第3話:人造人間の花園

「北の森を抜けた先に開けた野原があるのだがね……」


 村の責任者。

「長老」と呼ばれている男は言った。

 長く垂れ下がった眉毛がその眼をほとんど隠している。

 その隙間から覗き込むようにして対面のサリーを見つめていた。


「今も、そこにいるのですか?」


「おそらくは―― どうだ?」


 長老は、傍らの男に同意をもとめるように言った。


「一週間ほど前に見かけた者がいるようです」

 

 男が答える。


「ふーん。そうですかぁ~」


 両手を口の前で合わせサリーは言った。

 覗きこむようにして、長老の目を見た。

 長老の分厚いまぶたの下にある線を引いたような目――

 どのような感情も読み取るのが難しかった。


「どうしてアンドロイドだと?」


「分かるよ。ありゃ分かる。見れば分かるさ。確かに凄まじい別嬪だがよ。怖気をふるうような雰囲気があるんだ。間違いねぇな。あれは、死神の眷属だよ。悪魔だろうさ」


「うーん。話せば分かるアンドロイドさんたちもいっぱいいるんですよ」


 サリーはくるりと視線をめぐらせる。

 その場にいる村のリーた格の「人」たちが集まっていた。

 皆、真剣な顔をしていた。


 ――村の主だった人しか知らないってことなのね……

 と、サリーは状況を理解する。


「早々にやってくれるかい?」


 長老はさも当然というように言った。


「とにかく、行ってみるしかないですか」

 

 サリーはそう言って立ち上がる。

 揺れる白銀の髪に、長老の家の中の色彩が映り込んでいた。


        ◇◇◇◇◇◇


 サリーとコアラは長老の言う「野原」へ向かった。


 濃厚な緑の木々に覆われた森――

 海底のような森の中をサリーは歩く。

 一応、路のようなものがあった。

 が、獣道に毛の生えたような路だった。

 名も知れぬトリが鳴き、下草を踏むリズミカルな音――

 それらが夏の濃密な大気の中に流れこむ。


『長い黒髪にメガネの女か…… アリスシリーズなら「ベティ」の可能性が高いな』


『ベティさんですか』


『さん付けかい? 余裕じゃないか。「わたしの戦闘力は530,000です」とでも言うのかい』


『なんですそれ?』


『古い話だ…… どうでもいい、忘れろ』


 コアラは沈黙する。

 サリーは、キッと意を決したような表情を見せる。

 が、それでも生き死にをかけた戦い、少なくとも戦闘に行く者の顔には見えなかった。


「まずは説得です」


 サリーは「自分の信念です!」という感じで言った。


『ま、無理だと思うぜ』


 コアラは投げやりだった。


「やってみないと分かりませんよ。世の中に一〇〇パーセント駄目なものなんて無いんですから」


『ああ一〇〇パーセント駄目とは言わんが』


「ですよね!」


『九九.九九九九九九(以下略 は駄目だろうな――』


「……本当に、コアラは意地悪ですね~」


『てめぇ、また『コアラ』と…… カタカナで呼んだろうが! 殺す、死なすぞ、死にこますぞ! ドアホウがぁ!』


「はいはい、それはお仕事終わってから」


『この…… お、森を抜けたか』


 緑の深海がいきなり割れた。

 夏の光が唐突に空間に溢れた――


 鬱蒼とした木々の間から突き刺さるような陽光が降り注ぐ。

 真夏の光が白く爆発するかのようにサリーの瞳を照らし出す。

 サリーは一切しばたくことなく、フォトンが充填された濃厚な陽光の中にある光景を捉える。


 そこは「野原」という言葉は相応しくなかった。


 一面にヒャクニチソウの花が開き、風の中でゆれていた。

 赤、黄、紫、白―― 

 総天然色テクニカラーの絨毯が出現したかのようだ。

 見渡す限りの花。それが咲き乱れていた。

 野原などではなく花園というべきだろうか。


「あ…… え? 女の子が……」


 サリーはすっと光の中に一歩を踏み出した。そして止まる。

 花園中に少女がいた。

 少女は花摘みをしているようだった。


『おいおい、こんなことにも集落か……」

「あるの?」

『データベースには―― 404コード。該当なしだぜ』


 ほわっとした温かみを帯びていたサリーの瞳が一変する。

 鋼の硬度と温度帯びる――


『敵じゃねえな―― アリスシリーズであの大きさはない』

「そう」

『人間だな。間違いない。「人間」だよ』


 コアラの答えに、無数の針を突き立てるようなサリーの視線が緩む。

 下草を黒いブーツが踏む。

 湿った音。

 サリーはそのまま歩を進めた。


「お花きれいね」


「え?」


 年の頃は一〇歳前後であろうか。

 白いワンピースを着た少女だった。


「お姉ちゃん…… 誰?」


 少女は一瞬、おどいたように大きな丸い目を更に大きくした。

 それでも、微笑むサリーの笑顔に合わせるかのように笑みを見せる。


「わたしは、サリーっていうの」


「サリー…… わたしは――」


「あら、お客さんかしら。ふふ」


 風に乗って透明な声音が届く。

 サリーは声の方を見た。

 長い髪の女が立っていた。

 幼い少女は、声の主の方へと駆け寄っていた。


『サリー!! 敵! こいつがベティだ! アリスシリーズの「ベティ」。デザーター脱走兵――』


「そう」


 チキチキと乾いた音がサリーの頭部から微かに響く。

 黒い瞳が徐々にあかく染まっていく。

 それは、黒髪が長く揺れる女だった。

 背が高い。

 サリーより頭半分は大きいだろう。

 理想――、もしくはある種の妄想を実現するために創造されたかのようなボディライン。

 頭部からつま先まで緩やかな曲線を描いていた。


 整いすぎ冷たい印象を少しでも緩くするためだろうか。

 メガネを着けていた。

 しかし、透明な遮蔽物の奥にある双眸は全く温度を感じさせなかった。


「あら、アナタは誰かしら? 郵便配達ではなさそうね。ふふ、当ててみましょうか」


 この女の頭部からもさえずりのような音が漏れていた。


『コアラ――』

『ち、なんだい』

『なんで人間の少女が一緒に?』

『知るかよ』

『過去の事例は』

『調べた。ねーな。ヒット〇だ』


 サリーは視線を出現した女からはずさない。

 ヒャクニチソウの花園の中に優雅ともいっていい姿で立っていた。


『後、お願い』

『くそったれが』


 女は妖艶ともいえる紅い唇を僅かに開く。


「中央統治機構の殺し屋さんかしら…… うふふ」


 蕩けるような、ねっとりと絡みつくような声音だった。


「わたしはサリー。アナタはデザーター脱走兵・ベティね」


「ベティでいいのよ。サリー。お姉さんかしら? それとも妹かしら?」

 

 笑みを浮かべたまま、女は言った。

 頭部から発する甲高い音は更に波長を高めていく。


 ふたりの第十三世代有機型量子・人工実存から発する音。

 そして、回線が同調した。

 電子で構築された仮想へと――

 サリーとベティは、意識を転移させた。

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