ルーキュルク・ベリックだった。


「ど、どうしたんです? ルーキュルクさん?」

「長い。ルーで良い。昔から言っている」

「……ルーさん、あの、」

「キミの話は長い、私が話す」

「……うん」

「良し」と、かすかに頷いた彼女が即座に続けた。「うちのギルドに来い」

「いきなり……なんで、です?」

「ミシュア=ヴァレルノの剣を作っているそうだな。彼女はうちの顧客だ。ならば、彼女の剣を作るキミは、うちに来るべきだ」

 ギレイは口ごもっていると、ルーキュルクはまたも早口に言った。

「良し、正直に話す。近々、戦意高揚と募兵を兼ねてリュッセンベルクで武芸大会が開かれる。その際、彼女がうちの銘の刻まれた剣を振るっていないと、私の都合が悪い」

 無表情のまま、彼女は羊皮紙を取り出した。

「契約してくれ」

「……え、え?」

「給金は弾む。最新の設備も提供する。特に水車の研磨機、そのヤスリがけよりも効率がいい」

「ん……と、」

「不服ならば、この鍛冶小屋を改築しても構わん。資金はこちら持ちだ」

「ちょ、ちょっとっ!」

「なんだ?」

「ええ~っと、破格の条件だとは思うんですが……」

「世辞は要らん、時間がない」

「お断りします」

「何故?」

「僕は一振りの剣に時間をかけたいので……ルーさんのところだと、」

「速く制作するのは、当然だ。武具は消耗品なのだからな」

「それが嫌なんだよっ、僕はっ!」

「はぁ……変わらんな、キミは。私の製品を批判した時のままだ」

「そのことは、」

「謝るな、不要だ。キミの指摘は正しい。キミの批評を根に持ち、敵対視する者はうちのギルドにも、他の武具ギルドにも残っている。が、私はそうではない」

「そういうことじゃ……」

「キミの批評……私の製品には耐久性か? 言って置くが改善はしない」

「……どうして?」

「二度言わせるな。武具は消耗品。損失は数で補完すればいいだけさ」

「それだと長期戦になってしまえば、」


「そのような戦場では、騎士の方が先に消耗する。この先に控える魔族との合戦では、特にな」


「……そう言い切ってしまえるルーさんとは、僕は……仕事をしたくない」

「分かった、邪魔をした。契約書は置いていく。気が変わるものだ」

 立ち上がったルーキュルクは直ぐに小屋を出て行く。

 その間際、「想定よりも、十秒も長く使ってしまった」とか吐き捨てて。

「……あ~う~ん、ルーさんも変わらないな~」

 何か無性に緊張していたギレイは息をつく。

 一方的で人を押し倒すような弁舌で彼女は生家の武具ギルドの長になり、他の武具ギルドをまとめ上げている。しかも彼女の言葉は王族にまで響く……だなんて噂を聞いたことがある。

「ん~凄い人ではあるよね、本当に」

 ルーキュルクが置いていった羊皮紙を手に取って、ギレイはふと、思う。

(もしかして、ミシュアさんは……)

 ルーキュルクが言っていた武芸大会を思い出す。ルーキュルクならばその立場でもって王族経由から、ミシュアの騎士団に圧力をかけることも出来るかもしれない。

 つまりは、ミシュアをここに来ないようにすることも、もしかしたら。

(……いや、僕はミシュアさんを信じて……いる)

 思って、ギレイはミシュアの剣をどうすべきか想像するのを再開した。少なくとも、ルーキュルクギルドよりも良い武具を、と必死になって。

「忘れないようにしないと」

 ギレイは火炉から木炭を拾い、書き留める。ルーキュルクが置いていった羊皮紙に。もしかしたら、自分の心にある何かを塗りつぶすためなのかもしれなかった。

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