刀工と騎士とお食事と・3
――で、ギレイはやはりというか、少しズレていたのだ。
「ミシュアさんっ!」
彼の聞いたことのない、切迫した声――それも、そのはずで。
「分かってるっ、任せてっ!」
ミシュアはギレイの試供品の剣を振るい、迫り来る奇怪な異形――巨大な蟹の鋏をすれ違いざまに斬り上げていた。
鍛冶小屋のある森、その奥に存在した湖。そこには人に害をなす異形の動植物、
今さっき斬り結んだ巨大な蟹も、通常の蟹よりも巨大で、かつ、鉱物――水晶に酷似した甲殻に覆われているのだった。
何とか刃が通りはしたが、斬り落とすには至らない。それほどの堅固な水晶の如き甲殻を持つ、
「ミシュアさん!」
もう片方の鋏を短剣でいなしていた、ギレイに声音が飛んでくる。
「……っ!」
鋏の追撃――こちらを両断しようとする両の刃に、
「任せて!」
短く叫んで、ミシュアはむしろ駆け込む。胴体を両断される――前に、鋏の根元を蹴りつけて飛び、鉱甲殻蟹の眉間――甲殻の隙間へと剣の切っ先を滑り込ませた。
つまりは、コレがギレイの言う食事。その準備なのだった。
確かに、実戦ではあるのだろう。
倒れ伏していく鉱甲殻蟹に、ミシュアはそう思った。実際、真剣を用いねば、この魔獣を倒せなかったのだろうから。
「……」
鉱甲殻蟹の眉間から剣を抜きながら飛び退き、ミシュアは地に降り立つ。構えを解かず、鉱甲殻蟹と相対する――鋏も足も動かないことを視認……少ししてから、ミシュアは剣を鞘に収める。緊張が徐々に緩んでいくのを、鐔鳴りが響く中で感じた。
「お疲れ様、ミシュアさん」
と言うやいなや、ミシュアが返事をするより前に、ギレイは鉱甲殻蟹に駆け寄っていた。
何をするのかと思っていると、彼は跪いて、胸に手を当てている。彼の横顔は目を閉じ、何事か呟いている。最初はその意味が分からなかったが、
(わたしは討伐のつもりでやってたけど――……)
彼の所作は、狩りの儀式なのだろうと察して、ミシュアは駆け寄り、彼の隣で同じようにする。目を閉じ、けれど、何を告げれば良いかは分からない。
(狩りは初めてだ……そういえば)
手に残る感触、湧き上がる命を奪ったというほんの少しの罪悪感。けれど、騎士であるならば逃れられない。
魔獣、わけても魔族を討伐することは騎士の責務。この鉱甲殻蟹も魔獣の習性、その例に漏れず人を襲ったはず。それに、もっと言えば、今、魔獣の群れたる魔族……主立った魔獣の部族を束ねて人族の国を侵略しようと目論む覇王も存在するのだ。
「……あの、ミシュアさん?」
彼の声に、ミシュアは目を開ける。自分が思い悩んでいる間に、彼はとっく儀式を既に終えていたらしい。ギレイは薪になるだろう木々を集めていた。
「あ……ええ」
邪魔だろうと、ミシュアは鉱甲殻蟹の前を離れる。
と、ギレイは要領よく……というか驚くほど素早く、蟹を囲むように薪を配置し、枯れ葉を集めて火をおこしていた。刀匠だから火の扱いに長けているのか、瞬く間に、蟹が丸焼きに……調理されていく。彼は火力の調節をするためだろう、薪を追加したり、背嚢から取り出したふいごで、風を送り込んだりしている。
呆気にとられながら傍観していると、漂ってくるのは香ばしい匂い。
「……うっ……」
ミシュアは食べたことのある、普通の蟹の味を思い出す。お腹が鳴りはしないまでも、動き始めているのを感じる。
「動いた後だから、お腹空いたよね~」
ギレイが見透かしたように言ってくるのに、答える。
「ちょ、ちょっと待って……この魔獣って食べられるの? 今更だけど」
「食べられるというか~旨いよっ! 普通の蟹よりも肉感が凄まじい。甲殻が皿になるのもポイントだね、旨みを逃がさない」
言いながら、ギレイは短剣で直火中の蟹の足を何とも器用に切り落とす。既に手につけていた、鍛鉄用のものらしき革手袋で、切り落とした蟹の足をさっと取る……手慣れている。
思ったよりも彼は乱暴な生き方をしているらしい。
「まぁ、きっとさ、そんな旨い蟹だからきっと、こんなにも固い殻に覆われているんだと思うよ。しかも、この鉱甲殻――武具の素材としても良いんだよ……見た目、水晶っぽいけど、熱っして叩けば鉄とだって溶接できちゃうし」
刀工らしく言いながら、彼は短剣であっさりと鉱甲殻に包まれた足を断ち割った。
「まぁ、火加減がポイントだね。鉱甲殻が脆くなる温度があるんだ、鉄と似てるよ」
ミシュアの前に差し出されたのは、真っ二つに断ち割られた蟹の足。確かに、皿にのっている料理のような見た目だ。ここまで来ると、もう、見慣れた食事としか言えない。
「…………」
それでも、こう、ミシュアとしては若干の抵抗があったわけだが。
「はい、ミシュアさん」
彼がどこからか取り出したのか、フォークを差し出してくれていた。手に取るより他になく、ミシュアはフォークで蟹の身をすくい上げる。
口の前まで持ってきて、それでも躊躇してしまう。思わず、ギレイをうかがうと。
「あぁ、いいよ~美味しいーよ」
もう既に彼は食しているので、ミシュアも思い切ってそうした。
口の中に入れた瞬間、彼の感嘆に心底、同意する。
肉の歯ごたえ、下味が効いたような汁。
口の上には、大げさに言えば、幸せしかなかった。
「あぁ……思い切って食べて良かった」
ため息と共に漏らす本音。手は止まらない。身を口に運ぶ、あるいは剣を振るうよりも早かったかもしれない……と。
「はははっ、だよね~? だよね……ッ!」
旨そうに食べながら、ギレイは笑うのだった。
気に入った宝物を見せびらかせて喜ぶような、彼の子供じみた笑顔。
(……可愛らしいなんて言ったら、ギレイさんはどう返してくれるかな)
彼に釣られて笑いながら、ミシュアはそう思って口を開きかける。
けれど、何となく胸の内に留めておくことにした。
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